第131話
アシルの案内に従い、王宮内の医務室に来た。
そこらの町医者など比べ物にならぬほど、薬などの治療に使うであろう物があった。さすが王家直属の侍医だ。俺の侍医とは大違いだ。テクは食事療法や回復魔法に頼っている。もちろん傷などの手当には包帯なども使うが、物は少ない。
今は侍医の部下が陛下を呼びに行っている。さすがにアキもアシルのことが心配なようで、アシルが持っていた杖でアシルをつついて調子を確かめている。アシルはその杖を振り払う体力すらないのか、無視している。
害は無いだろうが、鬱陶しいであろう。止めてやるか。
「やめておけ」
「主殿、コイツは眠らせておいた方がいいぞ。死にかけている」
「アシルはこれくらいでは死なぬぞ。だが、休憩くらいさせてやれ」
「兄上、気付くまで言うつもりはなかったが、もう限界だ。回復魔法を使ってくれ。俺は魔力が残り僅かで使えない」
「む。忘れていた」
アシルに言われるまで回復魔法の存在を忘れていた。自分に使えぬというのもあるが、アシルが試さぬ訳が無いと無意識のうちに思っていたのかもしれぬな。
俺は全力で回復魔法をかけてやった。包帯を巻いているせいで見た目では分からぬが、ほぼ完治したようだ。良かった。
「兄上、感謝する」
「いや、礼には及ばぬ」
「最初からジル卿に頼めば良かったな」
陛下が到着したようだ。俺に頼めば良かったと言っているが、侍医に任せたのは俺だ。まあ言う必要は無いか。
「お任せ下さい。魔力には上限がありますので、十名程度に限定させて頂きますが、その十名の命は保証しますぞ」
「ならサガモアに伝えて来い」
「は」
陛下を呼びに行った者が、奥の部屋へ戻って行った。おそらくだが、侍医はジェローム卿に付きっきりなのだろう。
サガモアと言うのは侍医の事であろう。まあそのうち分かるか。
「まずは陛下から失礼します」
「私は大丈夫だ。皆が庇ってくれたおかげで無傷だ」
「そうでしたか。ご無事で何よりです」
「うむ」
陛下との会話が一段落したところで、先程の者が戻ってきた。
「使徒様、サガモア様より伝言がございます。『治療を頼めるのであれば、お願いしたい。だが、今はジェローム卿らを動かすと命に関わる。それゆえ、こちらに来て頂きたい』との事です」
「分かった」
俺は侍医の部下の案内に従って奥の部屋へ向かった。やはりサガモアと言うのは侍医の事であろう。
奥の部屋を訪れると、ジェローム卿がベッドで寝ていた。他の怪我人は王宮警備隊の医務室に運ばれたそうだ。そちらでも充分な治療が出来るが、こちらに運んだ方が確実に早く治るらしく、要人はこちらに運ばれる。
「早速だが、失礼するぞ」
俺は侍医の言葉を待たずにジェローム卿に回復魔法をかけた。こちらも完治した。今は眠っているが、起こしても問題ないだろう。まあジェローム卿はゆっくり休んでもらった方が良いので起こさぬが。
「終わった。あとはゆっくり休ませてやろう」
「さすが使徒様ですな。私など足下にすら及びません」
「そもそも比べることが間違っている。俺は魔法で治したが、おぬしは薬やら包帯やらで治そうとした。それは俺には出来ぬ。ではジェローム卿を頼んだぞ」
俺はそれだけ言い残して部屋を出た。俺は治療をしに来たのではなく、陛下に報告しに来たのである。
「陛下、ジェローム卿は治しました。ご安心を」
「礼を言う」
「それで私から一つ報告がございます。エヴラール」
エヴラールが四枚の招待状を陛下に差し出した。俺の分は俺が持っている。
「アルフレッドの置き土産です」
「…場所を移そう。私の部屋なら盗み聞きされる心配はない」
俺達は医務室を出て陛下の私室に向かった。アシルによると、清潔感のある散らかり方をした部屋だそうだ。まあ私室など少し散らかっているくらいが、居心地が良い。俺の場合は皆が集まるので、すぐに片付けられる。
「あれから帰ってないから汚いとは思うが、我慢してもらいたい」
陛下がそう言いながら、私室の扉を開けると、中は綺麗であった。いや、物が一つもない。散らかっていると言うのは嘘か?
「あれ?私の物が無い!」
陛下が部屋の中に駆け込み、物を探している。勝手に捨てられたのか。犯人は十中八九ギュスターヴだろう。
「そこの侍女」
「は、はい!」
俺は通りかかった侍女を呼び止めて、事情を聞いた。
「その、現王陛下はどうせ勝てないだろうから、と私物を処分するように前王様が指示を出されたので…その、申し訳ございませんでした」
「いや、おぬしのせいではあるまい。全てギュスターヴのせいだ」
「ですが…」
「良い。呼び止めて悪かったな」
「いえ、あの、では、失礼します」
「ああ、それとな」
「な、何でしょうか?」
「遅刻したら俺の名を出せ。知っているであろう?」
「ありがとうございます。では、失礼します、使徒様」
「ああ」
「やけに優しいな。浮気か?姫に言いつけてやるぞ」
「浮気などするはず無かろう」
俺があの侍女に優しくしたのには理由がある。
見た目や喋り方などは違ったが、雰囲気がレリアに似ていたのだ。王都にはレリアに似た雰囲気の者が何人かいるようだが、その者達全てに優しく接しようと決めていたのだ。
もしかすると、レリアの家族かもしれぬのでな。まあ感覚的なものなので説明出来ぬが。
そんな事は今はどうでも良い。陛下に伝えねば。
「陛下、侍女に聞きました。ギュスターヴめの嫌がらせです」
「装飾品などはどうでも良かったが…フェリシアからの手紙が隠してあったのだ。一度関わった者を全て呼び出して問い質すか」
「罪に問うてはなりませぬぞ」
「それは…そうだな。よし、切り替えよう」
扉を閉め、改めて報告を行った。
アルフレッドの死体を探していると、魔法人形を見つけたこと。その魔法人形に招待状を渡されたこと。その魔法人形が暴走し、破壊したこと。
全て包み隠さずに話した。
「僭王、か」
「アルフレッドはそう申しておりましたが、陛下こそヴォクラー神がお認めになったサヌスト国王でございます」
「そう言ってくれるとありがたい。では、ジェロームとデトレフとヴァーノンを呼んでくれ」
「アシル、エヴラール」
俺は二人にジェローム卿らを呼びに行かせた。この二人であれば問題無かろう。アキなどと違って礼儀を弁えている。
「陛下、一つお聞きしても?」
「何だ?」
「先程、フェリシアからの手紙、と仰いましたが、フェリシアとは誰でしょう?」
「昔の事だが、世話になったのだ」
陛下の話によると、フェリシアと言うの陛下がドリュケール城で過ごしていた頃、陛下に仕えていた侍女らしい。
地方貴族が奴隷に手を出し、生まれた子がフェリシアだと言う。正妻に嫌われ、母娘揃って家を追い出された為、母娘でドリュケール城で働いていたそうだ。
そしてある日偶然、陛下と出会い仲良くなった。同年代との事なので気が合ったのだろう。その為、陛下の侍女となったらしい。
その後、陛下が王宮で暮らすようになっても手紙のやり取りをする程の仲だそうだ。その手紙で、フェリシアの母が病気でフェリシアが侍女を辞めたと知った。陛下は大変だろうから、と治療費などを送っていたらしい。
俺が来て、王都を出てからは送れていないので心配していたそうだ。
全く気づかなかったな。
俺が陛下にフェリシアの話を聞いていると、アシル達がジェローム卿らを連れて戻ってきた。
「陛下、私に招待状が届いているとの事でしたが?」
全員席に着いたところで、ジェローム卿がそう言った。もう起きたのか。
「それについては俺から話そう。アルフレッドの手下の魔法人形が届けに来た。詳細は招待状に書いてある」
俺はジェローム卿の招待状を覗いたが、俺の招待状とは内容が少し違っていた。だが、十の主要都市の民が人質なのは同じだ。
「私とジル卿では都市が違うが、どちらが本当だ?」
ジェローム卿の招待状と見比べてみると王都以外の都市が違う。ジェローム卿の方は城も含まれている。
全員の招待状を見せ合ったが、王都以外の都市や城が一致しない。所々一致している所もあるが、全ての都市を数えると四十だ。明日の朝までに全てを回ってアルフレッドの手下を排除するか?いや、出来ぬ可能性の方が高いか。
「陛下、どう致しましょうか?」
「人質の数は約四千万人です。サヌスト国民の約六割です。切り捨てるにはあまりにも…」
「だが、陛下や使徒様の命を差し出すなど…」
良い案を思いついた。別に俺一人で戦う必要は無いのだ。




