第104話
今日のお昼ご飯は皆でお粥を食べるようだ。人数分の皿が用意されており、サラが押しているバーカートには鍋が乗っている。おそらくおかわり用だろう。
サラが準備をしてくれている。俺の分はレリアがお盆に載せて持ってきてくれたものだ。それをレリアが俺の前に置いてくれた。そしてレリア自身は俺の隣に座り、サラに用意してもらっていた。
「アメリー、ロアナ、すまぬな。アシルが何も考えずに大規模な魔法を撃ったせいで散らかってしまった。今日のお昼ご飯は、皆で食べよう」
幸せは誰であろうと共有すべきだ。なのでアメリーやロアナだけ片付けをしているのは気に食わぬ。
「いや、俺は…」
「気にするな。俺の事を思ってのことだろう?」
「ああ」
「という訳で、皆、座ってくれ」
アシルは納得がいかないようだが、まあ大丈夫だろう。
エヴラールはクラウディウスに起こされ、状況を理解しておらぬようだが、まあそのうち理解するだろう。
「さあ食べよう。いただきます!」
「「「いただきます」」」
皆が席に着いたのを確認したところでそう言った。
俺はお粥を一掬い、口に運んだ。
「美味しい。先程と同じ料理とは思えぬ」
「よかった」
「ワタシのレシピだぞ」
「作ってくれたのはレリアであろう?」
「わかる?アキが『愛が一番大事だ。主殿への愛を込めろ』って言ったから、たくさん込めたんだよ」
俺はどれだけ幸せなのだろうか。愛する妻が愛を込めて作ってくれたお粥を皆に見守られながら食べている。見守られる必要は無いが、悪い気はせぬ。
皆も美味しそうに食べている。やはり美味しいのだ。レリアの愛を引いてもレリアが作った料理は美味しいのだ。いや、引く必要は無いか。
幸せだが、瓦礫の中で大きな机を皆で囲み、食事をする風景は、この状況を知らぬ者から見れば異様な光景であろう。
今更だが、座っている場所を見ると、俺とのおおよその関係が分かるな。
レリアはもちろんすぐ隣にいる。レリアの反対にはアキがいる。
となると必然的にアシルはレリアの隣に座る。アシルの隣にエヴラール、クラウディウスと続いている。
アキの方はロアナ、アメリー、サラと並んでいる。
ちなみにこの机は円いのでサラの隣にクラウディウスとなっている為、サラはとても緊張している。
食後、俺達はお茶を飲みながら談笑していた。お昼ご飯には少し早かった為、時間を潰すのだ。捕虜たちの食事を邪魔してはならぬ。
「しかしこれが食べられるなら、怪我など治す必要は無いかもしれぬな」
「ダメだよ。ジルに早く良くなって欲しくて作ったんだから。それに元気な時でも作ってあげるよ」
「ならば早く治さねばならぬな。と言ってもすっかり治ってしまった」
「じゃあそろそろ王都に行くの?」
「そうかもしれぬな」
「兄上、そろそろ良さそうだ」
俺がレリアと話していると、アシルがそう言った。
「主殿、どこに行くのだ?」
「捕虜を見に行く」
「ワタシも行こう。主殿がああなったら止められるのはワタシだけだ。いや、アシルの手伝いもいるがワタシだけだ」
「そうか。レリア、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
俺はアシルとアキを伴って部屋を出た。武装は剣のみであるが、まあ大丈夫だろう。
ちなみに捕虜は、城壁の外で野営をしている。火炎龍とその配下を近くに配置しており、見えぬ壁となっている。いや、見えるか。
一度、百人ほどが四方八方に逃げようとしたらしいが、全てムサシが焼き払った。それ以降、捕虜達はおとなしくなったと言う。
国王や将軍なども一緒に野営をしている。敗北感を与え、心を折る為だそうだ。まだ負けておらぬと思われれば、抵抗されるかもしれぬ。
まあそんな訳でムサシとその配下は外で寝ている。本人達も久しぶりに羽を伸ばせるので良いと言っているそうだ。
捕虜の野営地は簡易的な柵があり、入口には五人ほどの見張りがいる。ムサシの戦いを見た者はムサシで充分だと考えているが、ムサシの戦いを見ておらぬ者は捕虜が脱走を企てぬ程の脅威になるとは考えていない。なので見張りを置いている。
「これはジル様ではありませんか!」
見張りの兵士が槍を直立させ、そう言った。
「このような場所に何か御用がおありで?」
「ああ。実験だ」
「実験…ですか?」
「ああ。まあ危険はあるまい。回復薬を使うだけだ。俺はまだ効果を知らぬ」
「そうでしたか。てっきり殿下がお呼びになったのかと」
「殿下が?」
「ええ。現在、譲位証文の作成をしているのです」
譲位証文というのは、国王が生前退位する時か、王太子以外に王位を譲る時に作成される。その際、過半数の将軍、つまり三人以上の将軍の同意が必要なのである。
この制度を知ったのは戦が終わった後なので、俺は焦った。大将軍と東の将軍を俺が殺していたら、正式な即位はできず、簒奪という形になっていただろう。
「俺は殿下に呼ばれた訳では無い。完全な私用だ」
「そうでしたか。私如きがおこがましいかもしれませんが、お気をつけください」
「ああ。気をつけよう」
見張りと別れ、俺達は怪我人がいる場所へ向かう。
物資を与えてムサシ達で囲んだので、幕舎は密集している。その中心部には国王と側近が控えており、その外側を親衛隊、怪我人、一般兵となっている。
武器になる物は、なるべく与えておらぬそうだが、料理に使う包丁などは最低限与えているらしい。
「おぬしら、怪我を治してやろう」
俺は幕舎を覗いてそう言った。軽傷者のみと聞いていたが、頭に包帯を巻いている者など、多数が寝込んでいる。
「誰だ?」
「おい、名を名乗れ」
看病している者もいるようで、そう言ってきた。棍棒などを構えて警戒している。棍棒などは作れるようだ。
俺は使徒と言うとさらに警戒されると考え、一人の将兵を名乗ることにした。話を合わせるように、アシルとアキに念話で伝えた。
「使徒様にお仕えしているアルフォンスだ」
「アルフォンス?確かあいつはもっと歳をとっていたぞ」
アルフォンスの知り合いか。ならばアルフォンスの部下ということにしておこう。
「いや、アルフォンス様に名前を出せば分かると言われていたのでな。俺の名はヨルクだ」
「ヨルクさんよ。何をしに来た?」
「おぬしらの治療だ。新薬を使わせてもらう。まあ治験みたいなものだ」
「ふん。結局敗軍の将なんざ人体実験がお似合いか?」
「おぬしらは黙って治療を受けよ。アルフォンス様のご好意だ」
「へっ。そうかいそうかい。好きにしてくれ」
「ああ。好きにさせてもらおう」
俺は手を懐に入れ、回復薬を取り出した。弱い順に試し、どれほどの怪我に何を使えば良いか知るためだ。
「クロード、ユキ、やってくれ」
「「御意」」
俺はアシルとアキに回復薬を渡した。アシルとアキも名前くらいは知れているかもしれぬので、偽名を使った。
アシルが頭に包帯を巻いている者の頭に回復薬を振りかけた。すると少し光った。その者は痛みが無くなったのか、頭を振って確かめている。
「治ってる!ありがとよ、クロードさん」
「礼ならアルフォンス様に。次は誰だ?」
アシルはどんどん治していった。アキも負けじと治している。
そんな感じで幕舎の中にいる怪我人を全て治療し終えた。
「ヨルク隊長、次へ行きましょう」
「ああ」
俺はアシルとアキを伴って幕舎を出た。
次の幕舎に入ろうとしたところで、中心の方が騒がしくなった。
「アシル、アキ、行くぞ。殿下に何かあったのかもしれぬ」
俺達は急いで向かった。ジェローム卿やジュスト殿が付いているので、何も無いと思うが、何かあったらまずい。
俺達は中心に到着した。
「殿下!」
殿下が人質に取られている。口枷がされており、喋れぬようだ。
国王の傍で東の将軍が殿下に包丁を突き付け、包丁で武装した大将軍と二十名程が国王を守っている。
ジェローム卿は右目をやられたようだ。ジュスト殿も腕を切られている。護衛の数は五人程だ。顔は知っているが、名は知らぬ者ばかりだ。
「ジル卿、助かる」
「動くな!動けばこのバカ王子の命は無いと思え!」
東の将軍がそう言った。
「ジェローム卿、ジュスト殿、ここは俺に任せてくれ」
「ジル卿なら大丈夫だと思うが、殿下を頼む」
「ああ。アシル、二人を城まで送り、治療を受けさせよ。あと馬と食糧の準備も頼んだ」
コヤツらから見えぬ所から東の将軍を射れ。殿下には絶対に当てるな。
「分かった」
アシルが二人を連れて離れて行った。こういう時に念話は便利だ。
「これよりここの指揮は俺が執る!」
俺は五人の護衛とアキに宣言した。まあ宣言する必要は無いが、相手にも緊張を与えられるかもしれぬ。




