第173話
妖魔導王様と飲み比べを始めてから二十日ほど経った。芸をする悪魔も減り、ほとんどが給仕に回っている。飲み干した酒樽の数は万を越え、火の悪魔など火気がある者は遠ざけられた。俺や妖魔導王様の呼気に引火し、燃えてしまうからだ。
意外にも宴会場は綺麗なままだ。リリーやスイが俺や妖魔導王様に料理を食べさせているが、食べ終わるとすぐに片付けさせている。酔っているのは俺と妖魔導王様だけなので、散らかるはずがないが。
妖魔導王様は仮面を外し、顔を真っ赤にしている。もうすぐで帰れそうだ。
「スイ、ララちゃんにもっと飲ませよ」
「は」
「リリー、ジルにもっと飲ましぇてやりゃんか。まだ酔っておりゃんようじゃじょ」
「妖魔導王様の倍は飲んでおられますが…」
「ララちゃん、子守唄を聞かせてやろうか」
「うるしゃい」
妖魔導王様は十日程前に酔い始めたようだが、まだまだ起きている。このままではもっと日数がかかってしまうな。どうしたものか。
「失礼いたす」
給仕をしている悪魔と共に入ってきた悪魔が、そう言って一礼をした。確か魔導王の一人だったはずだ。
「誰だ?」
「歪魔導王ワイ・ディホームです。どうぞお見知りおきを」
「ああ。何の用だ?」
「準妖魔導王ジル・デシャン・クロード様にお客様です」
「俺に客?」
「結界魔王パトリシア様でございます」
「そうか。お連れしろ」
「は」
結界魔王様が俺を訪ねてきたのか。挨拶に行くと言ったが、遅いからあちらから来たのだろうか。まあ会ってみればわかるか。
歪魔導王は部屋を出て扉を閉めて行った。給仕をしていた悪魔が扉から俺達の前に並び、道を作った。
「結界魔王パトリシア様の御成りでございます」
歪魔導王がそう言いながら扉を開けると、並んだ悪魔が一斉に頭を下げた。
「グル様、挨拶に参った」
結界魔王様はそう言いながら俺に向かって歩いてきた。
「すまぬな。俺が行くと言っていたが」
「格下が挨拶に出向くのは当然であろう。準妖魔導王となられたグル様と結界魔王である妾、どちらが格下かなど、考える必要もない」
「そうか。それと俺はグルではなくジルだ。準妖魔導王ジル・デシャン・クロードだ」
「そうじゃじょ。グルはジルとなって生まれ変わったのじゃ。妾がそういうのじゃから間違いにゃい」
「これはこれは、妖魔導王様。大変、酔われているようですが」
「うむ。ジルと飲み比べをしておるのじゃ。その速さはわんこそばの如く、如く…キャッキャッわんこそばじゃと!聞いたかえ?わんこそばじゃと!キャッキャ…」
妖魔導王様が笑いながら前に倒れてしまったので、支えてやった。ついに潰れたか。
「スイ、ララちゃんを寝室へ。分かるであろう?」
「は」
スイはそう言って妖魔導王様を抱き上げた。
「すまぬな。まだ五日はかかると思っていたが」
「良いのよ。それよりもジル、抱かせて」
結界魔王に視線を戻すと、衣服がはだけていた。何のつもりだ?まあ無視すれば良いか。
「いや、俺はそろそろ帰る。妖魔導王様と飲み比べをしていてな、俺が勝てば人間界に帰っても良いと言われたのだ。早く帰りたい」
「じゃ、妾も行くわ」
まずいな。キアラが生きている事を知られたら面倒な事になる。だが、置いていくにしても理由がなければ怪しまれるな。
「いや、魔界の結界はどうするのだ?」
「そんなもの必要ないわ。妾の趣味だもの。それにグル様が王神と契約してあるから安心よ」
「と言うと?」
「覚えてないのね。歪属性が天界に侵入したら悪魔が撃退する。その代わり、天属性を魔界に侵入させないこと。だったかしら」
グルは神から堕ちて魔界に来たと聞いたが、王神と契約を結べる立場なのだろうか。いや、魔界の王として結んだのか。
「そうか。まあ魔界に残れ。人手は足りている」
「人手として行くんじゃないわ。側室として行くのよ」
「いや、必要ない。俺はもう幸せだ」
「妾が幸せじゃないわ」
「自分の幸せは自分で確保しろ。俺に頼るな」
「あら、名言のつもり?」
「いや、そのつもりはない。俺は早く帰りたいのだ」
「じゃ、抱かせて。抱いてくれてもいいわ」
「嫌だと言っているのが分からぬか。俺は早く帰りたいのだ。俺について来たければ、好きにせよ。ただ、一緒には来るな。自分で俺の居場所を探して来い。以上だ。他に話は?」
「無いわ。それじゃ、妾も帰って準備をしておくわ。ジルの居場所を探すのも骨が折れそうだし、魔界を出るのも久しぶりだし、準備が必要だもの。それじゃ、また今度」
「ああ。ではな」
パトリシアはそう言って帰っていった。すぐに俺も帰るか。
「リリー、クラウディウス達はどうした?」
「先に帰られました」
「そうか。俺は帰る。世話になった」
「お待ちください。こちらを」
「何だ?」
「妖魔導王様から預かっておりました」
リリーから手紙を貰ったが、まあ帰ってから読めば良いか。
「ではな」
「あの、お読みください」
「今か?」
「今です」
「分かった」
妖魔導王様からの手紙を読んだ。内容を簡単に纏めると、リリーとスイ、そしてその配下の悪魔を連れて行け、と書いてある。忘れかけていたが、そんな事も言っていたような気がする。
「リリー、妖魔導王様から何か聞いているか?」
「はい。スイと共に準妖魔導王様について行け、と」
「そうか。ならば準備をせよ。俺は先に城に戻っている。準備が出来たら来い。なるべく急げ」
「分かりました。それでは失礼します」
「ああ」
リリーがそう言って部屋を出ていった。
俺も部屋を出て、妖魔導王宮を出た。そして、妖魔導城を出て、キアラの居城の前に来た。
「俺だ。開門せよ」
呼びかけても返事がない。確か殴殺魔法より弱い殴打魔法と言うのがあると聞いたので、試してみるか。
殴打魔法を両手に纏い、城壁を叩いた。制御眼を開かず、他の強化もせずに叩いたが、全体に蜘蛛の巣状のヒビが入った。
「俺だ。開門せねば破壊するぞ」
「ジル様、城が壊れてしまう!」
城壁の一部が爆散し、クラウディウスが出てきた。やっとか。
「呼びかけても反応しなかったではないか」
「それは申し訳ないが、ジル様がそこまでするとは思わなかった」
「ノックをしただけだ」
「我にも冗談を言うようになられたか」
「冗談と分かるか」
「?」
「いや、気にするな」
俺はクラウディウスを伴って城に戻った。そしてクラウディウスと別れ、キアラの部屋に入った。やはり変な匂いがする匂いがする。
部屋に戻ると、リンカが茶を持ってきた。
「リンカ、伝言だ」
「何でしょう?」
「クラウディウスに伝えてくれ。呪魔導王と水魔導王が来たら城に入れろ、と」
「承知しました」
「それと俺は今から寝る。呪魔導王と水魔導王が来たら起こしてくれ」
「私が、ですか?」
「誰でも良いが、おぬしに任せる」
「はい。それでは」
リンカが出ていった。茶を持ってきたのに申し訳ないが、俺は眠いのだ。睡眠の必要は無いらしいが、気分的に眠りたい。
さすがにベッドで寝ると、キアラに知られた時に怒られるかもしれぬので、ソファで寝ることにした。




