第16話
俺が目を瞑ると、音以外の全ての時が止まったように感じられた。
ん?なぜだ?
俺はそう思い、目を開ける。
「無事か、ジル卿!」
「ジェローム卿!エレファントボアは?」
「あちらを見ろ。まだ油断は出来ぬがもう大丈夫であろう」
「あ、ありがとう」
ジェローム卿の指さした方を見ると左のこめかみから右のこめかみへ槍が貫通している。凄まじい威力であったのは間違いない。だってジェローム卿はマッチョで力持ちだもん。
「アシル殿はどこだ?」
「アシルはあっちだ」
俺はジェローム卿を案内しようと思い、立ち上がろうとしたが体が痛くて立てない。
「ご主人様、肩をお貸しします」
「すまない」
ジェローム卿の部隊を案内して来たカミーユの方を借り、何とか立ち上がる。
その瞬間、また雷が落ちた。エレファントボアが仕舞ってある幕舎全てに。
「サミュエルは火を消せ!マニュエルは幕舎を警戒しろ!」
「「は!」」
サミュエル卿は北方歩兵団長で、マニュエル卿は北方騎士団長だ。二人は兄弟らしい。兄弟で優秀とか羨ましい限りだ。まあ、俺には兄弟なんていないけど。
「閣下、エレファントボアが三体現れました!」
「討伐し、他の幕舎のエレファントボアも警戒せよ」
「は!」
マニュエル卿とその部下達がエレファントボアへ向かっていく。
ところでなぜ三体?たまごは三つだったし、そのうち二つは死んでいたはずだ。それに最後のたまごもさっきのエレファントボアとして産まれ、ジェローム卿に倒されたはずだ。
まずは討伐が先か。
「俺もやろう」
「いや、ジル卿は見ていて構わない。いや、見ていろ。そんな怪我では足でまといだ」
足でまといなのは薄々、分かっていたがはっきりとそう言われると意外と凹むな。ん?ジェローム卿は俺のことを心配してるのか?あー、そうかそうか。
「カミーユ、アシルの所へ」
「承知しました」
俺はアシルの所へカミーユを案内する。
歩いていると雨が止んだ。これでオディロンやロドリグも参戦できるだろう。オディロンやロドリグって長いな。纏めようかな、一つに。オディリグとかでいいかな?
オディリグが参戦すれば一気にこちらに有利になる。
「サミュエル、火を消すのは後で良い。徒士も戦え!」
「御意!」
ジェローム卿は指揮を執りながら自身も戦っていた。そのジェローム卿の指示通りにサミュエル卿はバケツの水を捨て、剣を抜いた。そのまま、走り出した。
最後のエレファントボアが討伐された。こちらに死者はおらず、重傷者も俺とアシルだけだった。
「ジル卿、リオネル。なぜこうなったか教えてくれ」
俺とリオネル卿はジェローム卿に起きたことを全て話した。
「お主らの話を纏めると雷が落ち、エレファントボアが産まれたというのだな?」
「ああ、そうだ」
サミュエル卿が来た。
「将軍閣下、よろしいですか?」
「どうした?」
「たまごが見つかったのですがもうすぐ孵化すると思われます」
「分かった。すぐ行こう。ジル卿、リオネルも行くぞ」
俺達は返事をしてサミュエル卿の後ろを歩いた。
「将軍閣下をお連れした」
集まっていた兵士が退く。するとたまごのひびが広がっているところであった。
「サミュエル、お主が育てろ。お主が一番、エレファントボアに似ている」
「え?似てますか?」
「冗談だ。とにかく産まれたらお主が育てよ。もちろん必要な物があれば支援はするぞ」
「御意のままに」
たまごが完全に割れた。サミュエル卿はたまごを取った。そして殻を外した。
ちなみにたまごは楕円形で長い方が半メルタ程あるほど大きい。それから生まれるのだからまあ、でかい。大型犬くらいあるのではないか?あまり、大型犬の大きさを知らないが。
「名前もサミュエルがつけてやれ」
「名前ですか…」
サミュエル卿はしばらく悩んだ後こう呼んだ。
「エレボ。お前はエレボだ」
そい言いながらサミュエルはエレボを殻から出した。すると周りで見ていた兵士達が静かに歓声をあげる。
エレボはたまごの方へ行き、殻を食べ始めた。
おーい、オディロン。エレボ…エレファントボアの子供がたまごの殻を食べ始めたのだが良いのか?
───良い。魔物は生まれると真っ先にたまごの殻を食べる。魔物のたまごの殻には栄養がたくさん含まれているから───
なるほど。感謝する。
「サミュエル、ちゃんと育てろよ」
「はい、もちろんです」
「それにしてもエレボか。安直だな。エレファントボアだからだろ?」
「気付かれておりましたか」
ん?エレファントボアだから?あー、そういう事か。エレ(ファント)ボ(ア)になったんだな。
それよりもアシルはどこだ?この事を早く知らせたい。まあ、その内知るからいいか。
あ、そういえば俺の怪我はオディロンが魔術で治してくれた。アシルもロドリグに治してもらっているはずだが…
「ジル殿、あの猪は?」
「ああ、アシル。あの猪はエレファントボアでさっきたまごから産まれた。サミュエル卿が育てるらしい」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫だろ」
───主従の魔術を使えば、従魔は主に危害を加えられない。もっと強い魔術を使えば絶対服従させることも出来る───
教えてやった方が良いか?
───いや、その必要は無い。子供の頃から触れ合えば絆も芽生えるだろう───
そうか。ならばなぜその魔術を教えてくれたのだ?
───最後の手段だ───
なるほど。
という事は暴れだしそうになったらその魔術を使えば良いのか。オディロンは全知全能的な感じだ。
殻を食べ終えたエレボはサミュエル卿に抱っこされた。
「そういえば幕舎が全滅だったな。幕舎が全滅したと伝え、新しいのを持ってこさせろ」
「御意のままに」
マニュエル卿が手紙を書き、鳩を飛ばした。サミュエル卿はまだエレボを可愛がっている。
サミュエル卿が俺の方を向いてこう尋ねた。
「ジル卿、魔物の赤ん坊は何を食べるかわかるか?」
「ちょっと待ってくれ」
───種によるがエレファントボアは一ヶ月目は母親の乳を飲む。そして二ヶ月目は母親が狩って来た獣の肉を潰した物を食べる。六ヶ月目までは母親が狩った獣を食べ、それ以降狩りを覚える───
「一ヶ月目は母乳を二ヶ月目はすり潰した肉、六ヶ月目までは肉をそれ以降狩りを覚えるらしい」
「母乳?牛乳をあげたら良いか?」
───我にも分からぬ。これまで人間に育てられた魔物など聞いたことがない───
「分からない。人間が魔物を育てる事など前代未聞だ」
「では、育てながら記録を作らなければならないな」
「たまにで良ければ手伝おう」
「それはありがたい」
サミュエル卿とも仲が深まりそうだ。よかったよかった。
「話は変わるが今回はなぜサミュエル卿も来たのだ?」
「なぜって?」
「俺はジェローム卿が騎兵一万を率いて来ると聞いていたが歩兵の話は聞いていないから」
「あれ?おかしいな。騎兵一万と歩兵二万だったんだが」
「そうだったのか」
「森の中だと馬で入れない場所もある。そこを我ら歩兵が調査するのだ」
これで謎が解けた。要はアシルの伝達ミスということだ。別に責めはしないが次から気をつけてもらおう。
「エレボはもう寝たのか?」
「腹を撫でるとこうなるらしい。豚がそうだと聞いたことがある」
改めてエレボを見るととても可愛いな。まだ牙も生えておらず豚鼻がツヤツヤしていて可愛い。それに背中の線も可愛い。もう全てが愛おしい。
夜になり、幕舎が届く。牛車に乗せて。
「待っていたぞ」
サミュエル卿は牛の所へ駆けつけ、牛乳をねだっていた。荷物を運ぶ人夫も歩兵団所属なので団長自らの頼みとあらば、とすぐに搾っていた。
バケツに牛乳を入れてもらったサミュエル卿は嬉しそうに牛乳を火にかけた。そして沸騰したら冷まし、人肌程度に冷めたらエレボにあげていた。嬉しそうに。
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