第13話
片付けが終わり、俺達の帰りを待っていたカール班と捕虜をアシルが連れて来た。
捕虜のステファヌがこの獣を見ると青ざめた。
「カール班を連れて来たぞ。もう準備が完了しているらしいからもうあそこに寄らなくて良い」
「ああ、分かった。ところでステファヌ、体調でも悪いのか?」
ステファヌは俺の呼び掛けにも応じない。それを見てステファヌの縄を持つフィデールが頭を叩いた。
「おい!何すんだ!」
「俺の質問に答えてもらおう。この獣に心当たりがあるだろ?」
「え、いや、その、お、俺達は知らない」
「『俺達』?何か知っているな、これは。エジット殿下に報告しなければ」
俺はステファヌを問い詰めるのを諦めた。こういうのは苦手なのだ。
「ご主人様、これは『エレファントボア』という魔物です。私も知識として知っているだけで実物を見たのは初めてです。確か図鑑には魔王が討伐されてからは現れていないという事でしたが…」
「魔物?オディロン、何か教えてくれ」
───我も気が付かなかったが改めて見ると魔物だ。エレファントボアは自然発生する魔物では無い。魔術によって生まれる魔物だ───
「そうか。持って帰れるか?」
「では、ドリュケール城にカミーユに行ってもらい、荷車を持ってきて貰いましょう」
「ああ、そうしよう。カミーユ、頼んだぞ」
カミーユを呼び、頼んだ。引き受けてくれるだろう。
「は!」
迷わず引き受け、カミーユは最小限の荷物を持ってドリュケール城へと向かって行った。
「なあ、アシル。カミーユはいつ頃戻ると思う?」
「城に着いてカルヴィンを探して報告し、荷車を用意しておいてここに戻る。それに荷車があるから迂回する必要もある。どれだけ急いでも半日はかかるであろう。帰り道を含めると夜になってしまうだろうな」
「そうか。じゃあ、久しぶりの馬上飯だな」
「かもしれんな」
馬上飯とは読んで字の如く、馬上で食べるご飯の事だ。俺らは肉刺し棒を千本程用意する。それを入れるための箱も特注で作って貰った。事前の準備が欠かせないが時間はたっぷりある。まだ挨拶は『おはよう』の時間だ。
「カール、俺らが今から何か狩ってくるからご飯の準備を。カミーユが連れてくる者達のために多めに作ってやれ。余ったら俺が食べるから。ということで俺らは狩りに行くぞ」
「いや、俺は行かない。この死んだエレファントボアを狙って獣が来たら危ないから俺とロドリグは残ることにした」
「そうか。じゃあ、フィデール、行こう」
アシルはダメなのか。フィデールと二人きりなんて久しぶりだな。
「承知しました」
「じゃあ、あとは頼んだぞ。では、フィデール、行こう!」
「は!」
俺はオディロンに獲物を探してもらいながら何か話題を探す。カール班の時はいつもカミーユと行動していたのでなんか気まずい。どうしよう。
あ!そういえば、良い話題を思いついた。確か図書館に行った時、護衛として侍従武官がついてきたんだがその時、フィデールは他の侍従武官とは違い、本に興味を示していた。
「おい、フィデール。明日、街に行ったら本屋を探すのを手伝ってくれないか?」
「本屋ですか?」
「ああ。特別任務料を出そう。それで本を買えば良い。どうだ?一緒に探してくれるか?」
「私で良ければお供します」
「本に興味があるんだろう?」
「少しですが」
「それなら俺達には共通の趣味が見つかったな」
「ご主人様は呪術教本を買って三日で読まなくなったではありませんか」
「いや、あれは内容が少し怖かったんだよ。例えば『蠱毒』っていうの知ってるか?」
「いえ、存じ上げません」
「蠱毒っていうのはな…」
───盛り上がっているところ悪いが獲物を見つけた。我が案内しよう───
「獲物を見つけたらしい。蠱毒の話はまた今度させてくれ。オディロンについて行くぞ」
「承知しました」
共通の趣味が見つかったし、話も楽しかったし、距離も縮まったような気がする。
俺達は静かに進んで行くと獣がいた。フィデールの息を飲む音が聞こえた。
───また、魔物だ。あれも自然発生するタイプではない───
何?どんどん雲行きが怪しくなってきたな。
───ステファヌという男が何か知っていそうだったが。まあ、そのことは後で考えよう───
まずは狩りだな。
今回の獣、いや、魔物は大きい狼みたいだ。だが、毛が紫で紫色の煙が奴の体からうっすらと出ている。
───作戦は?───
俺が目を二つとも潰す。そしたらオディロンがトドメを刺してくれ。
───承知した。エレファントボアと同じだな───
俺はオディロンに頷いておき、フィデールに少し待て、と手で合図を送る。この合図は俺の従者全員に通じる。
俺は矢を二本つがえ、両目に狙いを定めて放った。放たれた矢はまるで両目に吸い寄せられるように命中した。
魔物が俺に気づき、俺の方へ走ってくる。念の為に弓をしまい、剣を抜いた。
魔物が俺に噛み付く、なんてことはなくオディロンが首筋に噛み付いた。その瞬間、魔物がこちらを睨み、紫色の煙を凝縮し、俺に向けて撃ってきた。
───ジル様!!───
俺は咄嗟に剣でそれを斬る。が、しかし勢いがついて反対側に飛んで行った。それが木に当たると爆発した。え?爆発したぞ!
「ご主人様、ご無事ですか?」
「あ、ああ。何とか」
「良かった。ところで先程の獣は?」
───魔石を残して消えた。この魔物はスモーキングウルフという。スモーキングウルフは死ぬと魔石を残して消える───
「あれだ。魔石を残して消えたらしい」
「そうでしたか」
オディロンが魔石を調べている。匂いを嗅いだり、天眼を使ったりして。
───ジル様、この魔石から僅かにあのステファヌの魔力を感じる。奴が発生させたのかもしれん───
───ジル様、ご無事か?───
ん?ロドリグか。俺は無事だ。だが獲物が消えた。
───念話でなくても良い。後ろを見てくれ───
ロドリグの言う通りに後ろを振り向くと、ロドリグがいた。
「来てくれたのか」
───うむ。爆発が起こったのを見てあっちはアシル様に任せて駆けつけた。その必要はなかったようだが───
「ああ。わざわざすまんな。この魔石をアシルの所へ持って行って、アシルや従者達に状況を説明してくれ」
───承知した───
俺はロドリグに魔石を渡し、見送った。
「じゃあ、狩りの続きをしよう」
───魔物を見つけたらどうする?───
「討伐しよう」
───承知した───
また俺達は移動し始めた。さっきの話の続きをしよう。
「フィデール、確か蠱毒の話だったよな」
「はい、ぜひ聞かせてください」
「蠱毒とは百の毒虫を一つの壺に入れ、共食いをさせる。そして最後まで残った毒虫の毒を用いて人を呪うというものだ」
「あの、毒とはなんでしょうか?」
「あー、そうか。毒とはな、体に悪い物だ。強い毒だと死んだりする。で、毒虫というのは毒を持った虫のことだ」
「毒はどのように使うのでしょうか」
「そうだな…例えば食事に入れたり、鏃に塗って敵を狙ったり、まあ、体内に入りさえすれば良い。中には触るだけでも効果を発揮する物もあるが」
「で、では、もし毒を食べてしまったら助かる術はないのですか?」
「解毒剤という物を使えば治るが中にはないものもある。助かるかどうかは解毒剤次第だ」
「そうでしたか。では、解毒剤という物を用意しておけば安心なのですね?」
「ああ、そうだ。それで蠱毒の話の続きを話していいか?」
「あ、失礼しました。続きを聞かせてください」
「人を呪うと言っても様々だ。毒殺したり、幸福を祈ったりな」
「幸福を祈ったりするのも呪いなんですか?」
「ああ。願い事の事を人は良い事を祈りと呼び、悪い事を呪いという。これは俺の解釈だが」
───盛り上がっているところ悪いが、獲物がいた。群れでいるからこいつらを狩れば終わるだろう───
おう、そうしよう。
「さあ、狩りの時間だ」
俺達は群れに向けて走り出した。
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