第113話
俺は確認したものからサインをしていった。
一通読むのにも、それなりの時間がかかる。内容を確認する訳ではなく、誤字脱字が無いかを確かめるのは、時間もかかるし疲れた。幸い、俺の番は最後で、殿下とジェローム卿が全て指摘していたので、俺はサインをするだけであった。
結局、終わったのは明け方であった。
一度、解散となったので、部屋に戻った。
レリアは気持ちよさそうに、ベッドで寝ている。レリアの部屋もあるが、あちらはほとんどレリアの物置部屋と化している。
アメリーが机にうつ伏せした状態で寝ていた。俺はアメリーに毛布をかけてやった。部屋を与えてはいるが、こうして俺の部屋で寝ている事が十日に一度ほどある。
「クラウディウス」
「何だ?朝っぱらから我を喚び出すとは珍しい」
俺はクラウディウスを喚び出した。アシルやアキなどは俺がサインをしている間に寝ているであろう。と言うことは、暇で俺に近しい者はクラウディウスとなる。キアラやオディロンなどもいるが、まあ良い。
「クラウディウス、悪魔の姿になると翼が生えているようだったが、飛べるのか?」
「飛べる。魔界には地面など無いから、飛べねばならん」
「そうか。魔界に地面は無いのか」
「無い。魔界の城は、基本的に宙に浮いている。そこで我らは翼を休めるのだ」
「その話はまた聞かせてもらおう。俺も飛べるか?」
「ジル様ならすぐだ。我が教えて差し上げよう。ついて来られよ」
クラウディウスはそう言って窓の鉄格子を丁寧に外した。レリアを起こさぬようにしたのだろう。
鉄格子を床に並べたクラウディウスは悪魔の姿となり、飛び降りた。俺が慌てて下を見ると、飛んでいた。ちなみにクラウディウスは悪魔の姿になると、元の身長の一・五倍の二メルタ程あり、大きい。背が高くなった分、横にも広がっているので、何と言うか、威圧感がある。
「さあ来られよ。一度飛んでみると感覚が掴みやすい。もしもの時は我が助けよう」
俺は悪魔の姿となり、飛び降りた。風を感じて、気持ちいい。だが、目を開けていると、すぐに乾く。水魔法で潤いを保てば良いか。
「空を泳ぐようにするのだ」
俺は翼を使って泳ぐように動いた。
「なるほど」
意識をすると空を飛べるようになるのか。翼など動かす必要は無い。だが、翼を消すと落ちるような気がする。
「ジル様、あとは感覚でやったほうがいい。我が空中戦を教えてさしあげる」
「そうか。ならば遠慮はせぬぞ」
俺はそう言ってクラウディウスに殴りかかった。魔法戦だと地上と変わらぬであろうから、肉弾戦を挑んだ。そして相変わらず剣などは部屋に置きっぱなしだ。
「おぉ、さすが!ジル様!だっ!」
クラウディウスが反撃してきたので、受け止めると、弾き飛ばされた。
「ジル様!空中でも踏ん張った方が戦いやすい!グッとするのだ!」
クラウディウスはそう言って、再び殴りかかってきた。
グッとするが何か分からぬが、なるべく風を受けるように翼を動かして耐えた。すると、踏ん張れた。
「なるほど。コツを掴んだ」
俺はそう言って反撃に出た。
「むぅ、ジル様はっ!強いっ!な!」
「喋らぬ方が良いかもしれぬぞ。舌を噛み切って死ぬかもしれぬ」
「そこまでか。ならば遠慮などする必要は無さそうだ」
クラウディウスはそう言うと、距離を取って魔法を撃ち込んできた。
俺は拳に反魔法結界を張り、殴って魔法を打ち消した。
反魔法結界は、魔力を吸収する結界だ。魔法は魔力を失えば消える。一度に吸収できる量なども限界があるが、そんなものは俺には関係ない。強い結界を張れば良いだけだ。
ちなみに対魔法結界というのもあるが、こちらは魔法を防ぐだけだ。使い続ければ劣化し、いつかは破られる。
だが、対魔法結界と違って反魔法結界は破壊されぬ限り、半永久的に使い続けれる。これは吸収した魔力で自己修復しているからである。
つまり、自分より魔力が少ない者の魔法などいくらでも防げる。
「ジル様、ここからが本番だ。注意しなされ」
俺が魔法を打ち消している間に、クラウディウスが魔法陣を設置していた。空中にも設置できるのか。
「クラウディウス、来い」
俺がそう言うと、クラウディウスが俺に飛び蹴りをした。
俺が受け止め、反撃すると、そこからは殴り合いである。
俺とクラウディウスが殴り合っていると、魔法陣から魔法が飛んでくる。
なるほど。地上と違って、下からも攻撃されるのか。上下左右全てに気を配らねばならぬ。
だが、この程度の魔法は当たっても痛いだけだ。クラウディウスが直接撃つ魔法より、威力は落ちている。
「クラウディウス、俺も魔法陣を設置しているのを忘れるな」
俺は魔法陣など設置しておらぬが、クラウディウスの意識が一瞬だけ、俺から逸れた。その隙に手足に硬化魔法をかけた。
「覚悟せよ」
俺はクラウディウス顔に蹴りを入れた。クラウディウスは耐えようとしたが、俺が押し切り、クラウディウスの体が地面と並行になった。
その瞬間、俺はクラウディウスの真上約二十メルタに転移した。そして風魔法などを使い、クラウディウス目掛けて最大速度で落下する。
クラウディウスは俺に気付き、少し横にずれた。なので、俺はクラウディウスの腹に両拳を叩き込んだ。
「ぬがっ……!」
クラウディウスが俺が落下した以上の速度で落ちていった。俺はクラウディウスがいた場所に残った。
白熱してかなり高い所まで来ていたようで、地面までは約百メルタある。幸い、下には何も無く、誰もいないようなので良かった。
いや、良くない。クラウディウスが死んではならぬ。
「クラウディウス!」
俺はクラウディウスが落ちるであろう場所に転移した。その瞬間、クラウディウスが目の前に落ちてきて巨大なクレーターを作った。
「さすがジル様……我を空中での肉弾戦で圧倒しただけでなく、地面に叩きつけるとは……それも初飛行から間もないのに……」
クラウディウスは何やら呟きながらクレーターから這い出てきた。傷は自分で治したようだ。
「クラウディウス、おかげでコツを掴んだ。礼を言う」
「それは良かった。おっと、そろそろ戻らなければ」
「そうだな」
クラウディウスに言われて確認してみると、太陽がのぼっていた。いつもはそろそろ起きる時だ。
「行くぞ」
俺が飛び立つと、クラウディウスもついてきた。俺の部屋の窓から入り、鉄格子を直しておいた。
「えっ……」
「アメリーか。起こしてしまったか?」
「あ、いえ、ちょうど起きようと思っていたところだったので」
起きようと思っていた?そんな事ができるのであれば、誰も寝坊などせぬだろう。気を遣わせてしまったな。
「この姿か。驚かせてしまって申し訳ない」
俺は人の姿に戻った。アメリーが驚いたのは、いつもの違う格好をしていたからであろう。
「あの、今空から来ましたよね?」
そっちであったか。隠す必要も無かろう。
「俺は飛べるようになった。クラウディウスに教えて貰ってな」
俺はクラウディウスの顔を見ようとしたが、もう帰ったらしい。疲れたのであろうか。
「そ、そうですか。じゃあ、もうジル様に敵はいないんじゃないですか?陸も完璧、空も完璧。それなら獅子にも鷹にも勝てますよ!」
「獅子や鷹などは簡単だ。獅子などは殴れば良いし、鷹もずっと飛んでいるわけにはいかぬ。翼を休める時を狙って殴れば良い。それに俺は弓もそれなりに使える」
「さすがです、ジル様!」
「いや、褒めても何も出ぬぞ。ところで朝ご飯の用意はできているか?」
「すぐにできますよ」
「ならば、用意してくれ」
「はい。姫様の分もですよね?」
「もちろんだ」
アメリーは鼻歌を歌いながら、部屋を出ていった。
俺はベッドに近づき、レリアを見た。
「ジル、帰ってきたなら教えてくれたら良かったのに」
レリアの顔を眺めていると、レリアが目を開けてそう言った。起きていたのか。
「いや、気持ちよさそうに寝ていたのでな。と言うよりも起きていたのか?」
「さっき起きたとこ。鉄格子を外して何してたの?」
鉄格子を外したところを見ていたということは、俺が起こしてしまったか。いや、どうせ起こすつもりだったので良いか。
「クラウディウスに空中戦を教えて貰っていた」
「じゃあ寝てないの?」
「ああ。だが…」
「ダメだよ!ちゃんと寝なきゃ体に悪いよ」
俺がそう言うと、レリアが飛び起きてそう言った。俺はしばらく寝なくてもその分食べれば問題ない。
「いや、俺は…」
「ダメ。ジルが倒れたらあたしだけじゃなくて、みんな困るんだよ」
「む。しかし俺は…」
レリアはベッドから出て、俺を押し倒した。
「ほら、こんなに簡単に倒れるよ」
「そうだな、レリアの言う通りだ。しばらく休ませてもらう」
「あたしももうちょっと寝るね」
レリアはそう言うと、俺の隣に寝転んだ。
レリアを見ると、既に寝息を立てていた。
俺も寝よう。




