第199話
六月十九日。ファビオとルカ、イリナが馬車で寝てみたいと言うので、出発する事にした。今回、レリアのお父上が指定したのはカルフォンという村で、ラポーニヤ城から馬車で半日程度の距離だ。レリアの家族の本家があるそうだ。
レリアとイリナの勧めで、騎兵五百、歩兵千の部隊を護衛として連れていくことにした。ちなみに歩兵はラポーニヤ魔族に加え、ウルファーからも選んでいる。また、この部隊の隊長はドニスが志願したので任せた。
ラポーニヤ城はアルフォンスとクラウディウス、ルイス殿下に任せておけば良い。戦力的にはクラウディウスひとりで充分だが。
侍女もそれなりにいた方が良いそうなので、三十人ほど選んだ。ちなみにルチアも連れていく。
多少は威圧をせねば、リノ殿のように勘違いしたり、格下と侮られてしまうからだそうだ。俺としては侮られても構わぬが、レリアが嫌と言ったので連れていくことにした。
結局、馬車が十台、騎兵が五百騎、歩兵(食糧輸送部隊も含めて)千人、侍女が三十人ということになった。馬車には俺とレリア、ファビオ、ルカ、ユキ、カイ、イリナ、侍女三十人が乗る。ユキとカイが、ファビオだけズルいと言うので連れていくことにした。
アシルが色々と根回しをして、魔族と魔法の存在をエジット陛下の名で昨日公表したので、馬は全て一角獣で、食糧輸送部隊は犬人と猫人がほとんどだ。
「アニキ、早く行こっ!」
「ああ」
ファビオ達に腕を引かれて馬車に乗った。まだ昼過ぎなので急ぐ必要は無いが、楽しみにしているようなので良いか。ドニスには少し遠回りをして、明日の昼前頃に着くように頼んだ。
レリア達も馬車に乗り込み、出発した。
俺が乗る馬車には、レリア、イリナ、ファビオ、ルカ、ユキ、カイ、ルチア、サラ、ロアナが乗っている。アシルは影狼衆の者と共に御者台にいる。
この馬車は特注品で、ある程度の荷物も積んでいる。一角獣四頭が引く巨大な荷車の上に三階建ての家をそのまま置いたような形をしている。水なども載せるため、一角獣でなくては牽引できぬ。また、車輪にも特殊な加工をしているそうで、巨大な石でも踏まぬ限り、揺れはない。
馬車の中は、本当に家のようになっている。
一階は倉庫と厨房、食卓などがある。
二階には三部屋ある。一部屋目は天蓋付きのベッドが置いてあり、俺とレリアが休む予定だ。二部屋目は三段ベッドが二組が置いてあり、ルカとユキ、サラ、ロアナ、イリナ、ルチアが休む。三部屋目は一人用のベッドが四つあり、ファビオとカイ、アシルが休む予定だ。
三階は景色を見る為に作った階なので、四方を窓に囲まれている。時間をかければ、屋根を取り外し、屋上テラスにも出来る。
夜になり、野営の準備を始めた。簡単な料理であれば馬車に乗ったままできるそうだが、護衛の部隊はそうはいかぬので、川の近くにて休むことにした。
夕食を食べ、アシルとドニスから今日の報告を聞いて、部屋に戻った。
「明日だね。緊張する?」
「緊張するが、レリアが隣にいるのだ。安心感が上回る」
「よかった。ジルが緊張してたら、あたしも緊張しちゃうから。親に会うだけなのにね」
「ただ会うだけではあるまい。二人の将来を確かなものにせねばならぬ」
「あたし達の中では、もう確かなものだけどね」
「いや、そうではあるのだが、やはりレリアのご両親には認めていただきたい」
「そういえば、ジルのご両親は?」
俺の親か。
妖魔導王様は魔法神か生物神が俺を創った可能性もあると言っていた。数え切れぬ程の英傑の魂を人間の魂を核として融合させて生まれたのが、俺だ。そのような芸当ができるのは、魔法神か生物神だけであろう、と。
「俺の親は誰か分からぬ。ただ人間ではなかろう。神かそれに準ずる者であろうな」
「…挨拶できそう?」
「残念だが無理であろう。俺も親に関する記憶が無い」
「そっか…会えたら会ってみたいけど、無理ならダメだね」
「すまぬ」
「ジルが謝ることじゃないでしょ?」
「次、ヴォクラー神にお会いしたら、尋ねてみよう。手掛かりくらいはご存知かもしれぬ」
「会えそうだったら教えてね」
「ああ」
神に会えるのかは分からぬが、まあ神と決まった訳でもない。
「もう寝ようよ」
「ああ。明日に備えねば」
「ね。おやすみ」
「ああ。おやすみ」
レリアはそう言うと、すぐに眠ってしまった。
俺はレリアの寝顔をしばらく眺めてから、眠った。
翌朝。目を開けると、見知らぬ騎士がいた。油断したか。
俺はレリアを庇うように飛び起き、鎧を纏って剣を抜いた。
「何者か。返答次第では無事では済まさぬぞ」
「待て待て。お前は無駄な殺生は好まぬと言うくせに血の気が多い」
侵入者は両手を上げて降参をしているように見えるが、魔法使いであれば、体勢は関係ない。いつでも首を刎ねれるようにしておかねば。
「俺の何を知っている?」
「この前も話をしようとしたが、吹き飛ばされちまった」
「この前…?貴様、名を名乗れ」
「隣に寝ているレリアを起こせ。安心しろ。背中を刺したりせん」
俺はいつでも侵入者を斬れるようにしながら、レリアの体を揺すった。
「レリア、起きてくれ」
「…ん………ちょっと待って…」
まずいな。今日に限って起きぬな。
俺は左手にコップを創り、水魔法で水を注いだ。
「レリア、水だ。頼む。起きてくれ」
「…ん」
レリアがやっと起きてくれた。レリアは水を受け取り、一気に飲み干した。
「おはよう、ジル」
「ああ、おはよう」
「朝から鎧なんて着て、何かあるの?」
「レリアたん、起きたか。俺だ、俺。覚えているだろう?ほら、ピートラスのおじちゃんだ」
ピートラスのおじちゃん?確かこの近くにそのような名の村があったような気がするが…怪しいな。それに『レリアたん』だと?気に食わぬな。斬ってしまうか。
「…え?」
「ピートラスのおじちゃんとやら。残念だがレリアは覚えておらぬようだ。冥府で悔いよ」
俺はピートラスのおじちゃんの首を刎ね飛ばそうと、剣を振るおうとした。
「あっ!」
ピートラスのおじちゃんの首のほんの手前でレリアがそう言った。何か思い出したか。
「もしかしてローラン叔父さん?」
「思い出したか!久しぶりだな。元気だったか?」
ローラン叔父さん?確かレリアのお父上のご兄弟で、唯一結婚しておらぬ者がその名であったが…
「うん。元気だったよ。叔父さんは?」
「俺も元気だったさ。毎日毎日、レリアたんを守ってると思ったら、元気しか出んわ」
「何言ってるの?」
「こっちの話だ。はははっ」
レリアの叔父上であったか。まずいな。さんざん偉そうなことを言って、殺そうとしてしまった。本当にまずい事をしてしまったな。
「あの…申し訳ありませぬ。レリアの叔父上様だとは知らず…」
「いやいや、あれが正解だ。むしろ、警戒せずにいたら、結婚を辞めるように兄に伝えるところだった。レリアを守る気すらない腑抜けた男だ、とな」
「そう言っていただけるとありがたい。ところで朝早くから何用ですかな?」
「待ちきれんかった。着替えて下に来い。朝食の用意はさせてあるぞ」
「は…?」
ローラン殿はそう言って部屋を出ていった。
「ああいう方なのか?」
「昔はちゃんと凄い人だったらしいんだけどね」
「そうか。もしかして他の方々もああいう…?」
「ローラン叔父さんが特別なだけで、他は普通だよ。お父さんもアラン叔父さんも」
「それは良かった」
良かった。他の方々もああいう感じであったら、馴染めぬところであった。レリアの家族とはなるべく仲良くなりたいので、まあ頑張るか。




