第121話
しばらく飛ぶと、流星群との境目まで来た。
星のように見えていたのは、魔力の塊であった。
魔力の塊との間に線が引いてある。確かこの線は転移する範囲で、ラポーニヤ城を中心とした半径一メルタルの大きな円を記したのである。これは間違って外に出ては危険だからだ。
この線と何か関係しているのであろうか。
人間の姿に戻り着地すると、地面が僅かに揺れている。まあ余程繊細な者でなければ感知できぬほどだが。
「キアラ、アキ。これは何だ?」
「ワタシが知るわけないだろ」
「ジル様、これは大型転移のせいよ」
キアラは何か知っているようであった。隠し事だと思っていたのはこの事か。
「大型転移?」
「ええ。そもそも込める魔力が少なければ、転移に時間がかかるわ。そして転移する対象が大きければ大きいほど、消費する魔力が多いのよ」
「なるほど。今回は城ごとだからか」
「それもあるわ。一番大きな原因は、地面の入れ替えね。ラポーニヤ城を中心に一メルタルと言っていたけど、それは地中も含むのよ。それに転移先の地面をこっちに移さなくちゃいけないから、まあ魔力が大量に必要になるわね」
「そういうものか」
「ああ、それと必要最低限の魔力しか無いのに転移しようとしたから時間がかかってるのよ。この規模の転移を一瞬で済ますには、ジル様五人分の魔力が必要よ。それも使っちゃダメな魔力も含めて五人分よ」
「そんなにか。まあ時間をかければ良いならかければ良かろう」
「そうね」
「おい、つまりどういうことだ?ワタシにもわかるように説明しろ」
アキは今の説明で理解できなかったらしい。ならば無理に理解させる必要は無いか。
「魔力が少ないせいで時間がかかる。それだけだ」
「問題なしという事だな?」
「ああ。そういうことだ」
「ならワタシが分からなくても大丈夫か。でも知りたいから後で詳しく教えろ」
先程の褒美として教えてやるか。
「ああ。分かった」
「使徒様!これはなんでしょうか?」
「大丈夫なんですか?」
「使徒様!」
魔法を知らぬ末端の兵士たちが俺の姿を見て、駆け寄ってきた。動くな、との指示しか貰ってないのかもしれぬ。
「安心せよ。これは転移する際は必要な事だ。この線の外に出なければ、危険はない。殿下に報告し御触れを出して頂くが、まあこの線の中は安全なことには変わりない」
「本当ですかっ?」
「ああ。嘘はつかぬ。では俺は行く」
俺はヌーヴェルを喚び出した。ちなみにヌーヴェルは俺の異空間にいることが多いが、たまに厩舎で仲間の一角獣と話している。
「俺は行くが、おぬしらはどうする?」
「妾は帰るわ」
「ワタシは一緒に行く。乗せていけ」
「分かった」
俺がヌーヴェルに乗ると、アキも後ろに乗って俺に抱きついた。
「おい、抱きつくな」
「落ちたら危ないだろ」
「それもそうか」
アキが怪我をしたら、色々と面倒なので別に良いか。
キアラが帰ったのを確認し、俺は城に向けて駆け出した。
幕舎が所狭しと並んでいるが、ちゃんと区画整理がされているので、馬でも走れる。ちなみに昨日の区画整理まではムサシ達に怯えて、滅茶苦茶な並びであった。
「団長!ここにおられましたか」
「アルフォンス、何かあったか?」
しばらく走っていると、正面からアルフォンスが馬を駆って来た。
「この現象は何ですか?」
「今から殿下に報告する。おぬしも来るといい」
「はっ」
アルフォンスが俺の隣に並び、俺達は並んで進んだ。
「おい、アルフォンス。今日も働いているのか?」
俺の背後でアキがそう言った。ちなみにアキとアルフォンスは、それなりに仲が良い。
「おぉ、アキ殿。そこにいらっしゃったか」
「主殿と一緒に調べてきた。それより今日も働いているのか?」
「私は休みだったが、一応鍛錬をしていた。そこに部下が来て異変に気づいた。そう言うアキ殿は?」
「ワタシは主殿を鍛えていた」
「逆だ。俺がアキを鍛えていた」
「お二人はライバル関係という訳ですな?」
「主従関係だ。だが、俺に一番近い強さを持っている」
「アキ殿はお強いですからな」
「アルフォンス。おぬしも魔法を習得すれば、今よりは強くなれるぞ」
実際、俺やアキよりアルフォンスの方が剣技は上手い。
俺やアキは力と速さによるゴリ押しだ。剣筋などは単純である。
だが、アルフォンスやエヴラールなど、俺の募兵に応じた者の中で、俺が名を知っている者は剣筋が鋭い。
俺やアキが強いのは、技術を力でねじ伏せているからである。まあ今のところ困らぬので、別に良いがいつか改善しよう。
「私は馬をしまってまいります」
「いや、良い。今回は特別だ」
俺はヌーヴェルと一緒に、アルフォンスの馬も俺の異空間に帰した。
「行くぞ」
「さすがですな」
俺がアキとアルフォンスを伴って殿下の部屋へと向かっていると、流星群(仮)の事について何度も尋ねられた。最初は答えていたが、三人目からはついてくるように言ったので、最終的に三十人ほどを引き連れて歩くことになった。
「殿下はいらっしゃるか?」
「いらっしゃいます。ジル様を探しておいででした」
「そうか」
殿下の部屋の前には見張りが二人おり、俺が片方と話していると、もう一人が扉を開けていた。
「殿下、大人数で失礼致します。外の事についてご報告がございます」
「うむ。後ろの者は?」
「同じ疑問を抱いた者です。一度に説明してしまおうかと思いまして」
「では入ってくれ」
俺が部屋へ入ると、ついてきていた三十人も一緒に入った。ついてきていた者達はそれなりの身分であるから、殿下の部屋に入ったことがある者が多数だ。
───ジル様、忘れていたけど、あれは流星群じゃないわ。魔弾群と言うのよ。あ、今は姫達と一緒にいるわ───
分かった。
キアラから念話が届いた。タイミングが良すぎるな。どこかで見ているのかもしれぬな。それにキアラには流星群とは言っていないので、心でも読まれているのかもしれぬな。まあ別に読まれても困ることは無いので良いが。
「外で流星群のように降り注いでいるのは、魔力の塊です。これは魔弾群と呼ばれ、範囲内つまりラポーニヤ城を中心とした半径一メルタル内にいれば、安全です。また、殿下にはこの事を御触れとして発表して頂きたく存じます」
「分かった。早急に手配しよう」
殿下はそう言うと、引き出しから紙を取りだし、俺が言った事をそのまま書いた。
「ジル卿、これで間違いないな?」
「間違いございません」
殿下は王印を押し、サインをした。
「ちょうどいい。ここにいる者でこの内容を覚え、皆に伝えてくれ」
「「「はっ」」」
俺が連れてきた三十人はすぐに出ていった。これで兵たちの不安も解消されるだろう。
「ジル卿、ヤマトワ荘の前で弟を殺していなかったか?」
ジュスト殿もいたようで、話しかけられた。
「殺したことに変わりないが、その言い方だと語弊があるぞ。特殊な魔法を使っているから、首を刎ねようと、心臓を貫こうと生き返る。俺も二度死んだ」
「それなら良かった。てっきり気が狂ったのかと思ってな。誰にも言えないだろう、こんなこと」
「確かにそうだな。何食わぬ顔で弟を殺しているのを見たら驚くか」
「ジュスト!」
「はい、ただいま。俺はこれで」
「ああ。俺もこれで失礼しよう」
俺はそう言って殿下の部屋を出て、自分の部屋へ向かった。アルフォンスは自分の部下やドニスに伝えに行った。ヤマトワ兵には念話で伝えておいたので大丈夫だ。
「兄上」
「アシルか。何だ?」
俺の部屋の前でアシルが待っていた。
「俺も鍛錬に参加してやる。行くぞ」
「待て。ファビオ達を連れて行かねば意味が無いぞ」
「先に行っている。あんたの大事な奥さんも一緒に行った」
「そうか。ならば急ごう」
アシルは最近、レリアの事を奥さんと呼ぶようになった。
奥にいる訳では無いのでそう呼ぶのをやめろと言ったが、大事なものは前線に持っていかないだろうと言われたので、納得した。
「主殿。ワタシはコイツと一緒のチームは嫌だぞ」
「それは俺もだ。だから俺はグレンと一緒に兄上もアキもファビオもカイも狙う」
「三つ巴か。それはそれで面白そうだ」
「主殿、グレンは誰だ?」
「キアラの執事だ」
「意外と凄いな、キアラは」
俺達がヤマトワ荘の庭に向かう間にも、何度か魔弾群について聞かれたので、丁寧に答えてやった。




