第159話
ルチアはファビオに駆け寄って、いきなり頬擦りを始めた。だが、すぐにユキとカイに引き剥がされた。許嫁として、他の女を近づけたくないのであろうか。それとも本能的にルチアを嫌ったのだろうか。
そのルチアは尻もちを付いたまま、呆然としている。本気で拒否されるとは思っていなかったのだろう。
俺はファビオ達に近づいた。
「ジル、何か凄い人だね」
「ああ。面倒だが、仕方あるまい。野放しにするには少々危険だ」
「ルカちゃんも?」
「まあルカも強いが、危険ではない、と俺は信じる」
「どっちにしても、ジルがいるなら大丈夫だね」
「…ああ」
レリアには見栄を張ったが、ルカには勝てぬかもしれぬ。いや、レリアは何としても守り抜くが、勝てぬな。
「アニキ、あの人何?」
「気にするな。だが注意はせよ」
「ジルさんの知り合いですよね?」
「ああ。コンツェンから亡命してきた」
「姉ちゃんは知ってるんだよな?」
「忘れていなければな」
ファビオやユキ、カイもルチアが気になるようだ。だが、仲良くなる気はせぬだろう。第一印象が最悪だ。
「ジルさん、アシルさんの家はあれですか?」
ルチアが隣に来てアシルの家を指さした。勘違いされては困るので上目遣いを辞めて欲しいが、レリアと比べると指三本分ほど身長が高いような気がするが、俺より低いので仕方あるまい。
「ああ。行くのか?」
「別に用は無いんですけどね。ちょっと挨拶に」
「どういうつもりか知らぬが、俺の許可なく魔法を使うでないぞ。使ったら三ヶ月間、外出を禁じる」
「…どこに閉じ込めるんですか?」
「俺の城かこの家だ。俺は忙しいから部下に見張らせる」
「使いませんよ。ジルさんだって知ってるでしょ?」
「知らぬ」
「知ってるの。じゃ、行ってきまーす」
ルチアはそう言ってアシルの家に向かっていった。面倒事を起こさぬと良いが。
「ファビオ、ユキ、カイ、紹介しよう。俺の妹だ。ルカと言う」
「…よろしく」
「オレ、ファビオ。アニキの弟。よろしく」
「…幼女、お兄ちゃんの、妹」
ファビオとルカは共に俺が兄だ。どちらが兄(姉)か決めておかねばな。まあルカの年齢を聞いてからで良いか。
「私はユキ。ファビオの許嫁だから、義姉妹になるね。よろしく」
「俺はカイ。ユキの双子の兄だからまあ、その、よろしく」
「私が姉だから」
「姉ちゃんに聞いてみたら分かると思うけど、俺が兄だ」
「お姉ちゃんに聞いたら私が姉って言うよ。だって私が姉だから」
ユキとカイが言い争いを始めてしまった。いつもならカイが折れるが、今日は折れぬな。もしかすると、兄である事に誇りを持っているのかもしれぬ。ユキもユキで姉である事が誇りなのだろう。
「アキが帰ってきたら聞けば良かろう。とにかくルカと仲良くしてやってくれ」
「よろしくね、ルカちゃん」
「…よろしく」
「俺もよろしく」
「…うん」
何はともあれ、仲良く出来そうで良かった。
「ジル、今日も王都に泊まっていくの?」
「いや、今日は帰ろう。王都には新鮮味を残しておきたい」
「それもそうだね。じゃあ王都旅行までは王都に来ないようにしようよ」
「そうしよう。そうと決まれば、早く荷物を纏めて帰ろう」
「そうだね」
レリアとの王都旅行の前に王都を知り尽くしてしまえば、楽しみが減ってしまう。どうせ楽しむのであれば、レリアと楽しみたい。
それから俺達は荷物を纏めた。と言っても王都で買った土産だけしか荷物は無いので、すぐに終わった。
「ねえ、ジル。あの人はおいてくの?」
「あの人?」
「ルチアちゃん」
「忘れていた。すぐに迎えに行ってこよう。ルカ、ついて来てくれるか?」
「…ルチア、池、入ってる。魚と、仲良し」
ルカに言われて池の方を見ると、池にルチアが浸かっていた。そして池の魚に服を齧られている。
いつ帰ってきたのかは知らぬが、追い返されたのだろう。アシルがまともにルチアの相手をするとは思えぬ。
「……ちょっと変わってるね」
「…レリアを否定するわけではないが、ちょっとでは無かろう。かなり変わっている」
「…幼女、連れてくる」
「頼んだ」
ルチアの事は全てルカに任せるべきか。いや、それは可哀想か。
ルカはルチアを池から引き揚げて、こちらに連れてきた。慣れているな。
「ジルさん、ルチアってうるさいですか?」
「自分で気付かぬか?」
「ですよね。あ、風邪ひいちゃうんで脱ぎますね。やっぱり見たいですよね?見る?」
「見ぬ。城に帰ってから着替えろ」
「ジルさんの城にはジルさんの弟くんがいるんですよね?帰りましょ、帰りましょ」
「ウルには会わせぬぞ」
「えー、ジルさんのケチ!ケチケチケチ!ケチな人はケチなんだ!ジルさんのケチ!」
「ルカ、あれを」
「…その言葉、ずっと、待ってた」
ルカがルチアに手を翳し、ルチアを黙らせた。やはりルチアと会う時にはルカに同席してもらわねばならぬな。
「とりあえず帰ろう」
「そうだね。ほんとにルチアちゃんが風邪をひいたらダメだし」
「…ああ」
ルチアは一度風邪でもひいて寝込んでくれた方が良いのだが、レリアは優しいのでそんな事言わぬだろう。
俺はレリア達とラポーニヤ城の俺の部屋に転移した。サラとロアナが掃除をしているところであった。
「サラ、この女を風呂に入れてやれ。なぜか池に入っていた」
「承知しました。それでは行きましょう」
ルチアはサラに連れられて出ていった。サヌストはもうかなり暖かいので、濡れているだけでは風邪をひかぬだろうが、本人が風邪をひくと言っているのだ。温まってきてもらおう。
「ロアナ、俺の妹のルカだ。適当な服を見繕ってやってくれ」
「ジル様にご令妹がいたんですか?」
「ああ。この前見つけた」
「ジル様に似て可愛いですね。さ、こちらです。行きましょう」
ルカに可愛いと言うのは分かるが、俺に似て?いや、まさかな。
「…お兄ちゃん、怪しい」
「安心せよ。ロアナは怪しくない」
「…行ってくる」
「ああ」
「行きますよ」
ロアナは嬉しそうにルカの手を引いて行った。子どもが好きなのだろうか。
「ファビオ、カイ、ユキ。一度荷物を置いてくるといい。昼食はここで食べるが、まあ好きにせよ」
「じゃあまた来る」
「私も」
「じゃあ俺も」
「ああ、好きにせよ」
ファビオ達は土産を抱えて部屋を出ていった。
キトリーに念話で昼食の手配をしておいた。直前で悪いが、キトリーは異空間に試作品や練習で作った物が大量に入っているので大丈夫だろう。キトリーの料理は練習だろうが、試作品だろうが美味しい。
色々と終えてやっとレリアと二人きりになれた。
「騒がしくてすまぬな」
「ジルが一緒ならいいよ、別に。でもやっぱり二人の方が落ち着くね」
「ああ。いきなりだが、レリア、肖像画を描かれてくれぬか?」
「ジルも一緒に描いてもらおうよ」
「そうしよう。それで質問なのだが、高名な画家はどこで雇えるのだ?」
「あたしも分かんないけど、誰かに頼んだらいいんじゃない?王都ならそれなりにいそうだけど」
「それもそうか」
確かに俺が手配する必要はないか。ロイクに頼めば詳しいだろう。
「あ、そう言えばジルに手紙が来てたよ」
「誰から?」
「あたしのお父さんから」
「何っ?!どこで読める?」
「これ。はい」
俺はレリアから手紙を受け取って読んだ。
二十枚以上あったが、簡単に纏めると内容は主に二つだ。
まずひとつ目。レリアの実家は武家の名門、将軍格家だそうだ。
将軍格家と言うのは過去に五人以上の将軍を輩出した武家貴族を指す。通常、サヌストの武家貴族は当主の役職によってその家の格が決まる。例えば、当主が将軍であれば将軍家、当主が百騎長であれば百騎長家と。だが、将軍格家は違う。他の武家貴族と違って将軍格家は確立された地位がある。ちなみに公家貴族は歴代当主の努力の積み重ねによって地位が決まる。
レリアはその将軍格家の出身だという。しかも長女だそうだ。
そしてそろそろ現当主であるレリアのお父上が引退なさるそうで、次期当主を決めねばならぬそうだ。それゆえ、長男(レリアの兄上)と長女の夫(俺)が決闘をして、次期当主を決めるそうだ。その決闘を今回の挨拶と同時に行う事にしたらしい。
そしてふたつ目。両家の顔合わせも同時に行いたいそうで、俺の家族を出来る限り連れてきて欲しい、との事であった。こちらはウルを除いた三人(アシル、ファビオ、ルカ)を連れていけば良いか。そうなるとユキとカイも連れていった方が良いか。まあ本人達に聞けば良かろう。
「レリア、なぜ今まで言ってくれなかったのだ?」
「あたしも初耳だよ。まさかあたしが貴族とは思ってもみなかったもん。知ってたら言ってたよ」
「それもそうか。変な事を言ってすまぬ」
「別にいいよ」
それからレリアはレリアの知る実家の事を教えてくれた。
レリアのお父上は騎士として武勲を立て、その褒美として村を三つ任された。
そのうちのひとつアズナヴール村の村長の家にレリアは妹と共に預けられた。アズナヴール村は古い村で古い考えの者が多かった。
それゆえ、オッドアイであるレリアは村長や村人から忌み子として嫌われた。だが、身の回りの世話をする使用人はレリアのお父上が派遣した者なので特に不便は無かったそうだ。
それでも居心地は悪かったそうで、二十歳になった頃、村を出た。
「なんかごめんね。隠してたみたいで」
「いや、謝ることはない。それよりもその村長と村人と少し話がしたいな。なぜレリアの魅力が分からぬ。こんな美人で性格も完璧で非の打ち所がないレリアを、オッドアイと言うだけで嫌ったのだ」
「でもそのお陰でジルと出逢えたんだから、今では感謝してるよ」
「…そうか。いや、しかし…」
「オッドアイが非の打ち所だったんだよ。村長達にとっては」
「そうか。それもレリアの魅力のひとつだと思うが…」
「価値観の違いだよ。あたしはジルが理解してくれていたら、充分だから、ね?そんなに怒らないで」
「…すまぬ」
いつの間にか、怒る寸前までいってしまった。レリアが止めてくれなければ、場所も分からぬアズナヴール村を目指して旅立つところであった。
 




