第213話
茶を飲みながら、どうすべきか考えたが、やはりどうすべきか分からぬな。夕方まで考えて何も思いつかねばレリアの実家に帰り、皆に相談しよう。
「兄上、俺としては兄上がアキとくっついて欲しい。さすがにカイとルカは似合わん。本人が望むならともかく」
「アキとか言う嬢ちゃんを俺は知らんが、レリアたんと別れてそっちとくっついても、俺は許すぞ」
「アキさんはね、ジルさんのこと、すっごい好いてるんですよ」
「一方的にな。兄上は気づいてない振りをしているが、その気になれば健康で強い良い子が産まれるだろう」
「ならそっちとくっつけ。レリアたんにはいい婿を用意する」
「でもルチアも捨てがたいですよ。あの人はやっぱり戦いに生きる人だから、ジルさんが家で寛げなくなっちゃいますけど、ルチアなら毎日マッサージしてあげますよ」
「マッサージ?ならそのまま子も作ってしまえ。子が出来れば、レリアたんと別れさせる大義名分が生まれる」
「俺はどっちでも構わんが、しばらく義姉殿と会わずにいると、兄上は元気が無くなっていく。それだけでサヌストの戦力が何割減ることか」
「その分俺が戦ってやろう。なに、レリアたんの為と思えば、鏖軍とかいう奴らも斬ってやろう」
「無理でしょう。それが出来るなら兄上がどうにかしている。それよりどうするか、だ。何なら、ヤマトワと本格的に戦うのもアリかもしれんな」
「馬鹿か。そうなったらレリアたんと別れさせられないだろ」
「じゃあ、叔父さんはルチアを応援してくれますか?」
「お前の叔父ではない」
「知ってますよ」
「とにかく、兄上がその気にならなければ、サヌストはすぐ負ける。その気にさせるには、やはり義姉殿の癒しが必要だ」
「ルチアがその癒しになるって言ってるんですけど」
「あんたには無理だ」
「娼婦を十人ばかり雇えばいいだろう。何なら、女奴隷を何人か贈ってやるぞ」
「兄上なら三日で飽きる」
「ならその三日を繰り返せばいい」
「ルチアは飽きさせませんよ」
先程から黙って聞いていれば、中々ふざけた話をしてくれているな。考えの足しになればと思って黙って聞いていたが、話が逸れ過ぎている。もはや何の話をしているが分からぬ。
「少し遠乗りに」
「ついて行こう。護衛が必要だろう」
「いりませぬ。ですので、どうかごゆっくり」
「すまんな、気に障ったか」
「ええ。大いに障りました」
俺は茶を飲み干して部屋を出た。
遠乗りに出掛け、そのままレリアの実家に帰ろう。
俺はアルフォンスにその旨を伝え、『反省したら帰って来るように』との伝言を残して城を出た。
しかし、タカミツ殿も多大なる問題を送ってきたものだ。
アキかカイかユキを俺の血族と結婚させろ、だと?本人の意思はどうなると言うのだ?と言ってやりたい気分だが、気軽に会いに行ったら異国船打払令とやらに阻まれるだろう。
異国船打払令がどういうものか知らぬが、字面からして『対応が面倒だから、異国の船には沈んでもらえ。例え王族が乗っていても、悪いのは異国船の方だ』と言っているようにしか思えぬ。
それにそもそも叛乱が起こるなど、為政者である将軍の不手際ではないか。なぜリンタロウ殿が腹を切らねばならぬのか。実弟では無いのか。
ダメだな。自分でも不機嫌になっている事が分かってしまう。やはりアシルの言うように、俺にはレリアの癒しが必要なのかもしれぬ。
考えるのは止めて、レリアの実家まで一気に駆け抜けよう。この風と共に悩みの種も去ってしまえば良いのだが。
レリアの実家の例の家に戻り、カイとユキを呼びに行かせた。レリアは既に例の家で待っていた。
「何かあったの?」
「ああ。あの三人は組み合わせぬ方が良いようだ」
「どういうこと?」
「悪酔いしたかの如く、『レリアと別れろ』だとか『アキとかいう嬢ちゃんとくっつけ』だとか、挙句の果てには『アキとルチアに子を生ませ、レリアと別れさせたい』などと言い始めた。耐えられずに出てきた」
「そんなこと言うの、叔父さんでしょ?」
「ああ。アシルもルチアも同調していた。いや、アシルは違ったか…いやいや、否定はしていなかったな…まあとにかく、三人はおいてきた」
「なんかごめんね。実家に来てから迷惑かけてばっかで」
「レリアは悪くあるまい。少なくとも今回は俺が人選を失敗しただけだ」
「失敗って…組み合わせが悪かっただけだよね。兄弟喧嘩とかじゃないよね?」
「ああ。兄弟喧嘩にはなっていない」
「それなら良かった」
レリアが心配することではないが、やはり心配してくれた方が嬉しいな。あの三人は組み合わせてはならぬ、と覚えておかねば。
レリアと話していると、カイとユキが来た。
「何ですか、大事な話って」
「ああ。まずは座れ」
俺が二人を座らせると、レリアが茶を持ってきてくれた。侍女を呼んでおくべきだった。
「質問は後でまとめて聞く。とりあえず黙って聞いてくれ」
俺はヤマトワに帰れなくなったこと、タカミツ殿の要求、タカミツ殿から書状が届いていることを伝えた。レリアも初耳の情報には驚いていた。
「カイ、ユキ、これがおぬしらの祖父からの書状だ。心して読め」
俺は二人に、それぞれに宛てられた書状を渡した。何と書いてあるかは知らぬが、俺に宛てたものと同じような事が書いてあるであろう。それに加えて家族間でしか分からぬことも書いてあるかもしれぬな。
カイとユキはほぼ同時に読み終え、俺の方を見た。
「何か聞きたいことは?分かる範囲で答えよう」
「ジルさんの血族って誰ですか?」
「アシルとルカだ」
「まだいないけど、ジルの子もそうだよ」
「ああ。俺とレリアの子だ」
「アキの子でも父親がジルだったら、ジルの子だよ」
「レリアまでそういうことを」
「冗談だって。でもそうなったらそうでしょ?」
「まあ…そうなったらそうだが…そうはならぬ」
「俺の前でイチャつくな。俺は姉ちゃんについて行く。姉ちゃんの所に案内しろ」
カイに遮られてしまった。カイは最近機嫌が悪い。アキと会えぬからであろうが、俺にあたるのはやめて欲しいものだ。子どもでなければ、遠くに配置している。
「それよりもジルさん、シンさんと一緒に鏖軍がいたんですよね?」
「ああ。三名いた。いずれもかなりの手練であろう」
「息は止めました?」
「俺は普段からあまりしておらぬが…それがどうした?」
「ダメですよ。鏖軍と会ったら、息を止めろ。これはヤマトワでは常識ですよ」
「…なぜ?」
「ずっと自白剤を振り撒いてるからに決まってるだろ。そんな事も知らんのか。姉ちゃんは何でこんな阿呆を選んだんだ……?」
カイの機嫌が悪いな。最後に会った時よりも悪い。書状に何か書いてあったか。それともなにか理由があるのか。いずれにせよ、俺には関係あるまい。
俺は機嫌が悪くないユキに鏖軍の自白剤について聞いた。すると、龍の子の生態に関する書物を開き、説明を始めた。天敵の欄に載っていたのだ。
まず、鏖軍は指揮権こそ将軍にあるものの、所属は朝廷となっている。時の幕府に貸し出しているのだ。
ちなみに朝廷とは帝を頂点として機関で、将軍を定める機関でもある。幕府とは将軍家を中心とした武人が政を行う際の政府の事を指す。
鏖軍はかつてはジャビラの直属の部隊で帝の一族に託されたとされる。つまり、二千年以上の歴史を持つのだ。
その二千年の間、独自に発展した技術のひとつに自白剤がある。
効果は人を酔わせ、良く喋らせること。本心か否かは関係無いそうだが、決して嘘はつかないそうだ。人体への害はほとんどないらしいが、戦力としては心許なくなる。
その自白剤は鏖軍の軍装として定められている武道袴に編み込まれているらしく、常に自白剤を振り撒いているようなものらしい。また、鏖軍には耐性があるらしく、落ち着いていられるようだ。
つまりは、先程のアシル達の戯言は鏖軍のせいであるが、嘘ではないという事になる。
「良く分かった。ちなみに俺が鏖軍を捕らえたらどうなる?」
「知りませんよ。何で五歳児に聞くんですか」
「そうか、五歳児であったか」
「五歳児っぽくないよね。もちろんいい意味で」
「ああ。落ち着いているし、賢い。姉と離れても機嫌が悪くない」
もちろん五歳であれば、カイの反応の方が普通であろう。大好きな姉と別れて機嫌が悪くなる程度で済んでいるのだ。むしろ五歳であれば落ち着いている。俺でもレリアと離れたらカイと同じ反応をするであろう。ユキが大人過ぎるのだ。
「おい、姉ちゃん連れて出てくぞ」
「待て待て。悪かった。だが、少しは機嫌を直したらどうだ?あと何日か知らぬが、十日もあるまい」
「外の空気吸ってくる。俺は姉ちゃんの判断に従う」
カイはそう言って出ていってしまった。念の為に天眼をつけておいた。
「ユキ、書状に何と書いてあったかは知らぬが、とにかく俺はアキをこちら側に置いておきたい。どうにかならぬか」
「書状は見せれません。ただ、私に言えるのはお姉ちゃんが帰ってきた時、ジルさんが求婚したら喜んで受けるかもしれない、それだけですよ」
「俺がせねばならぬか。レリアがいるのだぞ」
「アシルさんはダメでしょ」
「それはそうだ。犬猿の仲だ」
「ちなみにどっちがどっちですか?」
アシルとアキ、どちらが猿でどちらが犬か。アシルは影狼衆を率いているので犬か?だが、アキは猿らしくあるまい。まあそんな事はどうでも良い。適当に答えておけば良かろう。
「アシルが犬だろう。とにかく、何とかせねば」
「まずは掃除からですね。鏖軍の自白剤はしばらく残るらしいので、これを機にラポーニヤ城を掃除してください。全員で」
「分かった。アルフォンスに伝えておこう」
「それじゃ、私に言える事はこれだけなんで帰っていいですか」
「ああ。呼び出して悪かった」
ユキが外に出ると、外で待っていたカイと一緒に戻って行った。




