第105話
確か東の将軍の名はシルヴェストルと言ったか。大将軍はアクレシスだったか?あまり覚えておらぬな。名を間違えて怒らせ、殿下に何かあったら大変だ。気をつけねば。
「今、馬と食糧を用意させている。殿下を解放して下さらぬか?」
「まず武器をこちらに寄越せ」
国王が自ら話している。
俺は剣を鞘ごと投げ付けた。それに倣ってアキと護衛達も投げた。
「これでよろしいだろうか?」
「うむ。アクレシス、やれ」
大将軍が俺の剣を抜いて、俺に斬りかかってきた。アキの刀はシルヴェストルが持っている。その他の護衛の剣は国王の周辺の者の手に渡っている。
俺は剣を手で挟んだ。いわゆる真剣白刃取りというやつだ。
「アクレシス卿、あなたとはこんな形で再会したくなかった」
「……」
俺は剣から手を離し、大将軍の腕を掴んだ。大将軍は味方の方へ剣を投げた。もちろん攻撃目的ではなく、俺に剣を奪わせぬ為だろう。
「ふんっ」
俺は大将軍の腕を捻って転ばせた。体術は苦手なので上手くいって良かった。
「陛下、この者は私が抑えておきます。お逃げあそばせ」
「使徒よ、貴様の首、必ず貰い受ける」
国王は殿下を連れて逃げてしまった。シルヴェストルと剣を持った五人が国王について行った。
「今こそサヌスト王家に対する忠誠を示す時である!反逆者を討て!」
大将軍がそう叫ぶと、幕舎の中から包丁や棍棒などで武装した兵がぞろぞろ出てきた。
「アキ、素手でもイケるか?」
「主殿、ワタシは主殿の次に強いんだぞ」
「そうか。ならばここを任せて良いか?」
「え?主殿は?」
「俺は国王を追う」
「…行け!」
「ここはおぬしらに任せた。二人ついてこい」
「「ははっ」」
俺は敵の一人の胸ぐらを掴んで持ち上げ、敵に投げつけ、道を作り、その道を進んだ。その繰り返しで国王のもとまで辿り着けるだろう。護衛の二人も棍棒を奪って、武装したようだ。俺はこのままでも良い。
おそらくあの四人ならば大丈夫であろう。殿下の護衛につく程の実力者三人にアキがいる。それにしばらくすれば、アシルの援護射撃も加わる。それにアシルが気を利かせて援軍を送ってくれるかもしれぬ。
───兄上、いつでも大丈夫だ。それとドニスとエヴラールが五十人ほどを率いて向かった───
分かった。国王の護衛を射殺せ。シルヴェストルは殺すな。何があってもエジット殿下には当てるな。
───承知した───
「そろそろアシルの援護射撃が始まる。急ぐぞ」
「ははっ」
「連絡したのですか?」
「ああ。援軍も送ってもらった」
「それは頼もしいですな」
護衛二人と共に駆けていると、国王の姿が見えた。国王の護衛五人は頭を射抜かれて死んでいる。
シルヴェストルは足と腕を射抜かれており、国王を足止めできている。流石に単身で逃げる程の勇気は無いらしい。
「エジット殿下を解放せよ」
「それ以上近づくな」
「貴様ら、今こそ国王陛下への忠誠を示す時だ!国王陛下の御為に時間稼ぎをしろ!国王陛下は俺がお守りする!」
シルヴェストルが野次馬たちに向かってそう叫んだ。野次馬と言っても元々国王軍の兵士だ。外側の方なので、俺に味方したかった者かもしれぬ。ムサシから自分たちを守る盾にする為に国王派の者に追いやられたのかもしれぬ。いや、そんなことは無いか。
「シルヴェストル、いい事を思いついた」
「何でしょう?」
「目を瞑れ」
国王はそう言って俺の剣でシルヴェストルの心臓を貫いた。
「な…ぜ……?」
シルヴェストルは即死ではないが、死んだ。おそらく本能的に魔力で命を繋ぎ止めようとしたのだろう。だが、魔力に関する知識や技術がない為、すぐに死んだ。
「これで…これで譲位証文は書けんぞ!」
「ぷはっ。父上、味方を殺すとは…それでも王ですか?!」
エジット殿下は口枷を外してそう言った。
「貴様は簒奪者として永遠に軽蔑され続けろ」
「ギュスターヴ、サヌスト人とヴォクラー教徒。どちらが多いか分からぬおぬしではあるまい」
俺は国王にそう言ってやった。
実際、ヴォクラー教徒はサヌスト人の五倍はいるであろう。
「お、脅しか。貴様」
「おぬしの名誉を守ってやろうと思っただけだ」
「黙れ黙れ黙れ!誰かコヤツらを討て!今は東と西と南の将軍の座が空いてるぞ!」
「誰もおぬしに味方せぬようだ」
「このような愚息に王位を譲るくらいならここで死ぬ!」
「寄越せっ」
「ぐほっ」
国王がエジット殿下の心臓を貫こうとしたので、俺は咄嗟にエジット殿下の護衛が持っていた棍棒をひったくり、国王に投げ付けた。国王の顔面に棍棒が当たった瞬間、棍棒に矢が突き刺さった。アシルが放った矢であろう。
国王は何が起きたか分からぬまま、転んだ。
「国王を捕らえよ」
俺は惚けていた護衛に指示を出した。この二人も何が起きたか分からぬのだろう。
「エジット殿下、ご無事でようございました」
「ジル卿、私は…俺は簒奪者になるしか無いのだろうか」
「エジット殿下が簒奪者となろうと関係ありませぬ。もし殿下が気になさるのであれば、簒奪者という汚名を超える美名を轟かせれば良いのです。このジル、どこまでもお供しますぞ」
「ジル卿…」
「殿下、一度城に戻りましょう」
「そうだな」
「国王も連れて来い」
「はっ」
俺は殿下と国王の間に入り、歩いた。
途中でアシルが送ってくれた援軍と合流した。なんと、この事を聞きつけた全ての将兵が駆け付けたそうだ。城ではトメルが『エジット殿下のお命をお守りせよ。武器を取って助太刀に参れ』と指示を出したそうだ。トメル自身はジェローム卿とジュスト殿の医者の手配をして、殿下が人質に取られた事を広めたようだ。
城に戻ると、殿下はジェローム卿とジュスト殿のお見舞いに訪れた。二人は同じ部屋で療養中だ。
ジェローム卿は右目に眼帯をしている。
「ジェローム、目は治らないのか?」
「どうやら呪われてしまったようでして」
俺はジェローム卿の目を調べてみた。
僅かでも光を見れば、右目と脳に焼けるような痛みが走る。代償が十人の命となっている。その代わり解呪できぬようになっている。無理矢理解呪しようとするなら、こちらも十人以上の命を差し出さねばなるまい。それも人間の。
あの国王、呪いまで習得していたか。となると王太子の方も色々と厄介かもしれぬ。早く捕らえねば。
アシル達に伝えに行かねばならぬな。
「殿下、私はやる事がありますので、ここで失礼します」
「分かった。ジル卿、今回は助かった。礼を言う」
「いえ、殿下が害されてしまえば、私も困りますので。では失礼します」
俺はそう言って部屋を出た。部屋の前には護衛が三人いた。部屋の警備に一人、殿下の護衛に二人といったところか。
アシルがどこにいるか分からぬので、俺は一度、外に出た。
アキが一人で何かをやっていた。
「アキ、何をしている?」
「あ、いや、何でもない」
アキが何かを背中に隠した。一瞬見えたが、おそらく包帯か何かだろう。左腕も隠しているので、左腕を怪我したのだろう。
「あ、主殿、アシルが探していたぞ」
「俺もアシルを探している。案内してくれ」
「い、今は忙しい。その辺の暇そうな奴に聞いてくれ」
「そうか。忙しいなら手伝ってやろう。怪我の手当てであろう?」
「な?!どこでそれを聞いた?」
「誰にも聞いておらぬ。おぬしが左腕を不自然に隠したからだ」
「ちょっと来い」
アキが俺を引っ張って、倉庫に入った。誰にも見られぬ場所に連れて来たのか。
「ワタシが怪我をした事は内緒にしていろ。いいな?絶対だぞ?」
アキがこんなに必死になっているのは初めて見たような気がする。それほど自身の怪我を知られたくないのか。ならば利用させてもらおう。
「そうだな…ひとつ条件がある」
「条件?」
「ああ。国王に色仕掛けを仕掛けろ。それで王太子が逃げそうな場所を聞き出せ。あとは適当に有用そうな情報を聞き出して来い」
「わ、ワタシが色仕掛け?」
「そうだ」
「まずワタシの怪我を治せ」
「分かった」
俺はアキの怪我を治してやった。幸い、包丁が掠っただけのようだ。
怪我が治った事を確認したアキが、俺の腕に抱き着いて、上目遣いでこちらを見てきた。
「こ、こうか?」
「分からぬ。まあ頑張ってくれ」
「分かった」
「ではアシルの所に案内してもらおう」
「ついてこい」
アキが出て行ったので、俺もアキを追って外に出た。ちょうどアシルがいた。
「う、浮気か?」
「違う。アキに秘密の作戦を命じたのだ」
「そうか。で、何だ?」
国王に色仕掛けを仕掛けて王太子を探す。手がかりくらいは掴めるだろう。
───それは大胆だな。案内しよう───
「国王の所に案内してくれ」
「承知した」
アシルは何を考えているか分からぬが、楽しそうである。
「あ、ジル様、剣です」
「む。忘れていた。礼を言う」
俺がアシルの案内に従って進もうとしたところ、剣を渡された。どうやらタイミングを伺っていたらしい。アキも刀を受け取っていた。
俺達に剣を渡した兵士は喜びながら仲間の元へ帰った。もしかすると、誰が俺に剣を渡すかを話し合っていたのかもしれぬ。いや、それは自意識過剰か。




