第144話
しばらくすると、ヘザーの攻撃が止んだ。ルチアによると、ヘザーの魔法は時間がかかるらしいので、今のうちに話せるだけ話すか。
「おぬしがヘザーか?」
「あら、あたくしの名前をどこで?」
「ルチアから聞いた。あちらの三人は全て無力化し、魔法使い二人と俺の従魔が監視している。大人しく降伏せよ」
「そんな体で言っても説得力が無いわね。どうせ逃げ帰ってきたんでしょ?」
ヘザーは俺の体を見てそう言った。左腕を切り落とされ、片目を切られていれば、逃げ帰ったと思われても仕方あるまい。
「では正直に言おう。アルドは自滅した。ルチアとロベルトは首まで地面に埋めた。だが、ロベルトは『第十七号』で未だに抵抗している」
「あら、そう?リヒャルド、聞こえてる?」
「聞こえているぞ、ヘザー」
ヘザーの問いかけに、リヒャルドが輿から顔を出して答えた。
「で、どうするの?」
「ここまで来て帰らんぞ。サヌストの王子、いや、王の首は目の前だ。あんな死に損ないなどさっさと殺してしまえ」
「死に損ないで悪かったな。白象が死んでも知らぬぞ」
俺はそう言って白象に乗っている象使いに向けて短剣を投げつけた。象使いは短剣を躱そうとして身をかがめたが、躱しきれず、腕に命中した。
「この役立たずめ!」
「ひぃぃぃっ」
リヒャルドは鞭を取り出して象使いを叩き始めた。どうやら躱そうとしてしたくせに、当たってしまった事を怒っているらしい。
「死に損ない!このシュトゥブニック七世をそこらの白象と同じにするな!シュトゥブニック七世は三百年以上前、リフォンリリ神が我がコンツェン王家に授けてくださった神象の末裔であるぞ!白象とは格が違う!」
どうやらこの白象は特別らしい。シュトゥブニック『七世』ということは、七代目なのか?まあリフォンリリ神とかいう神から授かったそうなので、ただの七代目という訳ではなかろう。
「関係あるまい。俺が貴様をそこから引きずり出してやろう」
「ヘザー、死に損ないを殺してしまえ!」
「任せなさい」
ヘザーは俺とリヒャルドが話している間に、魔法の準備を整えていたようだ。
紫色の球が八つ、俺に向けて射出された。ルノーから、女の魔法使いが放った球に触れた者は骨となって死んだと聞いている。ルチアがその魔法使いであれば、俺に向けて撃っているはずだ。つまり、ルノーが言っていた球とはこれの事か。
「触れてはならぬ、か」
俺は風魔法に魔力を乗せて、紫色の球をヘザー達の方へ飛ばし返した。ただの風魔法ではなく、魔力を乗せた風魔法だったので、魔力の消費が大きい。
「ヘザー!防げぇ!」
「あんなの無理よ!」
ヘザーはそう言って飛び降りた。ついでにリヒャルドの首根っこを掴んで引きずって行った。
ヘザーの紫色の球はシュトゥブニック七世に命中し、象使いを骨にし、輿を破壊したが、シュトゥブニック七世には効いておらぬようだ。魔法が効かぬのか。
「奴を射落とせ!」
いつの間にか白馬に乗り換えたリヒャルドが指示を出している。俺には雑兵の矢など効かぬので無視で良かろう。
ヘザーの姿が見えぬな。天眼で探しても見つからぬ。
「コンツェンの王弟を捕らえよ!突撃!」
陛下が騎兵隊に突撃の合図を出した。ならば、俺はヘザー探しに専念できるな。
天眼に魔力を込めて、対象範囲を広げてみると、アシルやアキ達の所にヘザーの反応があった。
俺はすぐにそこに転移した。
「ヘザー!」
ヘザーの反応がある方を見ると、全裸の幼女がヘザーの首を刎ねているところであった。その幼女の手からは光る鞭のようなものが見えた。おそらく魔力で半実体化させた武器だろう。
「主殿!」
ヨドークを肩に乗せたアキが俺の方に駆け寄ってきた。
「アキ、何があった?」
「すまん。ロベルトとかいう奴が死んだ」
「何?」
「あのチビに殺された」
アキはそう言いながらヘザーを殺した幼女を指さした。既に光る鞭を持っておらぬ。
この幼女が第十七号とかいう魔法の結果か。未知の魔法だ。
俺はその事を聞こうと思ってルチアを埋めた方を見たが、掘り起こされていて、見当たらぬ。
「ルチアはどこに?」
「アシルがどっかに連れて行った。訳も話さずに連れ出して行ったから、ワタシもどこに行ったかは知らん」
「すぐに分かる」
俺は天眼を使ってアシルを探した。
意外とすぐに見つかった。
俺はある岩の前まで行き、全力で殴った。
「覚悟!」
岩に入ったひびから剣が突き出された。危うく刺されるところであった。
「いや、俺だ」
「…兄上」
岩の中からアシルとロドリグ、ルチアとその腕を咥えたオディロンが出てきた。どうやら、創造魔法で岩を創ってその中に隠れていたらしい。
「ルチア、あの幼女は何だ?」
「あれが第十七号の魔法。ヘザーさんが選んだ器と魂が死体を吸収して強くなるって言ったよね?」
「ならば、なぜロベルトとヘザーを殺した?」
「え、ヘザーさんって死んだの?」
「ああ。幼女に殺された」
「そうなんだ…やっと…やっと解放された!やった!」
仲間が死んで喜んでいるのか。解放された、と言っているが、まあ後で聞くか。
「で、なぜ二人を殺した?」
「なんかヘザーが失敗したみたい。ロベルトも支配できなかったみたいだし」
「そうか。誰にも止められぬのか?」
「ルチアに聞かれても分かんないんですけど。やるだけやってみたら?」
「それもそうか」
今は大人しくしているようだが、いつ暴れ出すか分からぬ。アシルが退却と判断した相手だ。一般兵では止められぬだろう。
まあ殺さねばならぬ訳でもない。ルチアのようにすぐに降伏するかもしれぬ。
「アキ、行くぞ」
「ワタシが?」
「嫌なら良いが?」
「ワタシに任せておけ。さあ行くぞ」
アキが薙刀を構えて走って行った。
「待て。話が通じるようであれば、それに越したことはない」
「そうだな。なら主殿が先に行け」
「だからそう言っているだろう」
俺は人間の姿に戻り、幼女の方に歩み寄った。
幼女は動かずに俺の事をじっと見ている。ここで剣を抜けば、すぐに光の鞭で殺されるかもしれぬな。今の俺ではあの速さには対応できまい。機嫌を損ねぬようにしなければ。
「俺はジル・デシャン・クロードだ。おぬしの名は何と言う?」
「…名前、無い」
名前が無いのか。魔法で生まれたのであれば仕方ないのか?
「…そうか。では何と呼べば良い?」
「…好きに、呼んでいい」
「そうか。では幼女と呼ばせてもらうぞ。幼女よ、まずはこれでも羽織れ」
「…うん」
全裸の幼女と話していた、などという噂が広がると嫌なので、マントを外して幼女に渡した。
「では聞くぞ。幼女はなぜあの二人を殺した?」
「…幼女、あいつら嫌い。だから、殺した」
「なぜ嫌った?」
「…ルチア、分かる」
ルチアの方を振り返ってみたが、首を振っている。もしかしたら聞こえておらぬだけかもしれぬが、まあ良いか。
「分からぬそうだ」
「…幼女、分からない。でも、嫌い」
「…そうか。俺は嫌いか?」
「…嫌いじゃない。好きでもない」
「ならば、俺を殺さぬか?」
「…嫌いじゃない、から、殺さない」
「それは良かった。ではついて来てくれるか?」
「…抱っこ、して」
幼女はそう言いながら、両手を俺の方に差し出してきた。魔法で生まれたのであれば、動くのに魔力が必要なのかもしれぬ。そして、誕生に魔力を消費し、その直後に二人との戦闘があっては疲れているのかもしれぬ。
「血がついても良いのか?」
「…大丈夫。抱っこ、して」
「分かった」
俺は右腕で幼女を抱き上げ、アキの方へ歩き出した。両手が無いと、不便だな。今襲われたらひとたまりもない。
「それは降伏というのか?」
「知らぬ」
「…お兄、ちゃん?」
幼女がいきなりそう言った。俺に妹がいるなど聞いた事がないが…まあアシルにも聞いてみるか。
「お前は主殿の妹か?」
「…分からない。けど、安心する匂い」
「懐かれたな」
幼女は俺の体に顔をスリスリしている。アキの言う通り、懐かれてしまったな。
「アキ、もう終わりで良いのだな?」
「ワタシ達の勝ちだ」
「そうだ。では、俺の左腕とコンツェンの魔法使いの亡骸を持ってこい。アシル達にも協力してもらえ」
「任せておけ」
アキはオディロンとロドリグに指示を出して、コンツェンの魔法使いの死体を集めさせた。アキ自身は俺の左腕を拾いに行った。
「ジルさーん!」
ルチアが俺を呼んでいる。アシルから俺の名を聞いたのか。それにしても、嬉しそうに呼んでいるな。
俺は幼女を落とさぬようにゆっくりルチアの方に向かった。
「何だ?」
「ルチア、コンツェンからサヌストに亡命する事にしました!ジルさん、ルチアの面倒見てくださいね!」
「…亡命?」
面倒なことになるな。まあ幼女と共に面倒を見てやるか。それに二年後のコンツェン攻めの際、道案内でもさせれば良い。
「兄上、いいのか?」
「まあ何とかなるであろう」
「やったー!じゃあ、ルチアはもうサヌスト人なんで、よろしくお願いしまーす」
「…うるさい。ルチア、黙る」
幼女がルチアに手を翳すと、ルチアが黙った。いや、喋ろうとはしているが、口を開けぬようだ。
「幼女、しばらくそのままにしておいてくれ」
「…うん」
「おい、名は無いのか?」
アシルがいきなりそんな事を聞いた。名前が無いので、幼女と呼んでいるのに、察せぬのか。
「…幼女、名前、無い」
「兄上、名前をつけてやれ」
「考えておこう」
まあ適当に考えておけば良かろう。思いつかなければ、レリアを頼れば良い。
「主殿!集めてきたぞ」
アキが俺の左腕を抱き抱えてこちらに走ってきた。オディロンとロドリグが三人の死体を背負っている。
「では帰るか」
「本陣に転移しろ。さすがにもう休むぞ」
「そうしよう」
俺はアシルの提案で、サヌスト軍の本陣に転移した。




