第207話
北軍騎兵隊が近づいてくると、上空から呪魔導王軍が襲いかかり、二人で一騎を抱えて上昇していった。おそらくドニス達に届けるのであろう。
北の兵士は上空へも意識を割かねばならぬようだ。攫われた兵士は恐怖からか、絶叫し暴れていたが、呪魔導王軍は一人も落としておらぬ。
───こちらファルジア、北砦東門付近で旗手隊発見。北軍総指揮官殿が一騎討ちを申し出ております───
一騎討ち?
───は。北軍総指揮官殿が敗れた場合、潔く姫様と将軍格家当主の座を譲り、その他の権利も認める、との事でありますが───
直接話そう。北軍旗手隊には手を出さず、包囲せよ。
───仰せのままに───
俺は北騎兵を殴り倒しながら、ファルジアからの念話を聞いた。またしても一騎討ちか。一戦目と同じではないか。
「ケリング、北軍総指揮官ジスラン様に会いに行く。北軍右翼部隊を突破し、北砦東門に向かう」
「御意」
俺は進行方向を北東に定め、旗手隊を率いて北軍右翼部隊の突破にかかった。目的地が変わっただけで、やる事は変わらぬ。
数十騎を殴り倒したところで、北砦東門が見えてきた。ファルジア達に囲まれているジスラン様と旗手隊がいた。こちらの旗手隊は三名が旗を折られたようだが、それだけだ。
「ジスラン様、策略を競うのではなかったのですか」
俺は人の姿に戻ってジスラン様にそう尋ねた。
「ジル君、私は一言もそんな事は言っていない。ここに来たということは、一騎討ちに応じる気があるという事で良かったね?」
「ええ。どうあってもこちらの勝ちは揺らぎませんので、少しでも勝率が低い方を、と思いまして」
「慈悲の心からか。まあいい。始める前に、彼らに包囲を解くように言ってくれ。部下が狙われたままでは集中できない。そちらの勝率が更に低くなると思うが?」
「そうしましょう」
俺が手を上げて知らせると、ファルジア達が包囲を解いた。
ジスラン様が俺と一騎討ちをしている間、旗手隊のみが逃げることは規則に反し、一騎討ちの勝敗に関わらず南軍の勝利となる。つまり北軍旗手隊が逃げる事はないということだ。
「互いに魔法無し、乱入者無しでやろう。真の一騎討ちだ」
「もちろんです。私は徒歩でも構いませぬぞ。いつでもどうぞ」
「色々とすまないね」
ジスラン様はそう言って戈を構えて突撃してきた。両軍とも総指揮官は脱落せぬ。いや、さすがに討死すれば勝敗は決まるが、怪我はしても良いのだ。つまり俺は切り刻まれても構わぬということだ。まあそんなつもりは無いが。
剣を抜いて突き出された戈を受け止め、数合斬り結んだ後、戈の柄を掴み、ジスラン様を落馬させた。
ジスラン様は戈から手を離して俺から距離を取ったので、俺はジスラン様の太腿に向けて短剣を投げた。少しズレてしまったが、膝を粉砕したようだ。
俺は追撃しようと、剣を鞘に収めて、槍を取り出し、ジスラン様に迫った。
「ご当主様は脱落しております。攻撃をお止め下さい」
運営側の騎士が割り込み、そう叫んだ。総指揮官は怪我では脱落せぬはずだが…
「ジル様っ!いつの間にか旗手隊が逃亡を…」
「何?」
ファルジアの叫びに応じて北軍旗手隊の方を振り向くと、旗手隊が姿を消していた。旗手隊だけではない。北兵が一人もおらぬ。
ジスラン様が怪我で脱落し、旗手隊が逃げても運営側の騎士が何も言わぬということは…総指揮官はジスラン様ではなかったのか…!
「旗手隊を探せ!北軍総指揮官はジスラン様ではない」
俺の命令で人狼隊が嗅覚を用いて索敵を始めた。旗手隊と共に北軍の兵士が逃げたのが幸いしたな。
「ジル様、北軍は散らばって逃げているようでして、我らの数では全てを追いきれません」
「そうか。ならば北砦を占領しよう」
「は。ヴィルトールらと協力しますか?」
「ああ。一度、南砦に戻り、立て直そう。南門から入るようにヴィルトール達にも伝えよ」
「は」
俺の指示でブームソンは部下にヴィルトールに連絡させた。
俺はとりあえず旗手隊の数を数えた。どさくさに紛れて減らされてはいなかったようだ。
「ジル様、シャミナードらがほぼ全滅したそうです」
「何と…どれだけ生き残った?」
「は。シャミナードと部下二名のみです。その三名以外、脱落したそうです」
「…そうか。シャミナードはどうしている?」
「ヴィルトールらと合流し、南砦に向かっているそうです」
「分かった。俺達も戻ろう」
やはりヌーヴェルだけでは護衛は少なかったか。いや、ヌーヴェルはあまり手加減を知らぬゆえ、何も出来ずに脱落した可能性があるな。ヌーヴェルだけを責められまい。
俺は大きく迂回して北軍騎兵隊との遭遇を避け、南砦に帰還した。
「ジル様、ごめんニャ」
帰還早々、先に着いていたシャミナードに謝られた。
「いや、俺こそ悪かった。すまぬ」
「じゃあ、お互い様ニャ」
「ああ、そういうことにしておこう。そういえば、ラスロ殿はどうした?」
「はぐれたニャ」
「そうか。まあ脱落しているであろうな。シャミナード、とりあえずはゆっくり休め」
「分かったニャ」
シャミナードは部下を連れてどこかへ行った。工兵隊が全滅ということは、攻城兵器も全滅と見て良いだろう。
俺達は遅めの昼食を摂りながら、状況を聞いた。
北軍騎兵隊は退却し、呪魔導王軍と水魔導王軍も数を減らして南砦上空で待機しているそうだ。おそらく魔導王軍に脱落者はおらず、単に異空間で待機しているだけであろう。
ある程度の作戦会議の結果、夜間に上空から攻めることになった。呪魔導王軍の兵士が三名一組で魔戦士隊を運び、そのまま北砦内に攻め入る。この際、呪魔導王軍の兵士も砦内に攻め入る。つまり水魔導王軍以外は全て攻撃に参加する。
その為、夜まで休憩となった。
日が沈んでしばらくし、態勢を整えた。
「ヴァトー、リリー、『今宵は繊月だ。闇に乗じて侵入し、なるべく松明は灯すな。北兵は発見次第、気絶させよ。そして北軍旗は発見次第、破壊せよ。遠慮はいらぬぞ』と全軍に伝えよ」
「「御意」」
俺の言葉が全軍に伝わり、準備が出来たとの報告が来た。念の為、各部隊の隊長には南砦の構造を伝えたが、北砦と同じという保証はない。とにかく攻め入ることだ。
「では行くぞ」
俺は自らの翼で飛び上がり、最先陣を切った。その後ろに旗手隊、魔戦士隊が続き、呪魔導王軍百万が夜空を埋め尽くす。
北砦の城壁上に降り立ち、見張りの兵士を殴って気絶させた。加減が難しいな。
「行け。北砦を南軍で埋め尽くせ」
砦内に突入し、出会う北兵全てを気絶させながら進んだ。夜半過ぎである為、起きている兵士は少なかったが、騒ぎを聞きつけて続々と増えている。だが、総数では我が軍の方が多い。
明け方頃には北砦の至る所に歩哨の悪魔が立ち、制圧済みである事を示していた。今回は相手が非魔法兵である為、召使いの悪魔も参戦している。人間と悪魔では生物としての格が違うので、最弱の悪魔でも非魔法兵には圧勝できる。
「ジル様、砦内を隈無く捜索しましたが、北軍総指揮官及び北軍旗手隊がいません」
「そうか。北兵は全て制圧したか?」
「砦内にいた者は全て制圧しました」
「そうか。ではリリーに命じて外を探させる。おぬしは北砦を奪還されぬよう守れ」
「御意」
俺は報告に来たヴァトーに北砦を任せ、歩哨の悪魔にリリーを呼ばせた。念話でも良かったが、時間は余っているので良い。
「ジル様」
「リリー、総指揮官は外だ。外にいる呪魔導王軍と水魔導王軍百万で捜索にあたれ」
「私奴にお任せください。スイはそのまま南砦を守らせますか?」
「ああ。スイひとりで充分であろうが、念の為だ。十万もいれば、一兵の侵入も許すまい」
「は。ジル様は何を?」
「俺も適当に探す」
「御意。ご武運を」
リリーは部下を指揮する為、砦の外に転移していった。
俺は旗手隊を伴って西門から出た。俺も探すと言っても二百万弱の悪魔がやっているのだ。この狭い戦場であれば、日の出までに見つかるだろう。その時こそ、俺の勝利が確定する。
突如、塔の方から鐘の音が鳴り響いた。まさか毎朝日の出を知らせる訳でもあるまい。
「何事か」
「北軍の総指揮官殿が降伏したのでしょう」
「その合図であったか」
「ラスロ殿が説明なさっていましたが」
「いや、つい忘れていた」
とにかく俺の勝利が確定した。
一騎討ちも合わせると、二勝したので三番勝負の勝利も確定した。互いの立場を懸けた勝負と言っていたが、どうなるのであろうか。




