第200話
俺とレリアは着替えてから一階の食卓に下りた。
ローラン殿が座っており、その近くにドニスが立っている。
「おはようございます、ジル様、姫様」
「ああ」
「おはよう」
「朝から何かあったのか」
「それについては俺から話そう」
ローラン殿はそう言って座るように目配らせした。俺の馬車だが、俺が気を遣わねばならぬな。
「朝食でも食べながら聞いてくれ。美味いぞ」
「俺の侍女ですから」
「そうかい」
ローラン殿が手を挙げると、サラが朝食を運んできた。俺はとにかく量が欲しいので、大きな鍋でスープを煮込み、大量のパンと共に食べる。普段ならキトリーがいるのでもっと良い物を食べるが、今日は連れてきておらぬので仕方ない。
「まず、ドニスを含め、うちの私兵が二千ほど君の部隊に入っている」
「…は?」
「レリアたんの護衛だ」
ローラン殿は説明を始めた。
レリアが家を出た頃、ローラン殿はレリアのお父上の指示で、レリアの護衛を始めた。五千の兵と年間金貨一万五千枚を使って、だ。
女の一人旅とは危ないものなので、手頃な商隊を選び報酬を渡して、レリアの護衛として同行させた。レリアは自分の意思でその商隊に同行すると決めたと思っていたようだが、いつも接触してきたのは商隊の方だったらしい。手頃な商隊がいない場合、ローラン殿の麾下の兵が商隊を装ってレリアの護衛をした。
そうして旅を続けるうち、ステヴナンに着いた。ステヴナンでも、レリアはいつものように運命の人探しをしていた。そんな時、俺が募兵をした。最初は情報を得るために部下を潜入させたが、俺がステヴナンを訪れ、レリアと出会った。領主の館にレリアを泊まらせていたので、俺の事を役人か何かだと思って俺の情報を集めだした。
そうするうちに、俺とレリアはラポーニヤ山へと旅立った。使徒が旅立つと同時にレリアが消えた、と知ったローラン殿は俺が使徒であると断定した。レリアの護衛のため、二千を使徒の下へ送り込み、残りの三千でレリアの捜索を続けた。
そして、色々あって今に至る。ちなみに王都から城に帰る日、騎士崩れの盗賊に会ったと思っていたが、ローラン殿とその部下であったらしい。殺さなくてよかった。
「いや、しかし君は素晴らしい男だ。レリアたんの夫になりうる可能性も僅かにある」
「もうなってるよ」
「俺は認めない。兄が認めても、レリアたんが認めても、例えヴォクラー神が認めても、俺は認めない」
「叔父さんに認めてもらえなくても、自分たちで分かってたらいいの」
レリアがそう言うと、ローラン殿は俺の方に向き直った。
「ジル君、決闘しよう。この前の不思議な力は無しで」
「義叔父様、あれは魔法と言う技術で、国王陛下も認めておいでです」
「知らんな」
「エジット一世国王陛下の御名において、公表なされましたぞ」
「いつの話だ?俺は知らんぞ」
「一昨日です」
「…お前、今回に合わせて公表させたな?」
「私は基本的に政には関与しておりませぬので…」
「ふん。どうだか」
俺は基本的に政や儀式などはアシルに任せっきりだ。まあ人には向き不向きというものがあるのだ。わざわざ不得意なことをする必要もあるまい。
俺は最後の一口を頬張り、立ち上がった。
「何のつもりだ?」
「やりましょう、決闘を」
「やるか」
ローラン殿も立ち上がり、馬車を出ようと歩き出した。
「ちょっと待って!あたしが審判するから。あたしが終わりって言ったら終わりだからね。あと、他にも人を連れてきて。あたしだけじゃ、止められないから」
レリアが勢いよく立ち上がってそう言った。確かに審判がいなければ、ローラン殿が降参か死ぬまで戦うことになるだろう。今までローラン殿を見た感じとして、降参はせぬであろうから、審判をやってくれるなら任せた方がいい。
レリアの指示で、決闘の準備が進められた。
馬車の近くに大きな円を描き、その中で戦う。外に出たら負けだ。また、剣を弾き飛ばしたりして、外の者に危険がないように、内と外を遮断する結界をこっそり張った。この結界は音などは通すので気付かれぬだろう。
アシルなど、俺を止めようと思えば止めれる者を呼んだ。それに釣られて見物人も集まってきた。主が戦うのがそんなに楽しみか。
「二人とも準備はいい?」
「俺はいつでも良いぞ」
「俺もだ。レリアたん、贔屓は無しだぞ」
俺とローラン殿は円の端と端に立ち、レリアの合図を待つ。
決闘という事で、互いに鎧を纏い、自らの愛剣、つまり真剣を使う。もちろん俺にはローラン殿を殺すつもりなどないので、死者は出ぬだろう。
「二人とも怪我しないでね。よーい、始め!」
レリアの合図で俺とローラン殿は駆け出した。
俺の今回の作戦は簡単だ。怪我をすれば、レリアに気付かれぬ速さで回復し、ローラン殿を追い詰める。魔法を使うな、とは言われたが、この回復は俺の身体の機能だ。使っても良かろう。
ローラン殿は三歩ほど進んで、俺を待っている。余裕だな。
俺はローラン殿の首を剣の腹で叩こうと、剣を凪いだ。
ローラン殿はそれを防ぎ、鍔迫り合いに持ち込んだ。
「死んでも祟るなよ。そっち方面では君には勝てんからな」
「死後に魔法を使えるほど器用ではありませぬ」
ローラン殿は俺の剣を勢いよく弾いた。普段ならどうという事もないが、今回はどういう訳か、剣からかなりの衝撃が伝わり、一歩後ずさってしまった。
その隙にローラン殿は剣を振りかぶり、俺の頭めがけて振り下ろした。
俺は剣は間に合わぬと判断し、左腕で防ごうと、差し出した。
「覚悟っ!」
ローラン殿の剣は、俺の左腕を斬り裂き、更にその勢いは衰えず、俺の左肩から入り、右の脇腹から出た。
そして返す一撃で俺を腰斬した。
「…はっ?」
何だこれは。これは普通の剣の威力ではないぞ。
ローラン殿は、斬られても立ったままの俺の鳩尾を蹴り、倒した。
「止めてっ!叔父さん!もう叔父さんの勝ちだから!何もしないでっ!」
「俺の勝ちだ。新郎よ、安らかに眠れ」
「あれっ?入れない?!ちょっと、開けてよ、ジル!」
レリアが結界を叩いてそう言っている。レリアが泣いているではないか。
俺はすぐに身体を治し、結界を解除してレリアのもとに駆け寄り、抱き締めた。
「心配させてすまぬ。この通り、俺は無事だ」
「あたしが心配するような事はしないでって言ったのに…」
「申し訳ない。圧勝するつもりだったのだが驚いて固まってしまった」
「じゃあ今回はあたしも止めずにノッちゃったから、お互い様だね。なんかジルだけ痛い目にあっちゃってごめんね」
「いや、別にあれは痛くはないが、まさか両断されるとは思わなかった」
「おい、抱き合って話すのは辞めろ。そしてレリアたんから離れろ、敗者め」
ローラン殿がそう言って剣を構えた。俺は慌ててレリアから離れた。
「どういう仕組みか知らんが、ちゃんと死ね」
「叔父さん、あたし言ったよね?怪我させないでって」
「いいや、言ってない。怪我するな、としか言われてない。レリアたん、そこは間違えたらダメだ」
「そうかもしれないけど…」
「レリア、もう大丈夫だ。次から気をつければ良い」
「……うん」
「そういう訳ですので、馬車に戻りましょう。私の身体の説明をするので、義叔父様の技も教えてください」
「レリアたんの為に、な。これで戦に出たら雑兵に殺られてしまう。そうなってはレリアたんが泣いちまうからな」
「ありがたい」
俺はレリアとローラン殿を伴って馬車に戻った。それと同時に、アシルに出発するように言った。




