第129話
やはりアルフレッドがダークエルフを率いて王宮を襲撃したのか。逆恨みであろうな。
「我が国を乱す悪魔め。私は僭王からサヌストを取り返す。まずは奴の後ろ楯であり腹心でもある貴様から殺す」
「おぬしの思惑など知らぬが、エジット陛下はヴォクラー神に選ばれた王だ。僭王ではなかろう」
「そんなこと、知らんわ!サヌスト国王は長兄が継ぐものだ!たとえ神の指示だろうと関係ない。だいたい神なら人の国に口出しをするな!」
「貴様、ヴォクラー教徒ではなかったか?」
「永遠に神が口出ししなければな。神官どもの長ったらしい話を聞くだけでヴォクラー教徒の支配者になれる。だが、神が口出しするなら話は別だ。奴を殺せ!」
アルフレッドの取り巻きのダークエルフ達が剣を抜いた。
「エヴラール、ジュスト殿の傷を治せ。アキ、自分の武器を取りに行け。出来れば鎧も着て来い」
「はっ」
「主殿、死ぬなよ」
「俺は死なぬ」
俺が剣を抜きながら返事をしたが、アキはもう居なかった。
エヴラールは魔法鞄から回復薬を取り出し、ジュスト殿の治療を始めていた。
「よそ見をするな!」
俺は斬りかかってきたダークエルフを腰斬した。本来は処刑方法であるが、まあ王宮を襲撃した時点で処刑されるのは決まっているので良かろう。
「奴は相当の手練だ!一人では討ち取れん!協力しろ!」
「「「はっ!」」」
アルフレッドの指示にダークエルフ達がそう返事をした。統制が取れているな。さすがは王太子と言ったところか。いや、もう王太子では無いか。
「ジル卿、助太刀するぞ」
「ジュスト殿、もう大丈夫なのか?」
「おかげさまでな」
ジュスト殿の治療を終え、二人が俺の隣に並んだ。
「ジュスト殿、消火の手配は?」
「王宮警備隊は優秀だ。手配など必要ない。勝手に来て、勝手に火を消す」
「それは頼もしい」
「やれぇ!」
俺とジュスト殿の会話が終わるのを待っていたかのように、アルフレッドが指示を出した。待てるなら永遠に待っていれば良かったのに。
ダークエルフ五人が雄叫びを上げながらこちらに向かって来た。
ジュスト殿に一人、エヴラールに一人、俺に三人だ。
「ぐっ…」
ジュスト殿の相手のダークエルフはジュスト殿より少し強いらしい。だが、エヴラールの相手はエヴラールが魔法を使える事を知らぬようで、エヴラールが勝てそうだ。ジュスト殿もすぐには負けぬだろうから、エヴラールの援護があれば勝てるだろう。
つまり、俺は目の前の三人に集中すれば良い訳だ。
「よそ見をするでない」
目の前に迫っていたダークエルフが俺に向けて剣を突き出してきた。俺は体を捻って躱し、ダークエルフの剣の腹に向けて剣を振り上げた。剣を折られたダークエルフは別の剣を異空間から取り出して抜いた。武器を破壊しても予備があるのか。
一人目のダークエルフと戦っている間に、残り二人のダークエルフに後ろに回り込まれた。
俺は魔力弾を三つ撃った。害無し、と判断したのか、二人のダークエルフは避けようとせず、命中した。最初のダークエルフのみ、この魔力弾の危険性に気付き、躱したようだ。
「俺の勝ちだ」
俺はそう言いながら、左手を上にあげた。
「馬鹿者ッ」
つられて上を見た二人に向けて、土魔法で土を操って作った槍を突き出した。やはり、後ろに回り込んだ二人は正面のダークエルフに比べて未熟なようで、腹を貫けた。
急所を外したので、二人とも蹲っている。
「貴様ぁ!」
「王宮を襲撃して生きて帰れる訳なかろう。死ね」
激昂して我を忘れたのか、何も考えずに突っ込んできたダークエルフの首を斬り落とした。そして魔力が浸透したので、蹲っている二人の頭を破裂させた。
「退却だ」
アルフレッドが小さく呟いた。奴の傍に残っていた者のみが聞き取り、現在もエヴラールとジュスト殿と戦っている二人は聞こえておらぬようで、戦い続けている。
アルフレッドが逃げ出したので、俺はここを二人に任せて追った。
変に攻撃を仕掛けて足止めを食らうよりも、ある程度離れて確実に追った方が良かろう。王宮に被害が出てはならぬので俺は大規模な魔法は使えぬ。
しばらく追った所で、黒い雷が先頭を行くダークエルフに命中し、その体を弾け飛ばした。それから数瞬遅れて爆音が鳴り響いた。
「この逃亡犯め!大人しく主殿に首を差し出せ!」
ようやくアキが到着したようだ。アルフレッド達の前に回り込んでいる。
「奴を討ち取れ。女などに遅れをとるな」
アルフレッドの指示でダークエルフ五人がアキに飛び掛った。
アキは王宮への被害を考慮せずに、必中黒雷を撃ちまくった。
いくら必中とは言え、ある程度実力があれば、身代わりを作ってそちらに当てさせることが出来る。身代わりは実体がある必要は無い。
黒雷は標的の魔力を追っているので、魔力の大半を込めた魔力弾を撃てば、そちらに命中する。だが、その魔力弾を標的とするには、本人よりも魔力が多い必要があるので、この対処法を使えばかなり弱体化する。
この対処法に気付かれたのか、当たらぬようになってきた。
「アキ、やめろ!王宮が崩れる!」
「ワタシのせいではない!」
「だが、原因はおぬしにある。やめろ」
「仕方ない」
アキが攻撃を中断し、道をあけた。
アルフレッド達は罠を疑いながらも、進んだ。
「主殿、奴らどこへ向かっているのだ?」
「知らぬ。だが、退却しているようだ」
「あっちは出口じゃないぞ」
言われてみれば、奴らはどこへ向かっているのであろうか。まあ追えば分かるであろう。
「エジットはどこだ?我が愚弟よ。姿を現さねば、王都を灰燼に帰す事も厭わぬぞ」
バルコニーの下でアルフレッドがそう言っている。
「兄上、愚かな真似は辞め、大人しく投降すれば命だけは助けます」
陛下がバルコニーに出てきてそう言った。
ジェローム卿とアシル、四人の騎士がそばにいるとは言え、まずいな。魔法でも撃たれたら、アシルしか対応出来ぬ。
「エジット。私は正統な王位継承者として貴様を討ち、王家に背く逆臣どもを粛清する」
「兄上。ヴォクラー神は私をお認めになった。正統性は私にあります」
「神など知るか。神が言った事が全てか?神は間違わないのか?」
「ヴォクラー神のご意志だ。我々がその意味を推し量る事はできません」
「貴様とは分かり合えんようだ」
「そのようですな!」
エジット陛下が手を上げると、矢を番えた伏兵がアルフレッド達を囲んだ。その数は確認できるだけでも五十は超える。陛下はこの為に準備をなさっていたのか。
「最後にもう一度。兄上、投降すれば命だけは助けます」
「何度も言わせるな。誰が貴様などに降るか」
エジット陛下はその言葉を聞き、手を下ろした。それを合図に伏兵が矢を放った。一本や二本ならまだしも、これだけの数の矢を浴びれば、アルフレッド達は針鼠になるしか無かろう。
「ジル卿、どうなった?」
「ジュスト殿か。決着がつきそうだ」
「なら良かった」
ジュスト殿とエヴラールも目立った傷は無いようだ。
しばらく矢を射掛けられているアルフレッド達を見ていたが、ダークエルフ達が壁になり、アルフレッドの急所には一本も当たっておらぬ。
「我が愚弟よ。貴様は後悔するぞ」
アルフレッドがそう言って右手を挙げると、生き残っているダークエルフ達が心臓辺りに剣を突き刺し、自害した。アルフレッドはダークエルフ達が死んだ事を確認すると、自身の剣を抜き、地面に突き立てた。
「終わりだ」
アルフレッドがそう言うと、アルフレッドを中心に大爆発が起こった。
俺が咄嗟に自分を守る結界を張ったので、俺の近くにいたジュスト殿やアキ、エヴラールは無事だが、陛下や他の者がどうなったか分からぬ。
「陛下!」
煙を風魔法で吹き払うと、かなりの大きさのクレーターが確認できた。
王宮は崩れ、あちこちに潜んでいた伏兵が下敷きになって死んでいるのが見える。建物から離れていた伏兵も爆発によって吹き飛んだ建物の破片などが当たり、死んでいる。
陛下がいたバルコニーも崩れてしまい、陛下がどこにいるか分からぬ。
「陛下をお助けしろ!」
ジュスト殿が生き残っている者に向けて指示を出している。
「おい、主殿」
「陛下を探せ」
「いや、あそこを見ろ」
アキが指さした方を見ると、瓦礫が不自然な積もり方をしている。天眼でそこを詳しく見ると、球状の結界の中に七つの命がある事が確認できた。アシルの結界かもしれぬ。
「陛下が埋もれているかもしれぬ」
俺は結界の上に積もった瓦礫を退かすように指示を出した。近くにいた王宮警備隊の生き残りが丁寧に瓦礫を退けていくと、陛下やアシルの姿が見えた。
───兄上、もう限界だ───
アシルから念話が届いた。アシルの頭からは血が流れている。いや、陛下以外は大怪我をしている。陛下は気を失っているようだ。
「アシル、結界を解除しろ」
瓦礫を退け終え、アシルの結界が解除されると、すぐに助けに入った。




