第147話
キアラがどこかに行ってからしばらくして、扉の外が騒がしくなった。動くのも面倒なので扉が開くまで待つか。
「待てっ!許可はもらえる!」
「ジルさんに聞いてみなきゃ分かんないでしょっ!」
「わああ!バカ!」
扉が開いてアキとファビオ、カイ、ユキがなだれ込んできた。そしてユキが持っていた木箱から、俺の斬られた左腕と謎の液体がこぼれ出た。
「あ、アニキ」
「ほんとにやられてる…」
「ジルさん!」
アキは何も言わずに立ち上がってどこかに行った。何をしに来たのであろうか。
「ファビオ、カイ、ユキ。人の腕で遊ぶな。適当に燃やしておけ」
「それはダメだっ!」
アキが戻ってきてそう言った。すぐ近くで待っていたのか。
「これはワタシのだ。燃やしたら怒るぞ」
アキはそう言って腕を拾って帰って行った。ファビオとカイはアキについて行った。
「ねえ、あの腕ってお姉ちゃんの?」
ユキが俺の隣に座ってそう言った。アキに左腕がついているのが見えぬのだろうか。
「いや、俺の左腕だ。見てみよ。斬られてしまった」
「あげたの?」
「処分しておくように言ったはずだが…いや、分からぬな。何か言っていたが、適当に返事をした」
「そういうところがダメなんだよ」
前を向いていたユキが俺の方を向いたので、俺もユキの方を向いた。何と言うか、空気が変わったような気がする。
「厳しいな」
「みんな、ジルさんに甘いからね」
「そうでも無かろう」
「じゃあ最後に怒られたのっていつ?」
「俺は怒られるような事はせぬぞ」
「してるよ?まず自分をもっと大事にしなきゃダメ。それからいきなり予定変えるのもダメ。それと真面目な顔して冗談言うのもダメ。あとは…」
いつの間にか、ユキの説教が始まってしまった。まあ今日くらいは良いか。
ユキの話を聞いていると、俺の欠点というか、ダメなところというか、皆に甘えているところをいくつか挙げられた。
先に挙げられた三つ。お世辞に気付かないところ。自惚れて怪我をするところ。書類仕事をしないところ。面倒な事は人に押し付けるところ。
そしてレリアへの気持ちを言葉ではなく、態度で示しすぎているところ。もっと言葉で伝えるべきだ、と言われた。
ユキも途中から楽しくなってきたのか、俺に正座をさせて説教を聞かせた。
「だいたい自惚れてなかったら、今日も怪我してないはずでしょ?お姉ちゃんは別の人の相手をしてたって言ってたけど、他にも魔法使いはいっぱいいるじゃん。もっと他の人を信じてあげた方がいいと思うよ」
「いや、他の魔法使いは別の任務を…」
「言い訳しないで。お姉ちゃんの鎧も穴が空いてたよ。自分が無理するのもダメだけど、人に無理させるのはもっとダメだよ」
「すまぬ」
「今回は何も無かったから良かったけど…」
「主殿!これはワタシが貰っていいんだよな?」
ユキの話の途中でアキ達が入ってきた。まだ俺の左腕の事で揉めているらしい。
「あっ!ユキ!主殿に何をしてるのだ!主殿は怪我人だぞ!」
「二人の秘密だから。お姉ちゃんにも言わない」
ユキは俺の方を向いて、アキ達に見えぬようにウインクをした。言うな、という事であろう。
「そういう事だ」
「ちょうど良かった。みんな集まってる。もうご飯だよ」
レリアがアメリーとロアナを連れて戻ってきた。ようやく夜ご飯のようだ。
俺はすぐに立ち上がって食卓に着いた。
アメリーとロアナが準備をする間に、皆も席に着いた。俺の左腕は無造作にソファに置かれている。あれだけ所有権をめぐって争っていたくせに、扱いは雑だな。
「今日からジルの左腕の代わりはあたしがするから、何かあったら言ってね」
「すまぬな」
「ジルは悪くないんだから、謝らないで。冷めないうちに食べよ」
「ああ」
「はい、あーん」
レリアは料理を俺の口まで運んでくれた。利き腕は無事なので自分で食べれるが、たまには悪くない。いや、ずっとこうしてもらいたいくらいだ。
その後もレリアに食べさせてもらって今日の夕食を終えた。ちなみに今日の夕食は、全てレリアとキトリーの合作だったらしい。
「主殿、今日はゆっくり休めよ」
アキが子供達を連れて部屋を出ていった。ちゃんと俺の左腕を持って行っていた。
「ジル、今日は背中流してあげるね」
「嬉しいが…なぜ急に?」
「アキが言ってたんだけど、お風呂に入ると疲れがとれるんだって。ヤマトワの言い伝えらしいけど、別に間違っていてもいいでしょ?」
「ああ。そんな事は間違っていても良い。すぐに行こう」
俺はすぐに準備を整えて風呂場に行った。
風呂場に着くと、既にお湯などの準備が出来ており、いつでも入れるようになっていた。
「ジルは先に入ってて」
「待つぞ」
「大丈夫。先に入ってて」
「分かった」
俺は服を脱いで、浴室に入った。前の戦以来だな。
「お待ちしておりました」
そこには薄着のサラがいた。サラが準備をしてくれたのか。
「サラ、下がって良いぞ」
「いえ、下がりません。ユキ様から聞いていませんか?」
「いや、説教をされただけだ」
「…そうですか。実はユキ様からジル様にマッサージをするよう、言い付かっております。姫様の許可も頂いております」
「…そうか」
俺はとりあえず湯船に浸かった。
気持ちいいな。お風呂に入ると疲れがとれるというのは、間違っておらぬのかもしれぬな。
「ジル〜、お待たせ〜」
レリアが入ってきた。レリアもサラと同じ服を着ている。
「背中流すから、出てきて」
「ああ」
俺は湯船から出て、レリアが用意してくれた椅子に座った。
「滲みたら言ってね」
レリアはそう言いながら俺の背中をお湯をかけた。そして俺の体を洗い始めた。
「どう?」
「最高だ。最高に気持ち良い」
「良かった。びっくりした?」
「何がだ?」
「サラがいたこと。言ってなかったでしょ?」
「それも驚いたが、ユキが手配した事に驚いた」
「ジルが帰ってきたらどうやって癒してあげようか、みんなで考えてたんだ。マッサージはユキの案だよ」
皆で考えてくれていたのか。俺は恵まれているな。
「俺はレリアが傍にいてくれるだけで、癒されるぞ」
「ほんと?あたしも一緒だよ」
「それは嬉しい。話は変わるが、落ち着いたら二人で出掛けぬか?」
「いいよ。どこに行く?」
「俺は王都で買い物がしたい。レリアはどこか行きたい所はないか?」
「あたしは王都で食べ歩きがしたいかな。ガイドブックみたいなの持ってなかった?」
ガイドブックか。俺が持っている本はステヴナンで買った物か、ジャビラの物だ。
「……ステヴナンで買ったような気もする」
「それに書いてあったんだ。王都は食べ歩きがおすすめだって」
「楽しみにしておこう」
「ジルは何買うの?」
「礼服をいくつかな。普段着でレリアのご両親に会う訳にはいかぬだろう」
「あたしの親に会うのは礼服なのに、陛下と会う時は普段着なの?逆じゃない?」
「確かにそうかもしれぬな」
「だよね。あ、流すよ」
レリアはそう言って、俺の頭にお湯をかけた。
「はい、終わり」
「ありがとう。体が楽になったような気がする」
「良かった。じゃ、入ろっか」
「ああ」
レリアは着ていた服を脱いで、湯船に浸かった。俺もすぐに浸かった。
すぐに脱ぐのであれば最初から脱いでいれば良かったのでは、と思ったが、まあ雰囲気的なものだろう。
「そろそろマッサージを」
「では頼む」
俺はサラが用意した台にうつ伏せに乗った。
サラがマッサージを始めてくれた。これもこれで気持ちいいな。
「ジル、気持ちいい?」
「ああ。かなり効きそうだ」
「あたしもお願いしようかな?」
「アメリーを呼びましょうか?」
「そうしてくれる?」
「承知しました」
サラがアメリーを呼びに出ていった。
「じゃ、あたしが代わりに」
レリアがサラの代わりにマッサージを始めてくれた。
レリアのマッサージも気持ちいいが、サラの方が効きそうだ。何か特別な技術があるのかもしれぬな。
「お待たせしました」
サラがアメリーとロアナを連れて戻ってきた。なぜロアナも連れてきたのだろうか。
再びサラのマッサージが始まった。
「ジル様、私も来ちゃいました」
「そうか」
ロアナに話しかけられた。最低限の返事しかせぬのは、喋らぬほうが効きそうだからだ。
それからしばらくして、マッサージが終わった。足を念入りにしていたが、ユキに正座させられていたのでちょうど良かった。
そして部屋に帰ると、俺もレリアもすぐに眠くなったのでベッドに入った。マッサージの効果かもしれぬな。




