第101話
しばらく体の調子を確かめていると、入口で何かが落ちたような音がした。
「何やってるんですか?!」
テクが腰を抜かしていた。物音はテクが持っていた箱を落とした音だったか。サラとロアナは驚きはしたが、手に持っている物は落とさなかった。いや、バーカートなので、既に地面に接しているので落ちぬだろう。
「テク、何をやっている?」
「包帯を勝手に取るなんて何してるんですか?!」
「傷が塞がったのだから、取っても大丈夫だろう?」
「え?傷が塞がった?」
テクは俺の体をまじまじ見始めた。だんだん近づいてきて、俺の体を触り始めた。
「本当だ……凄い。ジル様、私の一生のお願いを聞いて頂けませんか?」
「何だ?聞くだけ聞いてやろう」
「ジル様の体を調べさせてください」
テクが頭を下げた。そこまで俺の体に興味があるのだろうか。
「調べるとは?」
「皮膚を少し頂けたら充分です。いいですか?」
「構わぬぞ」
俺は左腕を差し出した。右は利き腕なので、使う場面が多い。皮膚を調べるという事はあまり使わぬ左腕の方が良いだろう。
「では失礼して…あ」
テクは落とした箱を回収しに行った。落とした事を忘れていたのだろうか。
机の方を見ると、サラとロアナが食事の準備をしてくれていた。アメリーも手伝っていた。
「あの、ジル様、中身がぐちゃぐちゃになってしまったのでしばらく待ってください」
「ああ、先に食べているぞ」
「どうぞ召し上がってください。あ、私は少し失礼しますね」
テクが出て行った。何か壊れていたのだろうか。
俺は席に着いて用意された食事を見た。七種類のスープのみだ。レリアやアキも一緒に食べるので二人の方を見たが、二人は普通の食事だ。
「サラ、ふざけているのか?」
「いえ、ふざけていません」
「ロアナ、ふざけているのか?」
「いえ、ふざけておりません」
二人に聞いてもこれであっているという。ならば何かの罰かもしれぬ。レリアに聞いてみるか。
「レリア、ちょっと良いか?」
「なに?」
「俺、何か悪いことしたか?」
「したよ」
俺は何もしておらぬが、レリアが言うならしたのだろう。気付かぬうちに何かやらかしたか。非常食を食べた事か?いや、レリアも前食べていたので違うか。新婚なのにアキやサラ達を追い出さぬからか?分からぬな。
「レリア、分からぬ。教えてくれ」
「あんな怪我をしてみんなを心配させた事だよ。その罰でスープだけなんだと思うよ」
「すまぬ。これからは気をつける」
「そうしてね」
そうか。心配させてしまった罰であったか。それならば納得がいく。
「主殿、姫。二人はバカなのか?」
「「え?」」
アキが俺やレリアに対してそんな事を言うのは間違いを訂正する時か酔った時くらいだ。今は素面だから前者か。
「流動食はそんなものだ。病人や怪我人が食べやすいようにスープみたいにしてあるだけだ。なんの罰でもない」
「そ、そうか」
「へ、へぇ、そうだったんだ。知らなかったー。アキって物知りだね」
「こんな事は常識だ。二人がバカなんだ」
俺とレリアは何も言い返せなかった。
「ま、まあ、食べよう。いただきます」
「「いただきます」」
俺は料理が冷めぬうちに食べ始めた。
俺の場合はスープだけだが、色んな味があるな。いつもの食事をスープ状にしたのか。だが、固形物が無いのは寂しい。
「ジル、一つあげるね」
「ありがとう」
俺が物足りなそうに食べているのに気づいたレリアがハムを分けてくれた。
やはりハムは美味しい。
「レリアも俺のスープを飲むか?」
「テクさんがバランスを考えて作った料理だから、ジルが全部食べなきゃダメだよ。あ、でも一口だけちょうだい」
「ああ。どれがいい?」
「これにする」
レリアが選んだのは白いスープだ。米が入っているだけで、味はほとんどしない。
「あんまりだね」
「ああ。もう怪我をしたくない理由の一つになりうる」
「そうだね。あたしも病気に気を付けよう」
レリアもあまり気に入らなかったらしい。レリアはあまり食べ物の好き嫌いをするタイプではないと思っていたが、ちゃんと嫌いな物もあるみたいだ。
「主殿、ワタシも一口くれ」
「全てやろう」
「いや、それはダメだ。一口だけでいい」
アキも白いスープを一口飲んだ。
「お粥か?」
アキはこのスープを知っているらしい。俺は別に興味がある訳では無いので、別のスープを飲む。
「なにそれ?」
レリアは気になるらしい。
「ヤマトワでは風邪をひいた時に食べるのだ」
「風邪でこれ食べるの?」
「いや、お粥はもっと美味しい。これは素人が作ったお粥だな」
「これに素人とかあるんだ」
「ある。今度、姫にも教えてやろう」
「ほんと?じゃあこのあと暇?」
「暇だ」
「じゃあ教えて。お昼はあたしが作ってあげたいから」
レリアが作ってくれるなら、美味しいだろうな。不味いわけがない。だが、このスープが美味しいのは想像できぬ。
俺はレリアとアキの会話を聞きながら、スープを全て飲み干した。
「ごちそうさま。俺はハインリヒの所へ行ってくる」
「ジル、テクさんにあげるって言ってた皮膚は?」
「忘れていた。アキ以外は目を瞑ってくれ」
「なんで?」
「食事中に見るものでは無い」
「わかった」
俺はアキ以外が目を瞑ったことを確認し、短剣を取り出した。
「主殿、何をする気だ?」
「アキ、包帯を持ってきてくれ」
「わ、わかった」
俺はアキが目をそらした隙に、左腕を抉り、空になった器に俺の肉片を入れた。
「アキ、頼む」
「何を?わあああ!何をやってるんだ!」
アキは驚いて包帯を落としてしまった。
「早くしてくれ」
「わ、わ、わかった」
アキは驚きながらも包帯を巻いてくれた。やはり戦場に出ているだけあって、動じぬな。この中で戦に出ているのはアキだけなので、アキを選んだのだ。
「出来たぞ」
「ああ。礼を言う」
俺は肉片を入れた器に別の器を重ねて蓋をした。こうすれば開けぬ限り見えぬ。そして俺の左腕を隠せば、誰も気付かぬ。
「目を開けて良いぞ」
「何やったの?」
「姫、聞いてくれ。主殿がいきなり…」
「アキ、言うな。食事中にする話ではない」
「そ、そうだな」
「では行ってくる。今度こそ昼には戻る」
「うん、行ってらっしゃい」
「ああ、そういえば、テクが来たらその皿を渡せば分かるはずだ。レリアは開けぬ方が良いぞ」
「?わかった」
俺はそれだけ言って部屋を出た。ちょうどアシルが来たところであった。肩を貸してもらおう。
「「ちょうど良かった」」
俺とアシルの言葉が重なった。アシルの『ちょうど良かった』は何を意味するのであろうか。
「アシル、肩を貸してくれ。アシルの用は歩きながら聞く」
「歩けているじゃないか。そのまま頑張れ」
「肩が痛いのか?」
「それは兄上の方だ。どこに行くのだ?」
「俺はハインリヒの所へ行く」
「誰だ?」
「魔法研究会の会長だ。多分」
「回復薬の事を聞きに行くのか?」
「ああ」
さすがアシルだ。俺の考えている事を当ててみせた。まあ今俺が魔法研究会に聞く事と言えば、それしかないか。
「あ、そうだ。殿下に相談したら、馬車でも良いとの事だ。だが、服を着込んで怪我を悟られないようにして欲しいとの事だ」
「分かった。だが、もう治りそうだぞ」
「聞いた。兄上が敵にいたら脅威だ。瀕死の大怪我を負わせても、十日後にはピンピンしていたら恐ろしい」
「そうか。まあ味方で良かったでは無いか」
「そうだな」
俺はその後も昨晩あった事を聞いた。
その報告の中で一つ驚いたことがある。
殿下が俺に街を下賜してくださるそうだ。街と言っても建物があるだけで人は住んでおらず、俺が領主として君臨した後、住民を集めるそうだ。使徒が領主なら人が集まるだろう、との事らしい。
この街は俺が来る前から国王が準備していたらしい。どうやら使徒に街を与えて徳を積み、死後は極楽浄土の世界へ行こうとしていたらしい。そんなに上手くいくものか。
アキに語った事が殿下に伝わったのか?まあ別に内緒にしろとは言っておらぬので良い。
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