第201話
俺達が馬車に戻ると、ファビオやイリナ達が起きてきており、朝食を食べていた。
「おぉぉ!イリナちゃぁん!元気だったか?王宮で侍女をやっていると聞いたが、休みが取れたのか?」
ローラン殿はそう言ってイリナに抱きつこうとしたが、イリナが手元にあったナイフをローラン殿に突きつけたので、ローラン殿はこちらに戻ってきた。
イリナの圧がすごいな。なんというか、機嫌が悪そうだ。朝が苦手という印象は無かったが、あまり眠れなかったのか?
「転職しました。これからはお義兄さんの侍女です」
「ジル君?」
ローラン殿が俺を問い詰めるように見つめてきた。誤解をされていそうだな。
「身を守るためです。私はヴェンダースのとある将軍の長子に狙われていまして、巻き込んでしまってはまずいと思い、匿いました」
「匿っていただくだけでは申し訳ないので、恩返しとして侍女をしています。私は一生涯にわたって、姉夫婦を支えます」
「…イリナちゃんが恩を感じるのはおかしいぞ。ジル君が自分で作った敵だ。イリナちゃんを守るのは当然だ」
「ジルが作った敵じゃないよ。逆恨みなんだって」
「そうです。厳正なる一騎討ちの末、私が勝利したまで。義叔父様も私を打ち負かしたではありませぬか」
「おいおい…みんなして俺を責めるな。俺が悪かった。それとジル君。一度刃を交えた仲だ。『様』はないだろう、様は」
「そうですか」
ローラン殿はそう言って椅子に座った。俺の席であったが、まあ良いか。
俺はローラン殿の隣の席に座った。レリアはイリナの近くに座った。
「ではローラン殿。教えていただきましょう」
「何の話だ?」
「とぼけるおつもりですか。あの技の秘密を教えていただきたい」
「ああ。あれか。俺は普段な、樵をやってたんだよ。ま、最近はレリアたんの護衛をしてたから木なんて切ってないが、とにかく普段は樵をしていた」
ローラン殿は何を言い出したのだ?俺は技の事を聞いたはずだが、職業を語り始めた。まあ最後まで聞いてみるか。
「俺は将軍格家の三男坊として生まれた。つまり生まれながらの騎士と言うわけだ。だが、戦なんてものは毎日起こるようなものではないし、起こすようなものでもない」
「そうですな」
「そこで、だ。俺は樵を始めた。だが俺の心は騎士だ。斧など握りたくない。だから剣で木を切った」
「と言うと?」
「斧など握りたくないから、剣で木を切り倒せるように鍛えた。樹齢百年でも二百年でも千年でも、どんな木でも一撃で切り倒せるようになれば、人間相手にはまず負けん。剣ごと斬れる」
「それがあの技の秘密ですか」
「そういうことだ」
斧を使いたくないのであれば、樵以外の選択肢を取れば良かったのではないのか…?いや、そもそも戦斧を扱う騎士もいる。根本的なところが変わっているお人だ。
それにしても、剣で木を切るか。それも一撃で。並大抵の努力ではあるまい。
「ちなみにどれほどの期間を鍛錬に費やしたのです?」
「樵になろうと決めて十日。剣で切る事を決めてから五日。切り方を考え始めてからも五日。切り始めてすぐだ」
「そうですか。どうやって切っているのです?」
「特別に教えてやろう。まず、全力で拳を作ってみろ。熱くなるだろ?その熱を全身分、剣と腕に集める。そして、全力で剣を振るう。簡単だ。やろうと思えば、手刀でもいける。ほら」
ローラン殿はそう言って空いた皿を割った。綺麗に二等分されており、断面はヤスリで磨いたかのように滑らかだ。俺もやってみたが、皿を粉々にしてしまうだけであった。
「難しいですな」
「熱を集める練習をしろ。素人にゃ、無理だ」
「もう一度見せてください」
「おう」
ローラン殿は再び、皿を綺麗に割った。天眼と魔眼で詳しく見たところ、熱とはつまり、魔力のことであった。魔力を纏った手刀が、皿を両断したのである。これなら真似できそうだ。
「こうですな」
俺はそう言って、魔力を纏った手刀で皿を両断した。魔力で間違いないようだ。なるほど。簡単ではないか。
「おい、おいおいおい、どういうことだ。今まで習得した奴は俺含めて四人だぞ」
「自信を持つのはよろしいが、過信なさるな。これくらい、魔法を学べば誰でもできましょうぞ」
「これも…魔法だってのか?」
「ええ。ローラン殿が仰る『熱』というのは、体内を巡る魔力というものです。血液同様、人間には欠かせぬものです」
「そうかい。それなら魔法ってのも案外敷居が低そうだ」
ローラン殿は理解できたのかできておらぬか分からぬが、理解したようにそう言った。あの説明だけで理解できるのは、魔法使いのみであろう。
「どうでしょうな」
「は?」
「今回、私が連れている歩兵のうち、適当な百名を選べば、王都を陥落させるには充分な戦力です。無論、戦闘兵から選ばねばなりませぬが」
実際のところ、百名もいらぬ。魔法的に見れば、王都は隙だらけだ。上手にやれば、人狼一人で国王陛下の首にその爪を突き立てられるであろう。無論、そのような事は何があっても俺が止めるが。
「おい、お前。サヌスト王家に刃向かうつもりか。それほどの戦力を集めて何をする?言ってみろ。答えによっては、ここで息の根を止める」
「この強大な力を国内に向けるなど、有り得ませぬ。それに、ヴェンダースもコンツェンも、魔法使いを戦に動員しております。我が国も動員せねば、一方的に蹂躙されます」
「お前がヴェンダースとコンツェンの何を知っている?いや、ヴェンダースとは戦ったのか」
「ヴェンダースとは小競り合いを。コンツェンとは魔法戦をしました。そこにいる侍女見習いはコンツェンから亡命し、私の庇護下にあります」
ルチアの事だけ言っておけばよかろう。ルカの事を言っても理解出来ぬだろう。俺もなぜあんな所にルカがいたか分からぬ。
「大丈夫なのか?」
「ええ。聞く限り、操られていただけのようですし、本人は誰も殺しておりませぬ」
「ふん。兄には報告させてもらうぞ」
「は」
隠すつもりは無いし、特に秘密にしておらぬのだ。聞けば分かるだろう。
その後、ローラン殿には俺の身体についての説明をした。それに伴い、魔法や魔族の事なども説明した。
説明が終わり、ファビオ達の紹介を終え、茶を飲んでいると、ドニスが来た。
ちなみにドニスを含んだレリアの実家の私兵は俺の指揮下に置かれることになった。俺が婿入りするにせよ、レリアが嫁入りするにせよ、レリアと結婚した俺はそこそこ重要な立場となるらしいので、許されたようだ。
「もうすぐ到着いたします。ローラン様、ジル様、姫様、ご準備をなさいますよう」
「ああ」
「俺は先に行く。レリアたん、ジル君。気をつけろよ。今の兄は多分機嫌がいい。じゃあまた後で」
ローラン殿はそう言って動く馬車から飛び降り、ドニスが連れてきていた自らの愛馬に飛び乗った。そして部下を伴って駆けて行った。
それにしても、機嫌が良いのになぜ気をつけるのか。まあ会ってみれば分かるか。
「ジル、着替えに行こ」
「ああ」
レリアはともかく、俺は着替えねばならぬ。
王都で買った礼服を着て、適度に装飾品をつける。装飾品はレリアに決めてもらったのだが、些か派手すぎるような気もする。
俺が再び一階に戻ると、ファビオ達も着替えていた。ファビオとルカはサヌストの子供用の礼服を、ユキとカイはヤマトワの礼服を着ていた。イリナや侍女は普段通りだ。
「カルフォン村に到着だ。兄上、失敗は許されんぞ」
「ああ」
扉を開けたアシルにそう言われた。外を見ると、農村とは思えぬような場所であった。いや、農村と聞いていた訳ではないのだが、ここは完全な軍事施設ではないか。
訓練場や厩舎などがあり、それらを囲むように官舎のような建物が建ち並んでいる。おそらく兵士やその家族などが住んでいるのだろう。




