第168話
妖魔導王様が柩の蓋を閉めると、拘束具のようなもので拘束された。
それからしばらく経つと、柔らかい粘土のような感触のものが流れ込んできた。天眼でよく見てみると、超高密度の魔力であった。流れ込んできた魔力は俺の体に触れると、金剛石のように固まってしまったので、呼吸も出来なくなってしまった。
呼吸が止まってしばらくしたが、死にそうにない。もちろん苦しいが、それだけだ。呼吸を止めても大丈夫なら、水中戦もできそうだ。
またしばらくすると、高密度の魔力が柩に吸い取られていった。そして今度は魔素や魔力が薄くなり始めた。終いには空気中の魔素や魔力が完全に無くなり、俺の魔力を吸い始めた。
呼吸が出来なくなるより、こちらの方が苦しい。長く続けば死んでしまうかもしれぬ。
意識を失いそうになった頃、また高密度の魔力が充満してきた。そしてしばらくすると、魔素や魔力が完全に無くなる。どうやら同じ事を繰り返し行なっているようだ。
高密度の魔力の充満と、魔素や魔力の吸引が繰り返される事、約五十回。
今度はタコの足のような触手が出てきて、俺の体を舐め回すように触れられた。
一本の触手が俺の顔に触れ始め、口の中へと入っていった。そのまま体内へ入り、体内を掻き回すように動いた。苦しくなってきたので、触手を噛み切ろうとしたが、魔力を多く含んだ粘液のようなもので防がれた。
触手が俺の体内を掻き回し始めてからかなりの時が経った。体感的には三日間以上経った気がするが、実際は分からぬ。
触手が引いていき、魔力の充満と吸引を三度繰り返すと、棺の蓋が開けられた。
「耐え切ったの。どうじゃ、魔力が増えておろう」
「………食事を…」
「なんじゃ、腹が減ったのか。妾に任せておけ。とっておきを持って来ようぞ」
妖魔導王様はそう言うと部屋から出ていった。せめて拘束を解いてから行って欲しかった。
妖魔導王様が出ていってから半日、妖魔導王様が戻ってきた。
「ジル、待たせたの。ほれ、とっておきじゃ」
「拘束を解いてくれ」
「忘れておったわ。気づいとったなら早う言え」
「すまぬ」
妖魔導王様がそう言って装置を動かすと、拘束が解かれた。
俺は起き上がって柩を出た。三日半もこの中にいたと思うと、変な気分だ。
「ジル、体の調子も早う確かめたい。さっさと食わんか」
「すまぬな。貰おう」
俺は棺に腰掛けて、妖魔導王様から鍋を受け取った。鍋から直接食べるのか。
赤黒いスープで具は肉だけだ。何の肉か分からぬが、魔界にも家畜という存在はいるようだ
「いただきます」
スープを一口飲んだが、あまり美味しくない。これだけお腹が減っていてもこの味なら、普段なら食べられぬだろう。
「ら、ララちゃん、これは何の肉だ?」
「それはオートンとか言う奴の肉じゃ。ジルの部下が狩った悪魔じゃろ?取りに行かせて、妾が直々に煮込んでやった」
「……そうか」
「不服か?」
「そういう訳ではないが…共食いではないか?」
「???」
妖魔導王様が首を傾げた。変な事を言っただろうか。
「同族を食って何が悪い?死した者も埋められたり、焼かれたり、水に沈められたりするよりも、有効活用された方が良かろうて」
「そういうものか?」
「そういうもんじゃ。妾の仮面も父上の骨じゃし、服は母上の髪を編んだものじゃぞ」
「そうか」
魔界は人間の住む世界と違い、地面に建物を建てられぬ。それに争いばかりで、死者が大勢出る。という事は、城内に墓を建てると、墓だらけになってしまうので、城内に墓を建てるわけにもいかず、かと言って魔界の地面に墓を建てても離れていってしまい、墓参りが出来なくなってしまうという訳だ。
魔界はとんでもなく広いので、一度見失えば、再び発見することは大変難しい。なので、死者の体を用いて道具を作り、死者と共に過ごす、という文化が生まれたのかもしれぬ。
「ジル、何を考えているかは知らんが、違うぞ」
「何が違うのだ?」
「魔界では死者は家畜と同じじゃ。肉は食し、魔石は魔導具にし、それ以外は適当なものに作り替える」
「墓が建てられぬからであろう?」
「何を言っておる?死体など魂魄の抜け殻に過ぎん。それを丁重に扱うのは人間の文化だ」
「なるほど」
「人間も家畜には同じ事をするであろう?例えば、牛じゃ。肉は食べるじゃろうし、革は鞄とかに使う。骨も…まあ何かに使っとるじゃろ」
「粉砕して肥料にしているらしい」
「そうじゃろ?それと同じじゃ。それよりさっさと食え。妾が飯を振る舞うなど、グル以外には四人目じゃ」
「それはありがたい。さっさと食べてしまおう」
「どういう意味じゃ?」
「他意はない。早く満腹になりたいだけだ」
「そうじゃと良いが」
口に合わぬなど、何があっても言えぬ。先程、と言っても三日前だが、泣かれて苦労したのだ。何もしておらぬが、横で幼女に泣かれるというのは、罪悪感があった。
妖魔導王様お手製のスープを食べ終えると、満腹になった。これ以上食べられぬ、と思ったのは初めてかもしれぬ。
「ジル、満腹になったじゃろ」
「お陰様でな」
「そうじゃろ。ならその立派な天眼で体を見てみい。妾が改造した体じゃ。首を刎ねられたくらいでは死なんぞ」
妖魔導王様に言われて天眼で体を見てみた。
前までは体の中心、つまり魔石の周辺に魔力が集中していたが、今は体全体に満遍なく行き渡っている。
魔力量もざっと五万倍はある。それも前とは比べ物にならぬほど上質な魔力だ。
「説明してやろうぞ」
「頼む」
妖魔導王様は説明を始めた。リンカが使っていた白い板を持ってきてくれた。魔界で流行っているのか。
まず、俺にかかっていた封印を解いた。すると、魔石が魔力に耐えられずに発熱し始めた。その温度は太陽を超え、俺の体を焼き始めた。
幸い、俺が回復の悪魔であったので、死ぬ事は無かったが、常に魔力を消費し続ける体は不便なので、魔石を砕いた。魔石を砕いで大丈夫なのかと思ったが、普通の者なら死ぬそうだが、俺なら大丈夫だそうだ。
それから俺の体を更にイジり始めた。
まず俺の体を構成する細胞の一つひとつを俺の魔力に馴染ませ、変化させた。細かい手順や理論はもっとあるそうだが、妖魔導王様は感覚派なので説明出来ぬそうだ。
変化した俺の細胞は『ジル細胞』と名付けられた。
なんでも、超上位魔生物と呼ばれる部類に入る生物は存在が特殊すぎて、細胞などに名をつけても意味が無いそうなので、個体名がそのまま使われるそうだ。
超上位魔生物とは、魔石を有する生物の中でも複数の種族の特徴を持ち、他種族の能力を使える個体の事を指すそうだ。つまり、人狼になれたり、人虎になれたり、エルフになれたり、悪魔になれたりする俺は超上位魔生物だそうだ。
ちなみに超上位魔生物以外にとって、他種族の血は毒になるそうだ。妖魔導王様によると、初めて他種族の血を飲ませた者は俺を試そうとしていたらしい。生き残れば長として迎え入れるが、死ねばそれまでの器だ、と。帰ったらフーリエとムグラリスを問い詰めねばならぬな。
それからジル細胞一つひとつに魔石の破片を吸収させた。こうすることで、魔法の発動が楽になり、威力が上がるそうだ。また、魔石がない場合に比べて、魔力も大幅に上がる。
ジル細胞は細胞一つで完全な生物として成り立っているそうだ。脳や胃袋、心臓などの生存に必要な全ての機能が一つの細胞に備わっているそうだ。つまり、魂さえあれば、俺は何万人にも増えられる。まあ分割するので体は小さくなってしまうが。
また、ジル細胞同士の繋がりの強化の為、血が流れている。血が無くなった場所から体が崩れるそうだが、ジル細胞には魔力を血に変換する機能が備わっているので、魔力が無くならぬ限り、失血死は無い。
首を刎ねられても死なぬが、何をされても死なぬ訳では無い。
まず、魔力を全て使い切ってしまえば、死ぬ。
これは、まあ当たり前だ。
次に、体を正確に等分されれば、死ぬ。
腕だけ切り離された場合、ジル細胞が多い胴体側に魂魄が宿る。だが、体を正確に等分され、肉片同士のジル細胞の数が全く同じであれば、魂魄が全ての肉片に宿ろうとして、分裂し、死ぬ。
そもそも魂魄が等分されると死ぬ。少し減るなら大丈夫だが、等分されると死ぬ。これは全生物共通だ。冥府に魂が引き寄せられるらしい。
俺が普段行なっている回復を腕が切られた場合で例える。
腕が切られると、腕に宿っていた魂魄を胴体に宿っている魂魄が回収する。そして新たに腕を生やす。そうすると、自動的に魂魄が生やした腕に宿る。これが俺の回復だそうだ。
なので、体を等分されると、魂魄がお互いを引き合って全て体外に出てしまい、死ぬ。
他にも細かいところを変えたそうだが、それは説明する必要が無いので、気になったら聞け、と言われた。別に気にならぬので聞かなかった。
簡単に纏めると、俺の体はジル細胞で構成されている。魔力が全て無くなるか、体が等分されるか、そのどちらがでないと死なぬ。
まあ実感できる事は、魔力が増えた事と死ににくくなった事だけだ。正確に等分される事など無いし、この量の魔力を使い切る事など無いので、死ぬ可能性は皆無に等しい。
「鍛えたら妾より強くなれるかもしれんな」
「それは無理だ。俺に幼女を攻撃する趣味はない」
「そういう意味ではない。妾が勝てん敵が来た時に妾を守れ、とそう言うておるのだ」
「自分より強い敵を作るでないぞ」
「ま、それもそうじゃの」
「そう言えば、魔力は増えたが、筋力の方はどうなったのだ?」
「気になるかえ?」
「ああ。前より弱くなった事は無いだろうが、どれほど強くなったのだ?」
「そうじゃの…ちゃんと力を込めるなら、妾の城くらいの大きさなら、デコピンで粉々じゃろ。ま、妾の城は防衛機関がちゃんとしておるから、試すでないぞ」
「空間魔法の聖地を…」
「元、じゃぞ」
太陽よりも一回り大きい魔法の聖地をデコピンで粉々にできるのか…使い方を間違えたら自滅しかねぬな。




