第152話
会議と食事が終わった後、ヴァーノンに呼び出された。アシルやアキ、エヴラールも共に呼ばれた。
どうやら陛下からの贈り物があるらしいが、陛下はもう休まれるそうなので、ヴァーノンが代わりに案内するらしい。まあ深夜なので陛下が休まれるのは当然だ。
ヴァーノンは俺達を呼んでおいて、かなり待たせている。遅いな。
「遅れてしまいまして、申し訳ございません。早速ですが、ご案内いたしましょう」
「ヴァーノン卿、どちらへ?」
「それは着いてからのお楽しみ、という事になっておりますので。さあ、どうぞ」
ヴァーノンはそう言うと歩き出した。どこへ行くのだろうか。
しばらくヴァーノンについて行くと、王都の貴族街に来た。別に庶民と貴族で住む場所を分けている訳では無いが、王宮で仕事をする貴族が高値で王宮近くの土地と屋敷を買っている為、庶民には手が出せぬ。そして庶民も用がない場所にわざわざ行かぬので、庶民はおらぬ。
「こちらの屋敷でございます」
ヴァーノンがそう言って指したのは、そこそこ大きな屋敷であった。
「この屋敷がどうした?」
「この屋敷を含め、この辺りの屋敷九邸を下賜なさるそうです」
「陛下が?」
「はい。『公爵たるもの、王都に屋敷くらい構えるものだ』と言付かっております。今回、下賜される屋敷は私の前任から没収したものと、取り巻きが王家に返上したものです」
なるほどな。前宰相は自暴自棄になって王宮に火を放ってそのまま焼け死んだと聞いている。その蛮行を見た取り巻きは自分の領地にでも帰ったのだろう。
「なるほど。この九邸から好きに選んで良いとのことだな?」
「いや、全てジル卿のものだ」
俺の背後で声がした。振り向くと陛下がいた。陛下の目の前だと断りにくいな。九邸もいらぬぞ。
「陛下、お休みになられたのでは?」
「ジル卿の驚いた顔が見たくてな。それで屋敷の事だが、ジル卿の好きにしてくれて構わない。部下に与えるもよし、全て取り壊して新たに建てるもよし。好きにしてくれ」
「ありがたいのですが、九邸も頂いても、使用人が足りませぬ」
「皆、使用人は置いて行った。いや、特に優秀な者は連れ帰っただろうが、ほとんど残っている。維持くらいはできるだろう」
「そうでしたか…ではありがたく頂戴いたします」
「うむ」
「では、私は一通り見てから帰りますので、陛下はどうぞお休み下さい」
「そうさせてもらおう」
陛下は王宮に向けて帰って行った。王都とは言え、護衛もつけておらぬのか。
「あちらの屋敷に使用人を全て集めておりますので、一度訪ねてください。私は少々やる事がありますので、失礼致します」
ヴァーノンも帰って行った。待たせておいてさっさと帰るのか。まあ良いか。ヴァーノンも正式に宰相になったそうなので、忙しいのかもしれぬ。
「おいっ、早く行くぞ。ワタシは主殿の隣の部屋だな。来い来い」
アキがそう言いながら、ヴァーノンに言われた一番大きい屋敷に入っていった。俺達も後に続いた。
屋敷の門をくぐると、そこそこ広い庭があった。乗馬の練習くらいは出来そうな広さだ。まあ花壇や植木、池などがあるので乗馬の練習には向かぬだろうが。
「使徒様とそのご一行であらせられますか?」
門から屋敷までの道を歩いていると、屋敷から人がでてきた。アキが騒ぐので、中からでも分かったのだろう。
「ああ。俺が使徒だ」
「私は使徒様の屋敷の管理を仰せつかりましたロイクと申します。九邸の使用人約五百名、全て集結しております」
「そうか。その五百人はそれぞれの屋敷へ帰せ」
「はっ」
「それと案内人を一人寄越せ。一通り見てから帰る」
「承りました」
ロイクはすぐに屋敷に戻って行った。大変だな。
「おいっ!主殿っ!早く来いっ!」
一足先に屋敷に入ったアキがはしゃいでいるな。
「アシル、エヴラール。案内人が来たら屋敷の説明を受けてくれ。俺は子守りをせねばならぬ」
「ああ、それでいい。絶対に目を離すな」
「誰が子供だっ!行くぞっ」
戻ってきたアキがアシルの頭を叩いて、俺の手を引いて屋敷に入っていった。そこら中に絵画や壺などの装飾品が飾ってある。絵画に描かれているのは誰かは知らぬが、現実を切り取ったかと思うほど上手な絵だ。
「おい、なんで他の女をジロジロ見ている」
「いや、この絵を描いた画家にレリアの絵を描いて貰って交換でもしようかと思ってな」
「馬鹿か。高名な画家ってのはだいたい死んでいる。そんなことよりワタシと主殿の部屋を見に行くぞ」
「いや、俺はレリアと一緒の部屋に…」
「三人で寝るか?」
「いや、レリアと寝る」
「まあいい。とりあえず部屋を見るぞ。どうせ王都に住むわけじゃないから、どっちでもいい」
確かにアキの言う通りだ。俺は前王が用意した街を貰えるのであった。統治などはルイス殿下やアズラ殿下に任せるが、俺もその街に領主として住むのだ。なので王都の屋敷は王都に滞在する間のみ泊まる。
「アキ、この部屋は何だ?」
二階に上がってしばらく進むと鉄の扉があった。鍵がかかっているらしく、開かぬ。
「金庫だな。ワタシが開けてやろう」
金庫か。まあ前宰相も馬鹿ではない。遺産は遺族に届くようにしているだろう。いや、屋敷と共に王家が回収しているか。
まあ金庫ならば、適当に金を預けておけば良いか。ロイクが管理するだろう。
「よし。開いたぞ」
考え事をしている間にアキが鉄の扉のすぐ横の壁に穴を開けていた。壁は鉄では無いのか。不用心だな。
「おい、金と宝がそのまま残っているぞ」
「何?」
アキの言う通り、金庫の中には色々と入っていた。
皮袋に収められた金貨や銀貨。翡翠や紅玉、真珠など宝石類。そしてそれらを使ったアクセサリー。数こそ少ないものの、かなりの価値があるだろう。
「これも『屋敷』に含まれているのか?」
「これを見ろ、これ」
「何だ?」
「紅玉髄だ。ワタシのお気に入りだ。こっちには猫眼石もあるぞ」
アキが宝石箱を持ってきてそう言った。
「いや、宝石など名を聞いてもわからぬ」
「主殿、これが欲しい。箱ごと買い取る。いくらだ?」
「いや、俺は宝石の価値など分からぬ。一度アシルに聞いてみよう」
「なぜアイツの名前が出てくる?」
「いや、案内人に聞くだけだ」
アシル、少し確認したい事がある。
───何だ?───
二階の鉄の扉の先に金庫があった。アキが壁を破壊して中を確認したのだが、色々出てきた。貰っても良いのか?
───少し待ってくれ………………そっちに向かう───
分かった。
「こちらに来るそうだ」
「それまで他のも探そう」
アキが部屋の奥に入っていった。まあ勝手に持ち帰ったりはせぬだろう。
「あっ!青玉だ。カイにあげよう。あーっ!月長石もある。こっちはユキだな。おーい!主殿、ちょっと来い!」
「何だ?」
アキは宝石を見て興奮しているようだ。こんなにアキが宝石好きだとは思わなかったが、まあアキにも趣味くらいあるか。
アキの近くに行くと、宝石箱が増えていた。一つだけを抱えていたが、三つに増えている。
「全部欲しい。支払いはこの前の貸しで」
「いや、そもそもそれが誰の物か分からぬ」
「兄上!来たぞ」
「アシルか」
アシルが穴からこちらを覗いている。
「案内人はどこだ?」
「ここにおります。アンヌと申します。侍女としてお仕えしますので、以後お見知りおきを」
アンヌとやらが穴から顔を覗かせた。若い女であった。
「この金庫は何だ?」
「この屋敷は侯爵家のお屋敷でございました」
アンヌによると前宰相は侯爵家の出身で、家族を領地に残して一人で王都に来ていたという。そして王宮で焼け死んだ。
その数代前の当主が、何らかの事業を成功させて大金を手に入れた。何の事業かは記録が残っていないそうだが、とにかく大金を手に入れた。
その当主は質素な暮らしをしていたそうだが、死後そのバカ息子が豪遊をしたらしい。一時期、そのバカ息子が『宝石に埋もれたい!』と言ったそうで、宝石を買い漁った。結局、埋もれる程は集まらなかったそうだが、宝石は集まった。
それからバカ息子も歳をとり、遺産目当てで近付いてくる者も増えた。
バカ息子は金庫を作らせて、そこに金貨や宝石などをしまい込んだ。そして金庫の鍵をどこかに隠し、『後継者にだけ教える』と言った。結局、後継者を定めることなく死んだので鍵がどこにあるかは分からぬままとなってしまった。
という事らしい。まあバカな奴だな、としか思わぬ。
「で、結局これは誰の物なのだ?陛下にお返しするべきか?俺が貰っても良いのか?」
「もし財宝などが見つかった場合、使徒様の物になります。これは他の屋敷から見つかった財宝も同じです」
「そうか」
「ということは、ワタシが貰ってもいいのだな?」
アキが目を輝かせながら、そう言った。嬉しそうだな。
「ああ。これで貸し借りは無しだ」
「やった!いやー、名君に仕えられてよかった」
「良かったな」
「ああ。主殿と姫は夫婦揃って気前がいい!いやーホントに良かった」
「レリアに何か貰ったのか?」
「王都のガイドブックのお釣りを貰った」
「なるほど」
「それで宝石屋に寄ったら、隣の香水屋に変な香水を売りつけられて、結局ほとんど無くなったがな」
「…それで妙な匂いがしたのか」
謎が解けた。アキの妙な匂いは変な香水をつけていたからだ。まあ対戦象部隊戦跡地から帰ってきてからは、匂わなかったが。
「何の匂いか分かったか?」
「いや、分からぬ」
「桃の匂いだ。桃の果汁を搾ってそのまま瓶に詰めただけらしいぞ。しかも三年前に作ったとか言いやがった。主殿も変な奴に気をつけろよ」
「ああ」
レリアと王都に来る時は、宝石屋と香水屋が並んだ所には行かぬようにしよう。




