第110話
エヴラールが戻って来ると、アルノルフだけでなく、シャミナードやバロー、エルフも来ていた。確かこのエルフはアルノルフの補佐官としてつけた男で、時空間魔法が使える魔法エルフだ。もう引退しているので、特に問題は無い。
「アルノルフ、まず転移機能について説明してくれ」
俺はアルノルフ達を席に着かせ、そう言った。
「私よりブシャーラル殿の方がお詳しいです。ブシャーラル殿、お願いします」
このエルフはブシャーラルと言うのか。覚えておこう。
「はい。ではまず、これをご覧下さい」
ブシャーラルはそう言って、地図を広げた。
その地図には、この城を中心にサヌスト王国と、周辺の国が記されている。そして、この城を中心に半径およそ五百メルタルの円と千メルタルの円が描かれている。
「内側の円の中であれば、一日で転移できます。外側の円であれば、二日です。王都は内側の円に入っていますので、一日で転移できます。また、一度転移すると、半年は転移できなくなります」
「半年?この城はまだ建ててから半年も経っていないであろう?」
「はい。ですが、一度も転移していません」
「そういうものか。続けてくれ」
転移装置の整備に時間がかかるのかもしれぬな。そして整備中は魔力が溜められぬのかもしれぬな。それなら、もう一度同じ城を建ててしまった方が早い。いや、それは金がかかりすぎるな。
「続けます。ラポーニヤ城を中心に半径一メルタルの土地が、転移先の土地と入れ替わりますので、半径一メルタル以内にものを詰め込めば、転移できます」
「そうか。ちなみにだが、転移以外にも移動能力があると聞いたが、そちらはどうだ?」
「そっちは馬が全力で走った時の五倍くらいの速さで走るワン」
「でも考えてみたら、速すぎてめちゃくちゃになっちゃうニャ」
俺の質問には、バローとシャミナードが答えてくれた。
確かに、馬の全力の五倍ならば、かなりの速さがある。
だが、城内は滅茶苦茶になるであろうし、外は岩や山などにぶつかるか。地面が舗装されておらぬ場所を通った時には、とてつもなく揺れるであろう。そうなっては地獄だ。
破城槌代わりにしかならぬな。いや、破城槌代わりにしたら、お互いに城が崩れる。
このような機能、付けぬ方が良かったか。間違えて移動を始めたら終わりだ。
「ゆっくり走る事はできないのですか?」
トメルがそう聞いた。確かに常に全力である必要は無いか。
「速さは調節出来ないニャ。そもそもゆっくり行ったら間に合わないニャ」
「ちゃんと考えて発言しろワン」
「確かにそうでした。申し訳ありません」
「すまぬな」
トメルは気にしておらぬが、部下であるバローの失言は俺の責任だ。謝っておいた。
「ブシャーラル殿、王都から少し離れた所に転移することは可能か?」
「可能です。一メタ単位で転移できます。誤差などございません」
「閣下、なぜです?」
「いきなりこのような城が現れては、王都の民が驚く。それに聖堂騎士団が出撃してきては面倒だ。彼らは一度始めた戦は勝つまで終わらんからな」
「確かに…ですがそれは一部の過激派の事です。戦うことになっても、八割は同士討ちを詫び、すぐに歓迎されると思います」
「残りの二割でも一万はいる。ただの兵なら正面から戦うが、相手が聖騎士となると、尻込みする者も出てくる」
ジェローム卿とトメルの会話を整理する。
ジェローム卿が王都から少し離れた所に転移したいのは、聖堂騎士団の過激派との衝突を避ける為。彼らは撤退をせぬので、勝つか死ぬまで戦う。
そして聖騎士は聖職者である。そのような者と戦うとなると、信心深い者が大部分を占める我が軍は不利である。
こんなところか。
「ええ。私も少し離れた所に転移することに反対意見はありません。ただ、閣下の偏見を正したかっただけです」
「偏見ではない。事実だ。過激派のせいということにしているが、聖騎士どもが撤退したなど、聞いた事すらない」
「それは聖堂騎士団に負けはないからです」
「勝つまで終わらんからな。どれだけ被害があろうと、奴らは戦を続ける」
「優勢の戦を続けるのは当然でしょう?」
「本当に優勢であればな。聖騎士どもは前しか見ていない。足下の死んだ味方にすら気づかない。友軍への気遣いもない。聖騎士どもがいなければ、死なずに済んだ兵士が何人いる?」
「閣下、聖堂騎士団を侮辱することは許せませんぞ。味方と言えども、容赦できませんぞ!」
「貴様に容赦される必要などないッ!」
ジェローム卿が剣を抜いた。それを見てトメルも剣を抜いた。
さすがに止めた方が良いか。
「二人とも、味方同士で斬り合うな」
俺は二人の間に入った。
ジュスト殿は慌ててジェローム卿から剣を取り上げた。トメルの剣は、アシルが叩き落とした。
「邪魔をしないでください。私は元聖騎士として、閣下を斬らなければなりません。邪魔をするなら、仕方ありませんな」
トメルがアシルを殴ろうとしたが、そんなものアシルには効かぬ。アシルはトメルの拳を受け止め、腕をひねった。そして、動けぬように腕を固定した。
「トメル殿、少し頭を冷やされよ」
「ジェローム卿もだ。味方同士で斬り合うなど、殿下は望んでおらぬぞ」
「二人とも、一回離れた方がいい。ジル卿、トメル殿は頼んだぞ」
「ああ」
「ジェローム卿、一旦こっちに」
ジュスト殿がジェローム卿を部屋の外に連れ出した。
「アシル、もう離してやれ。ジェローム卿がいなければ、多少は落ち着くであろう」
アシルがトメルを解放した。
「なぜ、あれほど怒った?」
俺はトメルから話を聞くことにした。
ちなみに、アルノルフ達はエヴラールが部屋の外に逃がした。さすがに非戦闘員が近くにいるのは危ないと思ったか。しかし、エヴラールが戻って来ぬな。
「私は元聖騎士です。怒って当然でしょう?」
トメルが言うには、ジェローム卿は言い過ぎだ、との事だ。
確かに、ジェローム卿の言うような過激派もいることにはいるそうだ。だが、それも全体の二割ほどで、ほかはまともだと言う。それを侮辱されたから怒った。
確かに、俺も部下や仲間を侮辱されれば、怒るであろう。それは当然のことである。
だが、だからと言って味方同士で斬り合って良い理由にはならぬ。
その後、しばらくすると、ジェローム卿を連れたジュスト殿が戻ってきた。
「少々取り乱した。申し訳ない」
「あ、いえ、こちらこそ申し訳ない」
二人はお互いに謝り合った。
ジュスト殿に話を聞くと、ジェローム卿が怒った理由が分かった。
二十年ほど前、ジェローム卿がまだ南の将軍の麾下の一万騎長であった頃、コンツェン王国との戦に参加していた。
コンツェンに攻め込まれ、劣勢だった為、聖堂騎士団に援軍を求めた。すると五万騎の聖騎士が援軍として駆け付けた。
ジェローム卿は聖堂騎士団と共に、コンツェンに奪われた砦を奇襲した。その際、奇襲に気付かれ、コンツェンの本軍と正面衝突した。
サヌスト軍は奇襲の為、聖騎士三千騎にジェローム卿率いる五千騎だった為、壊滅した。後々、囮に使われていた事に気付いたが、当時は気付かなかったらしい。
幸い、コンツェンの本軍が砦を出ていた為、サヌストの本軍は砦を奪還した。
その後、ジェローム卿は助けられた為、一命を取り留めた。
また、当時の南の将軍は聖堂騎士団と共に、奪われた砦を奪還する為、攻勢に出た。
無事、奪われた全ての砦は奪還できたものの、かなりの被害が出た。戦死した聖騎士は三万を超え、サヌスト軍の戦死者は六万を超えた。
こんなに大勢死んだのには理由がある。聖堂騎士団は勝ち残る戦ではなく、ただ勝つだけの戦をしていた。そしてそれをサヌスト軍にも強要した。『我らが命を捧げるのだ。当然、そちらも命を捧げるだろう?』と言った有無を言わさぬ感じであったそうだ。
その為、囮を使って誘い出し、出て来なければ、全軍で突撃した。
そして今、最も大事なのは、当時ジェローム卿が目にかけていた部下三名が囮に使われ、戦死したことである。ジェローム卿は療養の為、後方におり、戦に口出し出来ぬようだった。いや、戦が続いていることすら知らされず、後になって知らされたようだ。
回復したジェローム卿は聖堂騎士団を嫌い、聖堂騎士団に意見しなかった当時の南の将軍を嫌い、北に来た。当時の北の将軍は事情を知り、歓迎してくれたようだ。
そしてジェローム卿は出世し、将軍となった。
またこの戦を含めた無理な戦を重ねた聖堂騎士団はかなり数を減らした。三十年ほど前までは十五万いた聖騎士が、現在では五万である。世代は変わっているであろうが、聖堂騎士団に入りたいと思う者は減っているのであろう。
ちなみに、十年ほど前からコンツェン王国との交易は再開している。




