第160話
俺はレリアと相談しながら、手紙の返事を書いた。伝えたい事がいくつかあったので全て書くとかなりの量になってしまった。だが、レリアのお父上も二十枚以上送ってきたのだ。別に良かろう。
「そう言えば、妹がいると言っていたな。他にごきょうだいは?」
「あたしの知る限りだと、リアン兄さん二十七歳、リノ兄さん二十五歳、あたし、イリナ十九歳、ジェレミ七歳、イリス七歳の六人だよ。増えてかなかったら、だけどね」
レリアの母上が二十歳でリアン様を産んだとして、今は四十七歳だ。さすがに増えておらぬだろう。
ん?待てよ。そうなるとレリアの母上はジェレミとイリスを四十歳で産んだ事になるな。少々危険な気もするが、良いのだろうか。そもそもイリナが産まれてからジェレミとイリスが産まれるまで時が経ち過ぎている。病気でもしていたのだろうか。
まあ今は良いか。
「職業を聞いても良いか?」
「リアン兄さんはお父さんと一緒に騎士をやってて、リノ兄さんは王都で衛兵をやってて…イリナは王宮で侍女をやってるんだって。ジェレミとイリスはまだ子どもだから家にいると思うよ」
「なるほど。ちなみにそれ以外にご家族は?」
「ちょっと待って。もしかしてあたしに気を遣ってる?」
俺は別に気を遣っておらぬが、『ごきょうだい』や『ご家族』と丁寧に言ったからであろうか。俺はただレリアのご家族に敬意を表しているだけだが、もしかするとそのせいで気を遣っていると思わせてしまったか。
「いや、別に遣っておらぬ。普段通りのつもりだ」
「それならいいんだけど。あたしのお父さんは貴族でも、あたしは貴族じゃないからね」
「いや、レリアは貴族だろう。公爵夫人だ」
「えっ?」
「え?」
まさか自覚がなかったのか?いや、レリアに限ってそんなはずはあるまい。きっと勘違いか聞き間違いだ。
「昨日の話って夢じゃなかったの?」
「昨日の話?」
「ジルが公爵になったって。朝ごはんの時に言ってくれなかったから、夢かと思ってた」
「…すまぬ、忘れていた。俺も酔っていたのかもしれぬ。だが、公爵になったのは本当だ」
「じゃ、じゃあ、ほんとにあたしが公爵夫人…?」
「ああ、そういうことになる。レリアには先に言うべきであったが、つい忘れていた。すまぬ」
「忘れてたのはいいんだけど…お父さん、完全に自分の方が立場が上だと思ってるから、ジルが公爵って知ったら変な事言い出すかも」
確かにレリアのお父上の手紙は上から目線で書かれていたが、俺は別に気にしていない。例え、レリアのお父上が平民であろうと奴隷であろうと、レリアのお父上が俺より立場が上ということに変わりはない。
「レリア、安心してくれ。俺はレリアのご家族が変な人だろうと、レリアを愛するこの気持ちは変わらぬ」
「ジルはそう言ってくれると思ってたよ。あたしもジルの家族が変な人でも、気持ちは変わらないもん」
「それは嬉しい。それで他のご家族は?」
「あ、その話だったね。お父さん、お母さん、お祖父さんがリアン兄さんと一緒に住んでるよ。それから別の所にアラン叔父さん、ローラン叔父さん、クララ伯母さん、ヴェラ叔母さんがいて、ローラン叔父さん以外は結婚してて子供もいるから、もっと多いね。あ、あとジェレミとイリスのお母さんもいるね」
多いな。それにしてもジェレミとイリスはレリアとは異母姉弟であったのか。歳が離れているのも納得できた。
「今回の顔合わせで集まりそうなのは?」
「多分もっと来ると思うよ。今思うと将軍格家だから親戚とかが多いのかも」
「なるほど。全員の好みを聞いて手土産を持っていこうと思ったのだが…」
「あたしもさすがに覚えてないよ。あ、あとね、手土産はいらないんじゃないかな。お父さん、そういうの苦手だから」
「そういうものか」
しかしどうしたものか。あちらは二十名以上が来るというのに、こちらは俺を含めて四人だ。
「レリア、ファビオの許嫁としてユキを、ファビオの義兄弟としてカイを連れて行っても良いか?」
「別にいいけど、何で?」
「いや、さすがに人数差がありすぎる」
「気にしなくていいよ。別に勝負する訳じゃないんだから」
「それもそうか。いや、しかし全員連れて来ていないと思われてしまったら…」
「ねえ、もしかしてお父さんに好かれようとしてる?」
「もちろんそうだ。嫌われてレリアとの結婚が取り消しにされてしまったら、もう立ち直れぬ」
「その時は駆け落ちすればいいんだよ。あたしも大人なんだから、お父さんにどうこう言われる筋合いはないもん」
「いや、それではレリアがご家族と離れ離れになってしまうではないか」
「あたしはいいの。ぶっちゃけ、もうお父さん達とは会うつもりはなかったから。それにジルがいるんだったら、あたしはそれでいいから」
レリアはそう言ってくれるが、俺のせいでレリアがご家族に嫌われてしまうなど、俺が嫌だ。
「レリア、そう言ってくれるのはありがたいが、ご家族は大事にしてくれ。俺とレリアの子に同じ事を言われたら嫌であろう」
「分かった。分かったから、もうこの話は終わりにしようよ。ね?」
「ああ、そうしよう」
俺はそれから手紙の内容の確認をした。
レリアに言われて身分を明かす為、自己紹介の文も書いた。
俺はまだ生後半年だが、さすがにそれは問い詰められるかもしれぬので、レリアと同い歳にした。誕生日は一月の朔だが、その日は貴族のパーティや使徒の任務などで忙しくなるはずなので、八月の二十七日に決めた。レリアの誕生日のちょうど一か月前だ。
そして今は王都旅行計画の練り直しをしていた。食べ歩きが思ったよりも楽しかったので、どうにか予定を調整しているところだ。
「礼服の店を短くするか…」
「ダメだよ。礼服なんて十着も二十着もいらないんだから、ちゃんと選ばなきゃ」
「ならばどこを削る?」
「やっぱりあたしの服屋さんを削っちゃおうよ」
「いや、それはダメだ。レリアに合った服を選ばねば。それに色々と試着しているうちに、新しいレリアに出逢えるかもしれぬ」
「新しいあたし?」
「ああ。今は可愛らしくて美しいが、もっと違ったレリアに出逢えるかもしれぬ。それこそ、想像もつかぬほど新しいレリアに」
「ジっルさーんっ!」
俺とレリアが話し合っていると、扉が勢いよく開いてルチアが駆け込んできた。まずい。ルカが戻ってきておらぬぞ。それにサラもおいてきたようだ。
「戻りましたーっ!」
「ルチア、もう少し体を洗ってもらえ。早すぎる。せめてルカが戻ってからにしてくれ」
「嫌ですよー。あ、ルチアの特等席がちゃんと空いてるっ!やっぱりルチアの為に…いやーすんごく嬉しいなぁ〜」
ルチアはそう言いながら俺に近づいてきて、俺の膝の上に座った。ソファに座っていたので、かなり沈んだ。
「待て、一度退け」
「一回だけですよ」
「ああ」
ルチアが退いたので、俺はレリアを抱き上げて膝の上に乗せようとした。実際は俺の意を察してレリアが膝の上に乗ってくれた。さすがに片腕では無理であった。だが、これでルチアを引き離せる。その上、レリアと密着できる。まさに一挙両得だ。
「レリア、すまぬな。うるさいのを拾ってきてしまって」
「ジルの唯一の失敗だね」
「えーっ!二人とも酷くない?ジルさんはまだしも、奥さんにそんな事言われるくらい奥さんと仲良くなってないですよ!て言うか、何を話してたんですか?」
膝の上には乗らなくなったが、黙る訳では無い。レリアもルチアが傷付きにくいと察して辛口だ。
俺が何を話してもうるさい事に変わりないので、無視した方が良いのか。
「何でも良かろう。レリア、やはり本屋を削るか?」
「ダメだよ。ジルの趣味って言ってたけど、あたしも気になるもん」
「それならダメだな」
「何の話ですかー?」
「じゃあ逆に夜歩くのは?」
「それも良いかもしれぬが、夜は店が減るだろう」
「あ、確かに」
「何の話してるか知らないけど、時間がないなら増やせばいいじゃないですかー?おバカさーん」
良い事を思いついた。これがいわゆる天の声か。
「レリア、良い事を思いついた。別に二泊三日にこだわる必要は無いのだ」
「あ、ルチアの意見パクったー」
「確かにそうだね。四泊五日くらい行っちゃう?」
「行っちゃおう。行っちゃったらいいんですよ」
「行くか。四泊五日で」
「そうしよ。あ、でも予約が…」
「さすがに満員という訳ではなかろうが、アシルに行ってもらうか」
「うん。お願いしてくれる?」
「ああ。任せてくれ」
途中、天の声に助けられたが、二人で決められて良かった。
アシルに念話でお使いを頼み終わるのとほぼ同時に、ファビオ達が戻ってきた。
「あ、ファビエット〜」
「げっ…」
「ジルさんが壊れた〜どうにかして〜」
「アニキ!大丈夫?」
ファビオが駆け寄ってきて心配してくれた。カイとユキはルチアの嘘だと見抜いているのか、呆れた様子で近づいてきている。
「壊れておらぬ」
「壊れてないって」
「ルチアの声が届いてないんだけど。あ、もしかして聞こえてる?もしも〜し」
「聞こえておらぬ。レリア、ファビオ、ユキ、カイ。ルカが戻ってきたら昼食だ。準備して待っていよう」
俺がそう言うと、レリアが立ち上がってしまった。名残惜しいが仕方あるまい。
俺達はいつもの席についた。ちょうどルカも帰ってきた。可愛らしい服を着せてもらったようだ。
「ルカ、適当に座ってくれ」
「…幼女、ここ、決めた」
ルカが座ったのは俺の目の前だ。いつもは誰も座っておらぬ。
「じゃあルチアはここにしまーす」
「…そこはアキの席だ。アキが帰ってきてから揉めても知らぬぞ」
「アキってジルさんのストーカーでしょ?揉めてもいいよ、そんなの」
「…そうか」
ルチアもアキの事を悪く言えるような立場ではないだろうが、面倒なので無視した。
それから料理が運ばれてきて並べられた。
「今日はルカとルチアの歓迎会だ。騒いでも良いし、騒がなくても良い。楽しんで食べれば良い。では食べよう。いただきます」
「「「いただきまーす!」」」
ルチアの歓迎会などやるつもりはなかったが、ルチアがうるさくなりそうなので名を連ねてやった。
それから歓迎会は夕食を越えて夜まで続き、ルチアと子ども達が疲れて眠ってしまったので、レリアと少し片付けを手伝ってから寝た。




