第165話
クラウディウスが迷わず進んでいくと、小さな工房に着いた。
クラウディウスは深呼吸をしてから、扉を勢いよく開け放った。
「何じゃ、クラウディウス様か」
中には白髭をたくわえた爺さんが寝転んでいた。床や壁には魔導具がいくつも飾られている。だが、そのほとんどに魔力は感じられず、使えぬようになっている。
「アティソン爺、こちらは我らの新たな主、ジル・デシャン・クロード様だ。爺に一つ頼みがあるそうだ」
「キアラ様の跡継ぎか。で、何じゃ?」
「ジル様の直属の部下になれ」
「嫌じゃ」
「ここでは話せん事がいくつかある。俺の家に来い」
「ジュスティーヌ様は?」
「…おらん」
「侍女は?」
「そのままだ。五千年前から変わっていない」
「よし、行こう」
色々と俺には分からぬ交渉があり、クラウディウスの家に行くことになった。持ち家があるのだな。
アディソン爺と呼ばれた爺さんは魔導具を探し始めた。綺麗に並べてある割に、どこに何があるか覚えていないようだ。
「あったあった。ジル様、と言ったな。これを持て。損はさせん」
「分かった」
アティソン爺に渡されたのは腕輪のようなものだった。一度咥えてから右腕に付けた。
「じゃ、行こう。クラウディウス様、覚えておろうな。ラウラちゃんとアネットちゃん、ローザちゃんにバルバラちゃん。それからテアちゃんにアニカちゃん、あとは…」
「我は覚えておらんが、ラウラが覚えている。アティソン爺の接待班だろ」
「そうじゃそうじゃ」
クラウディウスとアティソン爺が先に行ってしまったので、俺も後を追った。
迷わず進んで集落を抜けると、城とは別の方へ向かった。そちらにはそこそこ大きな屋敷が並んでいる。俺の王都の屋敷の建物を二倍にし、庭を取払ったくらいの広さだ。
クラウディウスはそのうちの一邸の屋根に降り立つと、取り付けてある鐘を鳴らした。
「お帰りなさいませ、旦那様」
音が鳴った数瞬後、侍女が現れた。構えていたのか、普段から動きが早いのかは知らぬが、よく訓練されているようだ。
「うむ。城から通達は来ているか」
「はい。そちらに御座すはヴォクラー神がお認めになり、七近衛の皆様が主と定めた、ジル・デシャン・クロード様でございましょう」
「そうだ。ジル様と我、アティソン爺の三人で話さねばならん事がある。用意せよ」
「はい。ラウラ達は呼びましょうか」
「呼べ。ワシが来た時は全員呼ぶ約束じゃ」
「承知致しました」
最後はアティソン爺が指示を出して終わった。侍女に顔と名前を覚えられるくらいには訪れているようだ。
クラウディウスは屋根を殴って穴を開け、中に入った。出入りする度に屋敷のどこかを壊しているのか。まあ城の出入りの際も城門を爆破させているので、今更驚かぬが。
「こっちだ」
クラウディウスに続いて中に入ると、玄関のようになっていた。どうやら屋根に穴を開けるのが正規の入り方のようだ。
クラウディウスを追って進んで行くと、分厚い鉄扉がある部屋に入った。
「ジル様、そちらに座って待たれよ。アティソン爺もな」
「分かった」
「早うせい」
俺とアティソン爺は向かい合うよに座った。アティソン爺の椅子は十人以上が掛けられるソファになっている。俺の方はクラウディウスと座るのか、二人用だ。
しばらくするとクラウディウスが侍女十名を連れて戻ってきた。侍女は全員、色とりどりの羽衣のような服を着ている。着込むタイプではなく、薄いタイプだ。
その侍女達はアティソン爺の座っているソファに座った。
クラウディウスが鉄扉を閉め、結界を張ってから、こちらに来て座った。中で何が話されようとも、外には漏れぬ、というわけか。
「お待たせした。アティソン爺、それからラウラ達に言っておかねばならん事が…」
「秘密しろ、じゃろ?この部屋に連れ込んだ時点で分かっておるわ」
「ラウラ達もだ。この話が終われば、キアラ様のもとへ送る」
クラウディウスはラウラ達にそう言った。ラウラ達は『キアラのもとへ送る』という言葉を『冥府でキアラに仕える』と解釈したようだ。つまり、話が終われば死ね、と命じられたように思っているのだろう。顔を見ると、全員が驚いている。
「承知致しました」
「暗い話は無しじゃ。さっさと本題を話せ」
「うむ。では話す」
クラウディウスはアティソン爺に語り始めた。
キアラが生きており、俺に仕えている事。俺はヴォクラー神がヒルデルスカーンのサヌスト王国に遣わした使徒である事。その俺が魔導具の専門家を欲している事。
アティソン爺はラウラ達と戯れながら話を聞いた。接待とはそういう意味か。
「今の話を聞いた上で考えてくれ。ジル様の直属の部下にならんか」
「一つ条件がある。ラウラちゃんとアネットちゃん、ローザちゃんにバルバラちゃん。それからテアちゃんにアニカちゃん。シーラちゃんにザビーネちゃん、ギーゼラちゃんにマーレンちゃんも一緒にじゃ」
アティソン爺は一人ひとりの尻を撫でながらそう言った。おそらく名前を呼んだ侍女の尻を撫でたのだろう。
何となくこの爺さんの扱い方が分かってきたような気がする。
「どうせそのつもりだ。キアラ様の生存を知られた時点で、目は離せん」
「決まりじゃ。で、ジル様はわざわざ何をしに魔界に?」
「解呪の為だ。我の血を飲んで回復の悪魔になられたが、厄介な呪いにかかってな。妖魔導王様の妖魔導書を取得しに来たのだ」
「久しぶりディプラスを使っておると思ったら、そんな事か。じゃ、その腕輪は返してもらおう。妖魔導王様に会うのに力を封じておったら、死んでしまうじゃろうからの」
俺は訳も分からず付けていた腕輪を天眼で詳しく見てみた。
普段は全魔力のうち三分の二を封じ、魔力を溜め込む。命の危険を感じた場合、溜め込んだ魔力を解放し、通常時の二十倍の魔力を得られるようだ。
つまり、魔力の貯金という訳だ。普段使える魔力は減るが、いざとなったら心強い。
だが、普段から全力で戦えば、いざと言う時など来ない。この腕輪は俺には必要なかろう。外して置いておこう。
「それはそうと、ディプラスが止まったようじゃぞ」
「分かるのか、アティソン爺」
「ワシを誰じゃと思っておる。さっさと行かんと、妖魔導王様は怒ると怖いからの。遅刻してはならんぞ」
「ジル様、行こう。アティソン爺、しばらくこの部屋とその者らは好きにしていいぞ」
「この者らとは何だ。天女と呼ばんか。ワシが今決めた」
「我とジル様は行ってくる。それと天女達には約束通り、キアラ様のもとへ行ってもらう。他言せず準備しておけ」
クラウディウスはそう言って鉄扉を開けた。俺も出ると、再び閉めた。
部屋の外にセリムとヨルクがいた。待っていたのか。
「ジル様、行きましょう。妖魔導王様からの遣いが来ております」
「分かった」
セリムが飛んだので、俺達も後に続いた。
しばらく飛ぶと、礼服を模した鎧を纏った悪魔がいた。
「妖魔導王アリマーダス様から、妖魔導書取得希望者ジル・デシャン・クロード様を案内するよう指示を受けました。こちらです」
妖魔導王様からの使者はそう言うと、キアラの城を出た。
それにしてもアリマーダス様と言うのか。以前、妖魔導王様の名前を聞いた事があるが、別の名だったような気がする。いや、その名を思い出せぬので記憶違いか。
城を出てしばらく飛ぶと、魔法の聖地の前で止まった。だが、他の聖地と違い、穴がない。いや、魔法の聖地ではなく、城か。他の城とは比べ物にならぬほど大きい。
「大悪魔キアラ嬢の後継者にして妖魔導書取得希望者であらせられる、ジル・デシャン・クロード様ご一行がご到着なさいました!開門願います!」
使者は大きく息を吸ってからそう叫んだ。
すると、表面についている蓋が開いた。他の城はこの蓋のような城門を囮にし、別の城門を設置しているそうだが、この城は蓋を城門にしているようだ。




