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生き止まりの向こう側  作者: 菅井 カワツゲ
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第二十話 「「迎えに行くから」」

 血が付かないよう慎重に服を着替え、必要な物をキャリーケースに詰め込む。

もうこの部屋に戻る事は無いだろう。

特に楽しかった思い出は無いが、そう思うと少し感慨深いものがある。


 真っ赤なキャリーケースを引きずり、近所の総合病院へ向かう。

お金はATMで十万円程ほど下ろしてきた。

受付で女性の看護師に驚かれ、すぐ診察を受ける事になった。

よほど酷い顔をしていたのだろう。

 検査の結果、やはり右肋骨の二本にヒビが入っていた。

道理で痛む訳だ。

まぁポッキリと折れてなくて良かった。

 他にも打撲が多数、拳はズタズタで口の中もかなり切れていた。

 歯に関しては歯医者に行けとの事だ。

これで私もインプラントになるんだろうか。

星斗とお揃いだが、これはあんまり嬉しくないような……。

 詳しい診断書を貰い、湿布と鎮痛剤を処方されて私は次の目的地を目指した。


 病院からタクシーを使い、着いたのは最寄の駅前にあるネットカフェ。

時間はもう七時を過ぎている。

 念の為に身分証の提示が必要無い店を選んだ。


「フラットシートとリクライニングシート、どちらにしますか?」


「寝れる方でお願いします」


入口に置いてあるUSBメモリを一つ買い、USBケーブルを借りる。

 個室に入り、ドリンクバーのコーラで一息ついた。


「さてと……始めるかな」


 私は財布の小銭入れからUSBメモリを取り出し、パソコンのUSBポートに差し込んだ。

読み込みが終わり、ウィンドウが開かれる。

そこには私がイジメを受けている動画が十数個並んでいた。

 この上なく不快な気分ではあるが、一応中身を確認する。

なんとまぁ楽しそうに撮るもんだ。

改めてクズだね、こいつらは。

 それらの動画内全てにいくつかのフォースブックアカウントがテキストされている。

恐らくイジメをしていた子のアカウントを星斗(せいと)が調べて編集したのだろう。


 それらの動画を罪鬼(つみき)のアカウントにアップしていく。

それと並行して、スマホから音声データを取り出した。

女子三人に絡まれている物、教師とのやりとり、父と喧嘩した時の物もある。

それらも全部アップする。

 全てに、イジメ動画、児童虐待、教師の体罰、といったハッシュタグを付け、

検索に引っ掛かりやすいようにした。

あとは炎上してくれるのを祈るだけ。

 フロントで買ったUSBメモリにバックアップを取る。

これで全く同じデータが入ったメモリが二つになった。


 今日出来る事を済ませた途端、猛烈にお腹が空いている事に気が付いた。

未成年が出歩けるギリギリの時間だが、仕方ない。

 スタッフに断りを入れて、補導されない事を祈りながら外出する事にした。


 初めて夜の駅前を歩いたが、昼間とはまったく違う街に思えた。

 よく分からない男や女がいたる所に立ち、道行く人を呼び止めている。

酔っ払ったサラリーマンがふらふら歩き、それをチンピラが一喝していた。

 ちょっと、いや、かなり怖い。

中二女子が一人で歩いていい場所では無い。

 フードを目深に被ってハンバーガーショップに入った。

そこで星斗に初めて買ってもらったものと同じものを買う。

 受け取りを済ませ、小走りでネットカフェへ戻ってきた。


 フロントでシャワーを借り、汗を流す。

考えてみれば、朝から緊張しっぱなしだった。

イジメ軍団と戦い、先生とやりあって父に一泡吹かせてやった。

 すっきりしたけど、全部怖かった。

一歩間違えていたら殺されていたかもしれない。

 でも、立ち向かって良かった。

日常的に心を殺され続けるより、よっぽど良い。


「なんか、私らしくなかったかな」


 以前の私なら絶対に言わなかった言葉や、出来なかった事を思い出してなんだか可笑しかった。

相手への憎しみだけじゃ無い。

環境を変えると誓ったからこそ出来た事ばかりだ。

 星斗の家で貰った勇気は、確かに私の中にある。

いつか笑って報告しよう。


 さっぱりした所で、やっとハンバーガーにありつけた。

美味しいのは美味しいのだが、星斗の事を思い出して切なくなる。

ネットカフェのすぐそばにあった牛丼屋にでもしておけば良かったかな。

 湿布を貼り、鎮痛剤を飲んで、貴重品をキャリーケースに入れた。

ちゃんとケースに鍵が掛かってるのを確認して、私は泥の様に眠った。




 _________________________





 翌朝、トラベルセットを買ってトイレで顔を洗い、歯磨きを済ませた。

テーブルの上を片付けて、私物のチェックをする。

大丈夫、無くなってる物は何も無い。


「九時か。そろそろ出ようかな」


 チェックアウトを済ませ、外に出ると平日の駅前の匂いが漂ってきた。

カレー屋さんのような、パン屋さんのような……。

 コンビニでおにぎりを二つ、お茶を一本買ってロータリーに止まっているタクシーに乗り込む。


「すみません、伊智川市の児童相談所までお願いします」


「はいよ。お嬢ちゃん、少し距離あるけど、お金大丈夫?」


「確か二つ先の市ですよね?大丈夫です」


 運転手さんに少し不安がられたが、無事児童相談所に送り届けてもらえた。

よし、とりあえずここで相談してみよう。

診断書とUSBメモリがあれば何とかなるはずだ。

 私はおずおずと玄関を開ける。


「すみません……」


 少し間があり、やがてふくよかなおばちゃんが元気良くやってきた。


「あら、その顔……。ここじゃなんだからちょっと奥に行きましょうか。お茶出しますよ」


「ありがとうございます」


「私は中村といいます」


「織原つみきです。相談に来ました」


 星斗の事は伏せて、今までの事を洗いざらい話した。

中村さんは、うんうんと涙ぐみながら相槌を打っていた。

 診断書の効力は物凄いものだった。

それを見ただけで、すぐに私の一時保護が決まったのだ。



 後の事は全て中村さんに任せていた。

親権停止だか親権喪失だかの手配。

体罰の証拠を教育委員会に提出する用意。

とにかく行動が迅速で驚くばかりだ。

中村さんは、あなたが一人で訪問相談に来てくれたからよ、なんて笑って言っていた。

 忙しくしている所で申し訳なかったのだが、これだけは譲れない事がある。


「あの、行きたい児童養護施設があるんです」


「あら、どこなの?」


「知り合いが運営してて、隣の県にある桜見(おうみ)学園という所です」


「分かりました。できるだけ早く行けるようにしましょう」


 私は嬉しくて、何度も何度もありがとうございますとお礼を言った。



 ________________________




 車に揺られる事、数時間。

私は桜見学園の正門前に立っていた。

 星斗の家があった場所と同じような、山に囲まれた坂の多い田舎町。

それもそのはず、ここから車で数十分の所に星斗の家がある。

 澄んだ空気を目一杯吸った。

切ないような懐かしさが込み上げる。

 中村さんが園長らしき男性となにやら話をしていた。

話はすぐにまとまったらしい。


「今日からここがあなたの家だからね。頑張るんだよ、つみきちゃん」


「はい。お世話になりました」


 負けるんじゃないよ、と私に喝を入れ、中村さんは帰っていった。 

本当にお世話になった。

私を保護してくれ、面倒事を片付けてくれた。

親身になって話を聞いてくれた。

感謝してもしきれない。


 感傷に浸っていると、園長らしき男性がこちらに歩いてくるのが分かった。

筋骨隆々とした身体に似つかわしくないエプロンをしている。

胸筋と腹筋がエプロンを押し上げ、まるで手榴弾の様だ。

 少し恐いな……。


「初めまして。織原つみきです」


 男性はニカっと笑った。

浅黒い顔から真っ白な歯が見える。


「君がつみきさんか。アイツから話は聞いてる。俺は松岡英一(えいいち)。よろしくな」


 あまりにも大きい手を勢い良く差し出され、握手を求められた。

二リットルのペットボトルを渡されたのかと思う程の腕の太さだ。

私はそれに応じ、ポケットの中から鍵を取り出した。


「あの、これ……」


「あぁ、確かにアイツのだ。当分その家には行けないが、アイツが出て来たらそれを持って迎えに行ってやろうじゃないか」


「はい……!」


 松岡さんは鍵を受け取らなかった。

私に持ってろって事なのかな。

 鍵に付いてある幸守(さちまも)りが、太陽の光でキラキラしている。

私はしっかりと鍵を自分のポケットに入れた。


「ウチは厳しいぞ。なんせ全力で生きなきゃ、罰としておやつ抜きだ。だから、生きる事を楽しめよ。アイツに教わったはずだ」


「松岡先生……。星斗さんは私に、幸せになれって言ってくれた。私、生きてて良かったです。これからの生活が楽しみですから!」


 私はこの喜びを全力で叫びたい気持ちだった。


「あぁ、折角生まれてきたんだ。辛い事も苦しい事も全部教訓に変換だ。逆境なんて蹴り飛ばしてやれ。そうすりゃ新しい楽しみや出会いもある」


 松岡さんは親指を立てて学園内を指差した。


「あの子も親からの虐待でここに居る。随分酷い事をされたんだろう。ここに来て一年経つが、口が利けなくてな」


 松岡さんは少し悲しそうな顔をした。


「君と同い年だから友達になれるかもしれん。名前は笹原百合(ユリ)ちゃんだ」


 学園の一室に、ぼうっと窓の外を見る女の子がいた。

虚ろな目で敷地にある大きな木を見ている。

 儚く佇む綺麗な真っ白い肌の彼女は百合の花に似ていた。


「先生、大丈夫です。今度は私が誰かの支えになる番です」


 死ぬ寸前まで追い詰められた私を支えてくれた星斗さんの様に……。


 自分の身を挺してまで私を地獄から救ってくれた星斗さん。

教わった事は数えきれないけど、全部私の中に根付いている。

まだまだ教わるんだ。

人生の楽しさってやつを。

だから、あなたの帰りをずっと待ってる。

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