第196話
その後、クラウディウス率いるキアラ軍の到着を待った。
ちなみにキアラは連絡がつかぬし、レンカに『天魔大戦でも起こらない限り、ここに来たらダメよ』と伝えてあったらしい。天魔大戦が起こるかもしれぬ程度では呼ぶな、ということらしい。起こってから呼べということであったが、それほどまでにアキの修行が気に入ったのか。アキが帰ってきたら俺も話を聞いてみよう。
レリア達が眠ってしばらくすると、クラウディウスが戻ってきた。
キアラ軍に加え、キアラと同盟を結んでいた魔界諸侯(魔界で城を持つ者、または三千万以上の軍を保有している者を魔界でそう呼ぶ)やキアラと友好関係にあった者、結界魔王軍などが駆け付け、当初の予定の百五十倍以上である二千万にまで膨れ上がった。
詳細は魔界諸侯軍千万、結界魔王軍三百万、キアラ軍とキアラと友好関係にあった者の軍七百万だ。
ちなみにクラウディウスが以前言っていた、クラウディウスは結界魔王城の見張りと同等程度の強さというのは、魔力を封印した状態のことだそうだ。魔力を完全に解放した今であれば、結界魔王の八割程度の強さらしい。他の七近衛も解放しているそうなので、以前より強くなっているそうだ。
数も増え、気分的にも作戦的にも余裕が出てきた。作戦を少し変えるか。
魔界諸侯軍に魔導王軍を任せ、結界魔王軍にはサヌストの防衛を任せ、クラウディウスには残りの軍を率いて遊撃を任せることにした。また、アシルには天属性のみの部隊を率いてもらい、全体的な援護を任せる。その間に、俺とルチアとオディロンで妖魔導王本人を倒す。
完璧な作戦に思えるが、どうであろうか。まあ戦など始まるまで何が起こるか分からぬ。
俺達は海上に陣を張った。サヌストとヤマトワの中間地点付近で、近くには有人島が無いので周りを気にする必要は無い。結界魔王パトリシアが海面に結界を張ってくれたので、海中への影響も気にする必要は無い。
月明かりの下、ルカを連れ、妖魔導王軍を待つ。
ルカはこの戦が自分のせいで始まったと思っており、責任を感じているようで、戦が終わるまで応援するし、手伝える事があれば手伝うと言っていた。幼子にここまで責任を感じさせてしまって悪いが、今回は仕方ない。
無理をして戦場に出てこぬように、囮を終えたらレリア達と一緒にいるように言った。いざと言う時は一緒に逃げ、レリアを助けよ、と。まあそんな事にはならぬ。
「ジル様、今回は負けが許されん」
ルカと一緒に海上に立っていると、クラウディウスが隣に降り立った。
「俺は負けが許される戦などした記憶は無いぞ」
「そういうことではない。ルカ嬢を護りきれば、歴史が変わる。逆に言えば、歴史を変えなければ、ルカ嬢は護れん」
ここで俺が勝ち、妖魔導王に歪属性の生存を認めさせれば、これまで発見次第、討伐されていた歪属性の者が助かるだろう。そういう意味で、歴史が変わるというのだろう。
「ああ。我が妹を護る為であれば、歴史程度変えてやろう」
「その意気だ。それはそうとジル様。悪魔と悪魔の戦は、人間と人間の戦の策が通じん。いずれ学んでいただく予定だったが、実戦で学ばれよ」
「そうか。まあ指揮はおぬしに任せた」
「三次元的な戦、アシル様も初めてだろうに、大変な事だ」
確かに空中戦となれば、前後左右に加えて上下にも気を配らねばならぬ。まあ今後の為に、アシルには頑張ってもらおう。
「ルカ嬢、我らにお任せを」
クラウディウスがルカの目線に合わせてそう言った。こういう事になったので、気にかけてくれているようだ。
「…ありがと。でも、ごめんなさい」
「ルカ嬢が謝ることは無い。確かに今回はルカ嬢が原因かもしれんが、その程度で衝突するなら、いずれ衝突する。何せ、ジル様はそこらの悪魔とは違う考えをお持ちだ。我らは受け入れられるが、そうでない老害共もいる。それだけの話だ」
「…お兄ちゃん、悪い?」
「いや、ジル様は悪くない。実を言うと、キアラ様もそうだった。新しい事をしては敵を作る。ジル様も同じだ。敵の規模がバカみたいに大きいだけで」
キアラは敵を作りやすかったのか。まあ何も関係ない所からディプラスを奪ったり、色々とやっていたようなので敵は増えるだろうが、それと一緒にはしないで欲しい。まあルカを気にかけて言った言葉だ。わざわざ訂正せぬ。
「…お兄ちゃん、おじちゃん、頑張って。幼女、嬉しい」
「うむ。我らに任されよ。ではジル様、我は七百万の悪魔どもに気合いを入れてやらねば」
「ああ。では」
クラウディウスは待機中の七百万の部隊に戻った。
ちなみに今回は俺にキアラの後継が務まるのかを確かめに来た者も多い。俺はキアラの後継をするつもりはないが、キアラの配下と財産、名前を自由に使わせてもらっているので、それくらいはしてやらねばならぬだろう。
「ジルさーん、見てくださーい!」
ルチアがオディロンに乗って駆けてきた。
「これ、作ってもらったんです。似合いますか?」
「どれの話だ?」
「これですよ、これ。この杖に魔力を込めるだけで、ここから魔力が放出?されるから、殺した感覚が残らないらしいですよ」
「ルチアの場合は天力だろう」
ルチアは杖と言って俺に見せたが、短剣程度の長さしかなく、木の枝のようなものの先端に魔石を取り付けてあるだけに見える。
姿が見えぬと思っていたが、アティソン爺でも訪ねていたか。
「試し撃ちはしたか?」
「した方がいいんですか?」
「いや、妖魔導王と戦っている時に俺に当たったら、敵と勘違いして殺してしまうかもしれぬぞ」
「それは…やめてくださいよ。ジルさんの注意力の問題じゃないですか」
「試し撃ちをしておけ、と言っているのだ」
「分かりましたよ」
ルチアはそう言って杖に天力を込め始めた。ある程度天力を溜める必要があるのか、なかなか撃たぬ。
「ジルさん、ヤバいです。溜めすぎちゃいました。どうしましょう?」
「妖魔導王が来るまで待て」
「ムリです。ほんとに…」
まずいな。このまま暴発すれば、周辺の悪魔に被害が出る。受け止めてやるしかあるまい。
「仕方ない。俺の心臓辺りを狙え。結界を張った」
「いきますよ」
ルチアはそう言って杖の先端を俺に向けた。すると、腕ほどの太さの光の線が俺の胸に風穴を開け、海面に張ってある結界を貫き、そのままの勢いで海中に入った。
「あわわわわわ」
「よくやった。俺でなければ倒せるぞ」
「治った…」
俺は風穴を塞ぎ、結界を修復しておいた。この威力であれば、充分使える。
「ルチアよ、裏切るでないぞ」
「ルチアがジルさんを裏切る時は、ルチアのことを守ってくれなかった時ですよ」
「…そうか。ならば、生きているルチアに裏切られる可能性はないな」
「そういうことじゃないですよ」
まあ実際、ルチアが死ぬなどありえぬ。この世界にいるほとんどは魔属性であり、天属性であるルチアには不利だ。ルカのような者も滅多に生まれぬだろう。いや、ルチアが生み出したようなものではあるが、まあとにかく大丈夫だろう。
ルチアと話していると、空間に穴が空いた。とうとう妖魔導王軍が現れたようだ。
「来ましたよ」
「ああ。ルカよ、レリア達を頼んだぞ」
「…幼女、がんばる」
俺はルカをラポーニヤ城に転移させた。
そして悪魔の姿となり、ルチア、オディロンを伴って飛び上がった。
天眼を全力で用いて確認したところ、妖魔導王軍の数は六百万程度である。その中で飛び抜けて強そうなのが、四名。一人は妖魔導王だろう。
「ジルよ、妾は怒っておる。なぜか分かるじゃろうな?」
仮面をつけた妖魔導王が俺の目の前に現れた。
「アリマーダス、我が妹はここにはおらぬぞ」
「…歪の蛮族程度、後でも殺せる。エン、ライ、アクォ、行け」
妖魔導王がそう言うと、三名の悪魔がそれぞれ軍を率いて動き出した。
炎を纏った巨漢の悪魔。クラウディウスより数回り大きい。炎魔導王エン・ファームだろう。
常人の目には見えぬであろう速さで進む、小柄の悪魔。雷魔導王ライ・トゥネールだろう。
炎魔導王より更に数回り大きく、禍々しい魔力を垂れ流す悪魔。悪魔導王アクォ・ムーヴィだろう。
それぞれの軍を魔界諸侯の軍が包み込んでいる。なるほど。三次元的な戦の場合、前後左右に加え、上下からも包み込んで、初めて包囲というわけか。
「アリマーダス、恨むならグル・ウィット・ジャビルを恨め」
「なんじゃと?」
「ルチア、やれ」
「はい!」
ルチアは妖魔導王軍が現れてから、天力を溜め始めていたようで、今撃った光線は先程よりも太く速い。光線は妖魔導王の左腕を吹き飛ばし、妖魔導王を隻腕にした。
その間に、俺は制御眼を開き、殴打魔法を纏った右腕で妖魔導王を殴り飛ばした。
ちなみに魔力が一定量より多い場合、殴殺魔法よりも殴打魔法の方が威力が高くなる。これは殴殺魔法は敵を殺す為の魔法であるのに対し、殴打魔法はただ単に殴打を強化する為の魔法であるからだ。
妖魔導王は海面に張ってある結界に衝突し、結界に蜘蛛の巣状のヒビが入った。呆気ないな。




