第180話
本屋に向かう途中、レリアが花を摘みに行ったので、俺は噴水の近くに座って待っている。
屋台で適当に名も知らぬ果物を買っておいた。途中から蜂蜜を入れたとはいえ、コンツェン料理は辛かった。
ちなみにこの噴水は魔法などの動力を用いておらぬそうで、ひとりでに動いている。どういう仕組みかは知らぬが、地下水路から勝手に水を汲み上げ、噴き出すように作られているそうだ。そんな噴水が王都にはいくつかある。
「お兄さん、観光かい?」
俺の隣に見知らぬ男が座った。話しかけられているのに無視をするのも悪かろう。
「観光だ」
「一人で?」
「いや、妻と二人だ」
「そうかい。じゃ、二人分やるよ」
「何をくれるのだ?」
「王都土産の定番さ。帰ってから開けてみな」
男はそう言うと小包を二つ俺に渡した。俺は手に持っていた果物を横に置き、受け取った。
この小包は帰ってからレリアと開ければ良かろう。
「ああ。礼を言う」
「二つ合わせて銀貨三枚ね」
「くれるのではなかったのか」
「そりゃ、世の中そんないい話はねえだろ」
「それもそうか」
まあ確かに知り合いでも無いのに無料でくれるはずはないか。
俺は懐に手を入れて銀貨三枚を取り出した。
「これで良いか」
「おぉ、兄ちゃん金持ってんねぇ。じゃ、これもどうだい?」
「それはなんだ?」
男は懐から何かを取りだした。箱に入っているのでわからぬが、あの大きさならば装飾品か何かだろう。
「奥さんに渡すんだよ。すっげー喜ぶぞ」
「何が入っているのだ?」
「そりゃ、旦那には教えらんねぇ。開けずに奥さんに渡さなきゃ意味がねえぞ」
「最初だけ何か仕掛けがあるのか?」
ヤマトワではビックリ箱という中身が飛び出す箱が一時期流行ったとアキが言っていた。俺もアキに渡された時は驚いた。それと似たようなものだろう。
「そんな感じだ。とにかく奥さん以外が開けちゃいけねえぞ」
「分かった。貰おう」
「金貨一枚だ」
「…いきなり高くなったな」
「そりゃ、いいもんだからな。ただ、誰彼構わず売ってる訳じゃねえぞ。俺が認めた奴にしか売らねえし、情報も渡さねえ」
「そうか」
まあ金貨一枚くらいでレリアを喜ばせられるなら良いか。
俺は再び懐に手を入れて金貨一枚を取り出して男に渡した。
「毎度あり。そんじゃ、俺はこれで。楽しめよ」
「ああ。礼を言う」
男は箱を俺に渡してどこかに行ってしまった。
今買ったものを全て異空間にしまい、横に置いた果物を手に取ろうと、横を見た。だが、果物が無くなっている。
「盗られたか…」
仕方あるまい。目を離した俺が悪い。
もうそろそろレリアが帰ってくるはずなので、新しいものを買いに行く訳にはいかぬな。
「あ、いたー!お待たせ!」
レリアが戻ってきた。
「いや、それほど待っておらぬ」
「そう?結構待たせちゃったと思ったんだけど」
「それより聞いてくれ。妙な男に話しかけられてな。土産を買ってしまった」
「え、何買ったの?」
「いや、中身は見ておらぬ。帰ってから見よ、との事だ」
「それ詐欺じゃない?よくある手口って書いてあったよ」
全く気づかなかったな。普通の商人かと思ったが…確かに中身を確認させぬのは怪しいな。果物が盗られた時も見えていたはずだ。
「…やってしまった。もしかすると置き引き犯とぐるであったのかもしれぬな…」
「置き引き?!」
「ああ。いや、盗られたのは銀貨一枚に満たぬ果物だけだ」
「…ダメだよ。次から気をつけてね」
「ああ。王都にいる間、レリアと離れた時は買い物をせぬようにする。気が緩んでいたのかもしれぬ」
「あたしも全部防げる自信はないから、お互い一人でいる時に買い物は禁止ね」
「ああ。そうしよう」
幸い、被害は少なかったので良かったが、礼服屋くらいの額を盗られていたら、少し萎える。レリアと楽しめるならそれで良いが、レリアのご家族に『金遣いが荒い、いい加減な奴だ』と結婚を止められたら嫌だ。これからはちゃんと気を引き締めよう。
「じゃあ本屋さんに行こっか」
「ああ。そうしよう」
俺とレリアは改めて本屋に向けて歩き出した。もう騙されぬぞ。
噴水からは何事もなく一軒目の本屋に着いた。
「いらっしゃい」
「入店料は一人銀貨五枚だ」
受付の老婆とその護衛にそう言われた。
王都の本屋は地方の本屋とは規模が違う。そもそも図書館のような一面もあわせ持っており、立ち読みが推奨されている。その代わりに入店料を取られるのだが。
そして強盗や放火魔から店と本を守るため、護衛を雇うことが多い。
俺は銀貨十枚を取り出して老婆に渡した。
「確かに受け取った。入って良し」
護衛がそう言ったので、俺とレリアは店に入った。もう少しくらい愛想が良くならぬものか。
中に入ると、それなりの広さがあり、それなりの客がいた。ステヴナンの本屋はもっと狭かった。
「広いね」
「ああ。ステヴナンの本屋とは大違いだ」
「地方と王都は比べちゃダメだよ。色々と違うことが多すぎるから」
「それもそうか」
確かに物価も違えば、目的も違う。
王都の本屋は王都民の学力向上のため、ある程度の補助金も出ているそうだ。だが、ステヴナンなど地方の本屋は好事家のためで、補助金なども出ておらぬ。ゆえに地方は物価は安いが本は高くなる。まあ考え方の違いだ。
「ジルってどんな本読むの?」
「俺は面白いものなら何でも読むぞ」
「例えば?」
「色々あるが…魔王の手記も読めば、魔王討伐記も読む。それに魔導書も読むし、冒険譚も読む」
「他には?」
「それだけだ。まあこれから増やしていけば良かろう。レリアは何か読むか?」
「あたしはね…恋愛ものとか手芸の本とか、料理の本とか…あとは昔は童話とかも読んでたね」
「なるほど。俺も読んでみよう」
「あたしもジルが読んでるの、読んでみるね」
「ああ」
「それはそうと、何買いに来たの?」
「まあ適当に面白そうなものを買おう」
俺は本棚を適当に見回した。
『アンドレアス王の御代に学ぶ!』シリーズが全巻あった。何冊か持っているので揃えておこう。
グレゴワール将軍の手記の複製やアンドレアス王の人生を纏めた『アンドレアス王戦記』もあったので買っておこう。
王都の大雑把な地図と詳しい地図も買った。まあ何かの役に立つだろう。
それからヴォクラー教やシュラルーツァ教、リシャール教などいくつかの宗教の簡易教典も買った。さすがに教皇となるなら、簡易教典くらいは読んでおいた方が良かろう。ちなみに簡易教典とは神話や聖歌、戒律などを簡単に纏めたものだ。
他にもレリアのおすすめなど色々と買っていると、五十冊を超えた。
「それくらいにしておいたら?」
「ああ。さすがに多いか」
「ちょっとくらい持つよ?」
「いや、これくらい大丈夫だ。象くらいなら片手で投げ飛ばせるくらいの力はある」
「それってどれくらい?あたし、本物の象って見たことないんだよね」
「まあ馬車に足が生えたようなものだ」
「そんなに大きいの?」
「ああ。確か動物図鑑も買ったはずだ。後で読もう」
「そうしよ」
俺は受付まで本を持ってきた。婆さんが目を丸くしているが、すぐに数え始めた。
しばらく経つと、婆さんは計算を始めた。
「金貨百二十三枚と銀貨二十枚のところを、金貨百二十枚に負けてやろう」
「良いのか?」
「それはこちらのセリフじゃ。あんたみたいな上客は初めてだ」
「そうか」
俺は金貨百枚が入った皮袋と、金貨二十枚を数えて渡した。
金貨の補充をしておいた方が良いかもしれぬな。アシルに頼んで宿に届けさせるか。
「おっと、店ん中じゃ運べたかもしれんが、外は人が多い。宿と名前を教えてくれりゃ、運ばせるけど、どうだい?」
「頼もう。ジル・デシャン・クロードだ。ホテル・ド・エスプレットに泊まっている」
「なんと!使徒様じゃったか。ありがたや、ありがたや」
「拝むな。俺は現人神ではない。では頼んだぞ」
「今日中には届けますんで、待っとってくだせぇ」
「ああ」
俺とレリアは本屋を出た。さすがに五十冊も抱えて歩いていると目立つので助かった。異空間にしまうにしても、それはそれで目立つ。
「じゃ、次の本屋さんに行こっか」
「ああ。もう日が暮れそうだ。次で終わって戻らねば、夕食を用意してもらうのだ」
「そうだね。予定だったら五軒くらい行くはずだったけど、ちょっとキツかったね」
「ああ。だが楽しかったので俺は良い」
「あたしも。計画なんて楽しむ為に立てるんだから、計画に縛られて楽しめないより全然いいよね」
「ああ。計画は計画だ。計画通りにいくとは限らぬ」
「そうだよね」
などと話している間に次の本屋が見えてきた。王都では本屋同士の集まりがあるそうで、数軒かたまっている。
この本屋も老婆と護衛がいる。
「銀貨五枚だ」
「ああ」
俺はそう言って銀貨十枚を護衛に渡した。もしかするとこの辺りは統一されているのかもしれぬな。
本屋に入ると、先程の店よりは小さいが、そこそこ大きい店であった。
「あ、ジル、あれ見て!」
「どれだ?」
レリアが指差した方を見ると、『使徒伝〜ジル・デシャン・クロード〜第一巻』と書かれた本がある。
「ジルの本じゃない?!」
「いや、さすがに半年で他人が本を出さぬだろう」
俺はそう言いながらその本を取り、目次を見た。
俺の家族構成や今までの功績などが書かれている。
「買おうよ」
「いや、自分について書かれた本を買うのは…」
「じゃあ、あたしに買ってよ。それならいいでしょ?」
「レリアがそこまで言うなら買おう。俺も気になってきた」
「でしょ」
この本の他にも俺についての本がいくつかあったので、全て買うことにした。そのほとんどが『第一巻』で、まだまだ続きそうだ。定期的に買いに来なければ。
一冊だけレリアについての本もあった。内容をざっと見たが、俺と出会う以前のことや如何にして俺の妻になったかなどが書かれていそうだったので、その本を五冊買うことにした。
そろそろ暗くなってきたので、帰ることにした。結局、俺についての本を十五冊、レリアについての本を五冊(同じ本)買うことになった。
受付の老婆に二十冊を渡した。
「熱心なフアンなのねぇ」
「いや、ファンではない。本人だ」
「あらまぁ…」
老婆はそう言ったきり黙り込み、計算を始めた。
「金貨五十二枚に銀貨十五枚だけど、金貨五十枚にしといてあげる。使徒割よ、使徒割」
「そんな割引方法があるのか」
「ご利益ありそうじゃない」
「そういうものか」
俺は金貨五十枚を受付に積み、本を持った。
「新刊が出たら教えてやろうかい?」
「頼めるか?」
「ええ。使徒様のお屋敷に遣いを出すよ」
「それは助かる。ではな」
俺とレリアは本屋を出て、ホテル・ド・エスプレットに向かった。




