第140話
俺達は最後にコンツェン軍を見たという場所に向かい、そこから足跡を辿っている。
途中に村らしきものがあったが、人や家畜の姿はなかった。家畜は食料にされ、人はコンツェン軍に殺されたか、奴隷にされたか、そのどちらかであろう。生きている者がいれば、助けねば。
「使徒様、コンツェンの軍旗がございます」
「何?」
近付いてみると、コンツェンの軍旗だけでなく、サヌストの軍旗もある。大将軍と南の将軍の軍旗だ。つまり、アルフレッドの部下のスヴェインが言っていた事は本当だったということか。
「戦った跡はありますが、死体がありませんな」
確かに死体が無い。サヌスト兵の死体も、コンツェン兵の死体も無い。
「奇術で消されたのかもしれません」
「魔法か。俺はそのような魔法は知らぬが、あるのかもしれぬ」
「それにしても援軍が来ていたとは…」
「一昨日の朝、王都の近くの城を出発した。途中でアルフレッド一派と出会い、この辺りに転移し、そのまま戦闘となったそうだ」
「王太子殿下と、ですか?」
「ああ。逃げられてしまってな。理由は知らぬが、今はダークエルフ、つまり魔王軍の残党を率いている」
「魔王軍…魔王が復活するということですか?」
「いや、まだ分からぬ。だが、俺はアンドレアス王を信じる。まあ分からぬ事を話しても仕方あるまい。行くぞ」
少々話が逸れ、時間を無駄に消費してしまったので、速度を上げた。
それにしても援軍が来ていたことは知らぬのか。それもそうか。一昨日に出発し、その日の内に行方不明となっている。それでは伝わらぬな。
援軍が行方不明となったのは、一昨日だ。つまり、戦闘があったとすれば、一昨日という事だ。コンツェン軍はそれほど遠くに行っておらぬはずだ。
「使徒様、あそこに」
「ああ。陛下に連絡する」
やっとコンツェン軍を見つけた。今は移動中のようなので、ギリギリ目視できるくらいの距離を保って後を追う。
そして俺はアシルに念話を送らねば。
アシル、見つけたぞ。ここだ。
───数は?───
少し待て。
「数はどれくらいだ?」
「確認して参ります」
「頼んだ」
二騎が離れていった。両側から確認し、それぞれの意見を聞く為だ。片側からは少なく見えても、もう片側から見れば多く見える事もある。
しばらくすると、一騎が戻ってきた。
「どうであった?」
「歩兵が九千、騎兵が千、戦象が四百と言った所でしょうか。リヒャルドが乗っていると思われる白象は騎兵隊に守られておりました」
「そうか」
もうしばらくすると、もう一騎も帰ってきた。
「どうであった?」
「は。歩兵が一万、騎兵が千五百、戦象が四百五十です。白象は中央で騎兵隊に守られておりました」
「そうか。分かった」
二人の話を聞く限り、歩兵が九千から一万、騎兵が千から千五百、戦象が四百から四百五十、リヒャルドは中央で騎兵隊に守られている。さすがに魔法使いは見つけられなかったようだが、まあ炙り出せば良いだけだ。
アシル、言うぞ。歩兵が九千から一万、騎兵が千から千五百、戦象が四百から四百五十。そしてリヒャルドは中央にいる。
───分かった。…………デトレフが一万騎を連れてそちらに向かう。兄上は合流次第、作戦室に戻れ。斥候の四人はそちらに残し、デトレフの案内だ。詳しくは帰ってから話す───
分かった。ではな。
───ああ。気をつけろ───
返事をしようと思ったが、まあ良いか。後はこの四騎に説明してやるか。
「デトレフ卿が一万騎を引き連れてくる。俺はその時になったら帰るが、おぬしらは残ってデトレフ卿を案内して差し上げろ」
「御意」
「それとな、話を聞く限り、コンツェン軍の魔法使いの魔法は密集していると危ない。誘き出すとしても密集はするな、とデトレフ卿に伝えよ」
「は」
俺達はそれからもコンツェン軍を追った。
途中で戦闘があったが、この辺りで有名な盗賊団らしいので、象に踏まれていたが見捨てた。商人ばかり襲っていた盗賊団らしく、軍隊相手に戦ったことがない。同じ数十倍でも、商人相手と正規の軍隊相手では全く違う。奴らは相手の戦力を見誤り、負けたのだ。
日も暮れかけた頃、デトレフ達が来た。さすがに一万騎もいれば、全速力で走る訳にもいかぬ。足音で気付かれ、戦闘になれば勝ち目はない。
「使徒様、お待たせ致しました」
「いや、そうでも無い。では後のことは頼んだぞ」
「お任せを」
「ではな」
俺はそれだけ言ってナヴァル城に戻った。すぐに終わると思って、食事の用意をしていなかったので、昼食を食べていない。あの四人が気遣って分けようとしてくれたが、断った。さすがに人の分を奪う訳にはいかぬ。
「主殿、戻ったか。デトレフと合流できたんだな?」
作戦を練った部屋に戻ったが、アキしかいなかった。アキは机の上の布を眺めている。布の下には何かがあるようだが、何かは分からぬ。
「ああ。それよりもアキ、夜ご飯は食べたか?」
「まだだぞ。主殿もまだだろうから待っていた。それと、サプライズだ。姫から差し入れだ」
「本当か?」
アキが机の上の布を勢いよくどけると、箱があった。
「弁当だ。姫が『昼ご飯に間に合わなかったから、あたしとユキとキトリーで作ったってジルに言っといて』と言っていた。主殿の所に姫を送ろうかと思ったが、危ないからやめておいた」
レリアが作ってくれたのか。嬉しいな。いや、本当に嬉しい。
「そうか。礼を言っておかねばな。それよりも、レリアが来たのか?」
「いや、色々あってワタシに連絡が来て、アシルが取りに行った。その時に魔力を吸い取られた」
「そうか。では俺はこれを食べよう。おぬしはどうする?」
「ワタシの分もだ。五段になっているだろ。上四段が主殿で、下一段がワタシだ」
「そうか。すぐに食べよう」
俺はレリアが作ってくれた弁当を開け、すぐに食べ始めた。この弁当はアキの私物なのか、下手くそなヤマトワ語でアキと書いてある。ヤマトワの物か。確かヤマトワでは年が明けると、この弁当箱に料理を入れるらしい。まあそんな事はどうでも良いか。
一口食べてみると、冷めていた。まあ冷めてしまってはいるが、それでも充分美味しい。
空腹は最高の調味料と言うが、俺はレリアの愛が最高の調味料だ。
もしかすると、兵糧をそれぞれの愛妻弁当にすれば、とてつもないほど士気が上がるかもしれぬな。少なくとも、俺は上がる。
「そんな訳ないだろ」
「え?」
「考え事か何か知らんが、全て口に出ていたぞ。『空腹は最高の調味料と言うが、俺はレリアの愛が最高の調味料だ』とか『兵糧を愛妻弁当にすれば、とてつもないほど士気が上がるかもしれぬな』とか」
アキは俺の真似をしながら、そう言った。そうか、口に出ていたか。
「真似をするな」
「似ていたか?」
「知らぬが、真似をするな」
「分かった分かった。だが、全員が全員、妻との仲が良好な訳でもないし、独り身の奴もいるぞ」
「そんな事を俺に言うな。本気な訳なかろう」
「目は本気だったけどな」
「黙って食え」
俺はそれからアキを無視しながら、夜ご飯を食べた。
食べ終わって落ち着いてから、気付いたが、誰も来ぬな。アシルやエヴラールくらいは訪ねてきても良いと思うが。
「アキ、アシルはどうした?」
「出発したぞ。ワタシ達も行くぞ」
「先に言え。気づかなければ、レリアの所に言っていたところだ」
「ワタシも忘れていたのだ。ユキは意外と料理が上手いみたいだぞ」
「そんな事は移動中に言え。さあ早く行くぞ」
「ああ。こっちだ」
アキが駆け出したので、アキの弁当箱を回収して後を追った。
城門を出た。日も暮れて、暗くなっていた。
どうやら本当に野戦でコンツェン軍を叩き潰すらしい。まあコンツェン軍には、城壁に穴を開けられる者や象を城門に突撃させられる者がいるらしいので、城壁は盾にはならぬのか。
しばらく駆けると、野営地が見えてきた。
野営地に到着したのですぐに陛下のもとへ案内してもらった。
「陛下、ただいま到着しました」
「うむ。ジル卿、何かコンツェン軍に変わりはなかったか?」
「変わり、ですか?」
「数が変だったり、隊列が乱れていたり、なんでもいい」
「そうですな…」
変わりと言っても特になかったような気がするが…いや、あるか。
「陛下が派遣なさった二十万の援軍とコンツェン軍が戦った痕跡があったのですが、死体がありませんでした。それと、途中でいくつか村が滅びていましたが、そこにも死体はありませんでした。それと、食糧輸送の部隊が見当たりませんでした」
「死体が無い、か。奴隷にされたという事だろうか」
「分かりませぬが、そうであって欲しいものです。殺されていては救えるものも救えませんから」
「そう…だな。ジル卿、今日はゆっくり休んでくれ。明日か明後日には、決着をつける」
「ではこれで失礼します」
「うむ」
俺は与えられた幕舎に案内してもらった。誰もおらぬはずだが、エヴラールが見張りをしていた。
「エヴラール」
「ジル様、お待ちしておりました」
「ああ。おぬしもたまには休め」
「充分に休みを頂いております」
「そうか」
俺はそう言って幕舎の中に入った。すると、アキも入ってきた。
「俺はもう寝る。おぬしの相手はできぬぞ。帰れ」
「馬鹿か。ワタシも同じ幕舎だ。さあ寝るなら寝るぞ」
アキと同じ幕舎であったか。まあ寝るだけだ。別に良いか。
「では、おやすみ」
「主殿もな」
俺はそれだけ言って床に就いた。




