第155話
レリア達が戻ってくるまでの間、アキの荷物確認に付き合わされた。
料理道具が多かった。ご飯が不味ければやる気も無くなるからであろうか。詳しくは聞かなかったが、アキも料理に拘るタイプなのだろう。
「お待たせー」
レリア達が戻ってきた。四人とも外行きの服を着ている。
「では行こう」
「待て。何で行くのだ?魔法か?馬か?徒歩か?」
「あたしは魔法がいい。一回でいいから転移?してみたいな」
レリアはそう言うが、レリアは転移は初めてではなかろう。俺の記憶が正しければ五回は転移している。まあ別に指摘などはしないが。
「ならばそうしよう」
「ちょっと待って。無計画で行くの?」
ユキがアキの服を引っ張りながらそう言った。全員に注意事項でも言っておくべきか。
「ユキ、無計画ではあるが、おぬしを信じているのだ。俺とレリアが予約に行っている間、アキとカイとファビオが暴走せぬように見張っていてくれ」
「私が?お姉ちゃんじゃなくて?」
「アキは一度腐った桃の果汁を売りつけられているからな。だからユキが暴走せぬように見張っていてくれ」
「わかった。もしもの時はジルさんに連絡するね」
「ああ、そうしてくれ。それから、ファビオ。人前で狼化するでないぞ。まだ魔族の存在は公表されておらぬ」
「オレだってそんな事わかってるよ」
「ただの確認だ。それから、カイ。アキの為にも宝石屋と香水屋が並んでいる所には近づくな。腐った桃の果汁を売りつけられるぞ」
「ああ、近づかない。俺は姉ちゃんの匂いは好きだけど、あの匂いは嫌いだから」
「よし。それから、アキ。無駄遣いはするな」
「おい、ワタシが子供みたいに言うな。無駄遣いなどするものか」
「それもそうか。では行こう」
「あたしは?」
「レリアへの注意事項など思いつかぬ。それにレリアは俺と一緒にいるであろう?」
「それもそっか」
「では行こう」
俺は皆に触れて王都の屋敷に転移した。王宮や知らぬ場所に転移するより良かろう。いや、俺の家なので気を遣う必要などないか。
「すげーっ!アニキ、行っていい?」
「ああ。アキとユキの言う事はちゃんと聞け。アキ、また後で適当に合流しよう」
「どこで?」
「念話があるだろう。その時に決めればよかろう」
「それもそうか。ユキ、カイ、ファビオ。まずは金を貰いに行くぞ。ワタシの分も主殿の屋敷に届く事になっている。さすがにもう来てるだろ」
アキはそう言って俺の屋敷に入っていった。ちなみにアキの褒美は金貨五万枚であった。アシルも同額である。
「ジル、王都に屋敷なんてあったの?」
「いや、昨日の夜貰ったばかりだ。九邸とも徹夜で確認した」
「九邸?!てことは、すごくない?え、だって、え?九邸?」
「ああ。前の宰相とその取り巻きの屋敷だったそうだが、前の家主は田舎に逃げ帰ったらしい。それを貰った」
「…なんかよく分かんないけど、もうジルの家なんだよね?」
「ああ。だが、九邸も使わぬので部下に配る。俺はこの屋敷だけで充分だ」
俺は前宰相が住んでいた屋敷を貰った。残りは部下に配る。まあ誰にどれを与えるかなどは、アシルと相談せねばならぬが。
「ねえ、もしかして褒美って屋敷だけじゃないよね?」
「ああ。諸々合わせて金貨四十万枚だ。それから開かずの扉をアキがこじ開けたら、色々と出てきた。金貨七十万枚分の宝石類に金貨十万枚と銀貨三十万枚があった。それも屋敷に含まれているそうなので、貰った」
「え、ちょっと待って。頭がおかしくなりそう。金貨は十万枚?四十万枚?七十万枚?」
「合わせて金貨五十万枚だ。宝石類を換金すれば、金貨七十万枚になるそうだ」
「ジル。ちょっと計算していい?」
「構わぬが」
レリアが上を向いて考え込み始めた。何の計算かは分からぬが、どれだけ長い時間でも見ていられるので良かろう。
「ジル、あたし以外にも奥さん迎える予定ってある?」
「いや、全く無い。レリアがいてくれるだけで充分だ」
「でもあたしだけじゃ、一万人も産めないよ?」
「?」
「一万人が充分に育つくらいにはあるでしょ?」
「いや、使い切る必要は無い。レリアや俺が使いたい時に使えば良いのだ」
「それもそっか」
レリアは使い切る方法を考えていたのか。余程の豪遊や無駄遣いでもせぬ限り無理だろうな。だが、レリアにそんな選択肢はあるまい。
「俺も持ち歩く分を貰ってくる」
「あたしもちょっとだけ貰っていくね」
「俺のものはレリアのものだ。遠慮はいらぬぞ」
「じゃ、あたしのものはジルのものだね」
「ああ」
「でもちょっとでいいの。あんまり持ち歩いても、重いだけだから」
「それもそうか」
レリアは魔法が使えぬ。つまり、荷物を入れておく異空間が無いということだ。何百枚もの硬貨を持ち歩くのは重かろう。
俺は屋敷にいた侍女に話して、金貨一万枚が入った袋と銀貨一万枚が入った袋を持って来させた。レリアには金貨と銀貨を十枚ずつ渡しておいた。
「ではホテル・ド・エスプリットに行こう」
「予約できるといいね」
俺とレリアは屋敷を出て、ホテル・ド・エスプリットに向かった。ジュスト殿からの手紙には簡単な地図も描いてあったので、場所は分かる。
ホテル・ド・エスプリットは貴族街の端にあるようだ。これなら庶民も入れぬ事はないだろう。
貴族街を二人で進んで行くと、『ホテル・ド・エスプリット』とお洒落な字体で書かれた看板が見えてきた。
さらに進むと、建物自体も見えてきた。白くて小綺麗な建物だ。
「ここか」
「大きいね」
レリアの言う通り、大きかった。広さだけで言えば、俺の屋敷の敷地よりも広い。それで三階建てだ。
「ちょっと緊張するね」
「安心せよ。何かあってもどうにかする」
「じゃ、大丈夫だね。ジルにもどうにか出来ないことなんて無いでしょ?」
「今のところはな。まあ大丈夫だろう」
俺とレリアはゆっくりホテル・ド・エスプリットに入った。
建物内に入ると、正面に受付があった。レリアの言う通り、王宮を模しているのか、受付の者は礼服を着ている。俺はその者に近づいた。
「予約をしたい。二人で二泊だ」
「…いつ頃でしょうか?」
レリアの顔を見ると、いつでもいい、と訴えているような気がした。
「六月の十五日までならいつでも良い」
「では、十二日から十四日でどうでしょうか?」
レリアを見ると頷いていた。
「それで頼む」
「では当日、こちらをお持ちください」
受付の者はそう言って一枚の札を俺に差し出した。俺はそれを受け取って、懐に入れる振りをして異空間にしまった。
「で、いくらだ?」
「おひとり様一泊金貨五枚です。それからご予約の場合、前金として一割を先にいただきます。今回お支払い頂くのは、金貨二枚です。」
思っていたよりも安いな。いや、金貨五十万枚を一気に手にしたせいで、価値観が狂い始めているな。まあ狂ったところで、それだけ武勲を立てて報酬を頂けば良いだけだ。
「これで良いな?」
俺はそう言って金貨二枚を受付の机に置いた。
「ありがとうございます」
「ではな」
俺はそう言ってレリアとホテル・ド・エスプリットを出た。
「大丈夫だったろう?」
「そうだね。あ、アキ達と合流する?」
「いや、もう少しゆっくりしよう。思い出を三十個作るにはまだかかるだろう」
「そうだったね。じゃあどうする?」
「レリアはお昼ご飯は食べたのか?」
「まだだよ。ジルは?」
「俺もだ。どこかで適当に食べるか」
「そうだね。あ、食べ歩きはどう?いろんなお店のを食べれるよ」
「そうしよう」
俺とレリアは屋台が並ぶ場所に向かった。ガイドブックに書いてあったのを二人とも覚えていた。
屋台が見えてきた。色んな種類があるようだ。肉や魚、野菜に果物。飲み物も色々とあるようだ。
「全て買ってみるか」
「それじゃあ、日が暮れちゃうよ。美味しそうな所だけ行ってみよう」
「そうしよう」
俺達は美味しそうな所だけ買う事にした。だが、屋台で売っているのを見ると、ほとんどが美味しそうに見えるので、ほとんどを買うことになった。まあ昼過ぎまでには買い終えたので良かった。
食事を終えた俺達は、演劇を見に行った。大雑把に纏めると、ある国の姫が亡国の王子と駆け落ちをするという話だった。レリアが楽しそうなので良かった。
その次はアキ達と合流(鉢合わせ)して曲馬団を見に行った。曲芸や獅子の火の輪くぐりなどがあって面白かった。
その後、すっかり暗くなってしまったので、適当な酒場に入って二階を貸し切った。アキやカイ、ファビオが多少は暴れても大丈夫なように、だ。
予想通り、アキが酔ってカイと一緒に暴れだしたので、正解であった。ファビオはユキに良い所を見せようと、色々と頑張っている。
俺はそんな四人を見ながらレリアとゆっくり酒を飲んでいた。




