第119話
食後、俺達はアキに連れられて、ヤマトワ荘の庭まで来た。ロアナもついてきていたが、キアラが来たのを見て帰った。
「妾が結界を張ってあげるわ。死んでも大丈夫よ」
キアラが張った結界を見ると、結界内で死んだ者は結界の外で復活するようだ。それに加えて、痛覚が百分の一以下まで抑えられるようになっている。訓練用の結界か。
「来い。一度でも俺を殺せたら何か褒美をやろう。その代わり三人で合計百回死んだら休憩だ。良いな?」
「主殿。遠慮なく殺せ。ワタシも遠慮なく殺す」
「ああ。ファビオとカイも真剣を使え。遠慮は必要ない」
「じゃあ始めなさい。そこで見ているわ」
キアラはそう言うと、桜の木の下にシートを敷いて座った。
レリアとユキもそこに座った。
ちなみにこの桜の木はキアラがヤマトワから持って来て、魔法で一年中花を咲かせている。まだ一年経っていないが、もう桜の時期は過ぎているらしいので、効果はあるのだろう。
レリアを見ているうちに、三人が迫ってきていた。
とりあえず、ファビオとカイが特攻し、二人がやられた隙にアキが俺を倒そうとしているようだ。
そんな作戦に乗ってやる義理はないので、三人まとめて魔法で吹っ飛ばした。
なるほど。死ぬと装備ごとキアラの近くに転移するようだ。いや、キアラの近くの別の結界に転移している。
「まず三回だ」
「カイ!」
「姉ちゃん!」
今度はアキとカイが目くらまし目的の魔法を撃ち、その隙にファビオが俺を斬る作戦のようだ。
俺は先程同様、三人を魔法で吹っ飛ばした。
「六回だ」
「おいっ!主殿、ズルいぞ!」
「知らぬな。魔法も俺の力だ」
「一回、魔法無しのアニキに勝ってからなら魔法使っていいよ」
「ならばそうしよう」
「剣だぞ!体術とか禁止だぞ!」
「ああ」
ファビオとアキの提案で、魔法と体術は使わぬことにした。
三人は一旦、三方向に分かれ、それぞれが同時に向かってきた。
俺はカイの刀をファビオに向けて弾き、カイの眉間に剣を突き刺した。その間、アキの刀は避け続けている。
二人を倒した俺は、アキの方に向き直り、斬り結んだ。左眼を突かれたが、何とか二人が帰ってくるまでに首を刎ねた。
元々、アキの方が剣技は上手だったが、俺も日々夢の中で鍛錬している。それに比べ、アキはほとんど鍛錬していない。俺が知っているのは、今朝の素振りだけだ。
結界のおかげか、視界が半分になっただけで、ほとんど痛みがない。
「九回だ」
アキの復活を待たずに、ファビオとカイが走ってきた。何やら話しながら来ているので、作戦があるのかもしれぬ。
「せーのっ!」
ファビオはそう叫んで、剣を思いっきり振った。炎の斬撃が俺の足下に向かって飛んできた。練兵場と違い、地面は砂なので、砂塵が舞った。
なるほど。目くらましか。ならば意表を突いてやろう。
俺は結界ギリギリまで後退した。俺が最初の一歩を踏み出した時、雷魔法が撃たれたが、光っていたので簡単に躱せた。
「あれっ?」
「あっちだ!」
砂塵が晴れ、ファビオが狼の姿になって俺のいた場所を切っていたが、もちろん当たらぬ。カイは驚いているファビオの頭を踏み台にして、高く飛び上がった。
「覚悟しろっ!」
「十一回だ」
カイの刀をファビオの方に弾き、カイを斬った。
「まだ十回だ!」
カイの刀を防いだファビオがこちらに走ってきている。さすがに二度は通じぬか。
まあだからと言ってファビオに負けるわけもあるまい。心臓を一突きで終わりだ。
「十一回だ」
「味方がいなければ、同士討ちもないっ!」
復活したアキが、俺を囲むように魔法陣をいくつも描いていた。どうやら二人に時間稼ぎをさせていたらしい。
魔法陣を全て確認したが、全て雷魔法で、致命傷にはならぬだろう。そもそも雷魔法で手足を吹っ飛ばすには、かなりの魔力を必要とするので、普通は痺れさせたりするのが目的だ。つまり痛覚が百分の一の今であれば、全く問題ない。
「これで褒美だっ!」
アキは雷魔法を撃つと同時に、斬りかかってきた。アキには自分で撃った魔法は効かぬらしい。
俺は悪魔の姿になって、飛んだ。
「なんだ、それは!ズルいぞ!降りてこい!」
「仕方ない」
俺は空中で人の姿に戻り、アキの背後に着地した。と、同時にアキの心臓を貫いた。
「十二回だ」
アキ以外の二人も復活していたが、アキの復活を待っているらしい。ファビオは人の姿に戻っていた。
「主殿!さっきのは禁止だ!」
「分かった」
さすがに飛んでしまえば、誰にも負けぬ。少なくともこの三人には。
「ワタシが隙を作る!連携して、隙をつけ!」
「「了解!」」
あんなに大きな声で話したら作戦がバレるだろうに。いや、こんな単純な作戦はバレたところで問題ないとみているのか。
アキは全身に雷魔法を纏うと、こちらに向けて駆け出した。
ちなみに雷魔法を纏うと、雷ほどの速さで動けるとされている。落雷は目で追えぬくらい速いが、こちらはギリギリ目で追える。なので比喩だろう。もし落雷と同じ速さで動けば、壁か何かにぶつかって自滅するだろう。
俺はアキの刀を受け止めた。
アキはすぐに押し合いを止め、俺の鳩尾に蹴りを入れた。体術は禁止されているので、受けるしかあるまい。
まあこんな蹴りでは隙など作れぬ。それはアキも分かっているはずだ。
「主殿。『ワ』と言ってみろ」
「ワ」
俺が『ワ』と言うと、アキが俺の口の中に拳を突っ込んだ。拳は口の中に入らぬと聞いたが、自分の拳だけであったか。それはそうか。赤ん坊の拳などであれば、簡単に入るであろう。
アキは刀から手を離し、俺の後頭部に手を回した。拳を押し込みたいようだ。
アキは俺の背中に足を回し、自身の体を俺に固定した。これでアキを突き刺せば、俺にも刺さるというわけか。
「「せーの」」
アキの体で死角になっていた場所で、ファビオとカイが俺の足に回し蹴りをくらわせた。
俺はバランスを崩して、後ろに倒れた。
このままでは負けてしまうな。アキの拳をどうにかせねば。噛み切るか。
俺は顎に力を入れてアキの手首を噛みちぎった。
「あああああああ!……あれ?そんなに痛くない」
アキが左手首を抑えて仰け反ったので、首に剣を突き刺した。アキが転移すると、口の中に残っていたアキの拳も消えた。なるほど。これは便利だ。
「げ…」
「十三回だ」
「おい、アレをやれ。アレを」
「え?ああ、アレね」
カイに言われて何かを思い出したのか、ファビオが再び狼の姿になり、遠吠えをした。
「アォォォン!」
「うぅ…相変わらずうるさいな」
カイは耳を押えて堪えている。なるほど。人狼の遠吠えはこう使うのか。
俺も狼の姿になり、遠吠えをした。
「アォォォォォォォォォォォォン!!!!!!」
二人とも気を失ってしまった。いや、復活し結界内に戻ってきていたアキも倒れているので三人だ。。
俺は三人の心臓をそれぞれ刺しておいた。
「十六回だ」
三人は転移した先でも、気を失ったままだ。
休憩でもしているか。俺はそう思って結界を出ようとしたが、出れぬ。それもそうか。内から外に出れたらこの結界の意味が無い。
「キアラ、どうやって出るのだ?」
「死ななきゃ出れないわ」
それはダメだな。死んだら褒美をやらねばならぬ。褒美をやるのは良いが、自分達が寝ている間に立てた手柄の褒美など欲しくないだろう。だが、俺が死んだら褒美をやると言った。約束は約束なので守らねばならぬ。
ならば、この結界を破壊すれば良いか。
俺は拳に最大限の硬化魔法を貸与し、全力で結界を殴った。だが、壊れる気配がない。
「ああ、結界を壊したらその傷はそのままよ」
「何?」
「だから、その目は治らないわよ」
「そうか」
俺は結界の破壊を諦め、寝転んだ。




