第106話
俺は受け取った剣を装備し、アシルの案内に従った。
今回のようなことが起きぬように、地下牢につないでおくらしい。確かに最初からそうすれば良かったか。と言うか、この城に地下牢などあったのか。
「アキ、武器は置いていけ」
「何?殺されそうになったら、どうする?ワタシを使い捨てにするほど、勿体ないことは無いぞ」
「何を言っているのだ?おぬしなら素手でも勝てるだろう。それに何かあれば、すぐに駆けつける」
「た、確かにそうだ」
「ではな。頼んだぞ」
「任せておけ」
俺とアシルは地下牢の入口で止まり、アキを見送った。ちなみにアキは上着などを脱ぎ、かなり薄着になっていた。
「アシル、俺達はどうする?」
「大将軍でも見に行こう。国王とは離してある。声も聞こえないくらいな」
「そうか。ならば行ってみよう」
俺はアシルの案内でアクレシスの所まで来た。毛布が雑に置かれているだけで、何も無い狭い所だ。窓すらないので、薄暗い。ちなみに明かりは松明を使っている。見回りの時に交換するらしい。
「偽使徒殿か。いや、本当の使徒様であったな」
「ああ。アクレシス卿、なぜ国王側についたのだ?エジット殿下やジェローム卿に聞いたところによると、国王を裏切ってこちらの味方になってくれるとの事だったが」
「ちょうど良かったんだ。反乱軍からの勧誘を利用して、首謀者を逃がすくらい追い込む。そして首謀者を逃がす。失態を演じた私は、それを理由に大将軍の座を返上し、隠居でもしようかと思っていた」
アクレシスの思惑は国王軍が勝つ事が大前提だ。お互いに自らの勝利を疑っていなかったのだろう。まあ俺もアクレシスと同じ立場であれば、自分の勝利を疑わなかっただろう。
「そうか。大将軍の座を返上したいのであれば、国王に申し出れば良いだけでは無いのか?」
「自分で言うのはなんだが、私は国王陛下や王太子殿下に気に入られていた。軍を辞めるなどとは言い出せなかったのだ」
「そうか。その王太子なんだが、どこに逃げたか分からぬか?」
「分からん。知っていても教えはせん」
「そうか」
───主殿、助け───
アキから念話が届いた。助けてくれ、と言おうとしたのだろう。返事をしても、それに対する返事がない。何かあったな。
「アシル、行くぞ」
「ああ」
「ちょっと待ってくれ。行くなら最後に一つ、頼みを聞いてくれ」
「…」
アクレシスに呼び止められた。
「アシル、先に行ってくれ。あとこれを持っていけ」
「分かった」
俺はアシルにアキの刀を預けた。アキが刀を持てば、サヌスト王国内にアキに勝てる者は俺くらいしかいないだろう。
「何だ?」
「私を処刑して欲しい」
「何?」
「私を処刑して欲しい。そして歴史書には『神と王、どちらにつくか迫られたアクレシス。忠誠心が信仰心を勝り、王についた大将軍。奇しくも敗北してしまったが、サヌスト国王に対する忠誠心は歴代最高だった』と書いて欲しい」
「…殿下にお伝えしておく。他には?」
「無い。歴史書の件、くれぐれも頼んだ」
「ああ。俺は行く。無駄な事は考えるでないぞ」
俺はそう言い残し、その場を立ち去った。
アシルの足跡を追おうと思ったが、アシルはヤマトワで『シノビ』と言う者達の技術を学んだらしい。そのおかげで、足音は無く、足跡も限りなく少ない。また、気配を消すのも上手いし、魔力を感じさせぬのも上手い。つまり追いにくい。
俺はとりあえず、アキと分かれた所まで来た。そこからアキの足跡を追う。アキは魔力がそこそこ多いので、足跡にもそれなりに魔力の痕跡が残る。常人では分からぬだろうが、俺ほどの天眼を持っていると、それなりに分かる。
まあそんなこんなで足跡を追った。
国王の牢と見られる場所に到着すると、アキが結界に閉じ込められていた。国王も一緒に入っているのか。いや、アキと国王の間にも結界がある。
「アシル、どういう状況だ?」
「アキが閉じ込められた。あの結界は…まあ説明するより見た方が早いぞ」
俺は天眼で結界を調べた。
結界師が最後に使う結界か。命を削って魔法、物理、両方への耐性を高めた結界だ。以前セリムに聞いたが、生き物は命を削れば、魔力を何倍にも、何十倍にでもできる。
「ギュスターヴ、アキを解放せよ。何が望みだ?」
「貴様と愚息の首を差し出せ。そちらについた士官にも死んでもらおう」
「いや、それは出来ぬな」
「ならば、余はこの娘と共に、この中で餓死する。この娘が生きている間に決めろ。おっと、この結界を破壊しようとは考えるな。この結界が破壊された瞬間、この娘は死ぬ。これは呪いだ」
「考えさせてくれ」
俺はアシルを連れて角を曲がった。
「アシル、解呪と結界の破壊、どちらが得意だ?」
「結界の破壊は無理だ。矢を射ってみたが、攻撃が通じない。解呪の方は試していない。と言うか、呪いについてはまだ習得していない」
「そうか。仕方ない。俺が両方やるからアシルはアキの安全のみを考えよ」
「分かった」
「あと、もし俺が暴走したら、殺してでも止めてくれ。それが無理そうならレリアだけでも逃がせ。良いな?」
「?分かった」
「それと国王も逃げぬようにしろ」
「承知している」
俺は悪魔の姿になり、国王の前に出た。アキは驚いて何か言っているが、何も聞こえぬ。そういう結界なのだろう。
俺は鉄格子をこじ開け、中に入った。そして創造魔法で宝石や心臓を模したモノなどを配置する。
呪いを解呪した。宝石や心臓を模したモノなどを代償にしたのだ。宝石はどちらかと言うと、解呪のハードルを下げるようなものだ。
そして右手で拳を作り、硬化魔法で最大まで固めた拳に雷魔法を纏わせ、結界を全力で殴った。
「……な!待て!主殿!割ったら死ぬ!ワタシが死ぬ!割るな!おい!待て!」
結界が割れる音が鳴り響き、アキの声が聞こえるようになった。アキは結界が破壊されたことに気付かず、叫び続けている。国王は目を見開いたまま気絶している。
俺は悪魔の姿から普段の姿に戻り、アキに近づいた。アキはようやく結界が破壊されたことに気付き、叫ぶのをやめた。
「アキ、危険な役回りを任せて悪かった。すまぬ」
俺は頭を下げた。実際、俺の指示がなければ、このような事になっておらぬはずだ。
「許してやる。例の件はこれでチャラだからな。もう貸し借りなしだ」
アキがそう言った。例の件とは左腕の怪我の事だろう。
「ああ。もちろんだ。誰にも言わぬ」
俺は頭をあげてそう返事をした。
「アシル、国王は別の所へ入れておいてくれ。それとこの事はなるべく秘密裏に処理してくれ」
「分かった。ひとつ良いか?」
「何だ?」
「悪魔になる必要はあったか?」
「悪魔の方が強そうであろう」
「それだけか?」
「ああ」
「分かった。あとは俺がやっておくから、兄上は部屋に戻れ。一応、病み上がりだから」
「ああ。すまぬな」
アシルには誤魔化したが、悪魔になったのには理由がある。魔力が多くなるので、その分、硬化魔法で拳を硬くできる。それに雷魔法にも多くの魔力を込めれるので、単純に威力が上がる。
「アキ、行くぞ。貸し借り無しなら、いつも通りにせよ。この事をなるべく悟られぬようにな」
「いや、待て。普段から主殿はワタシに色々と頼んでいるから、主殿の方が貸しが多いぞ」
俺の後ろをついてきたアキがそう言った。普段通りで良かった。トラウマを抱えて、戦場に出れぬようになれば、かなりの損失だ。
「む?それは上司と部下のものだから、数えぬだろう」
「いや、プライベートでも頼まれたから、数える」
「そうか。ならば、何か言ってみよ。叶えてやるかもしれぬぞ」
「いいのか?!狩りがしたい!主殿、山に連れていけ」
「考えておこう。それはそうと、服を着ておけ」
俺は預かっていたアキの服を渡した。何かあったと悟られてはならぬので、いつも通りにせねばならぬ。




