第十二話 子供とコドモ
クリスマスの翌日、私達はいつも通りに黒ジャージを着て地下室にいた。
「今日は戦いに一番必要な事を教える」
「はい。お願いします」
予備動作の無い鋭いパンチ、速く重い蹴り、相手の攻撃を受け流し隙を作らせる防御。
その他に色々な技や、道具の使い方など、沢山の事を教えてもらった。
自分で言うのもなんだが、よくここまで成長できたと思う。
それでも私はまだ一番必要な事を覚えていないのだろうか。
「思い出して欲しい。イジメられていた時の事を。父親に蹴られていた時の事を」
そんな事を思い出させてどうしようと言うのだ。
幸せだった数ヶ月の間に頭の隅っこに追いやった記憶だ。
思い出したくもない。
だが、星斗の事だ、きっと何か意味があるに違いない。
「痛くて、悔しくて、怖くて……。思い出すのも辛いです」
「そうだろうな。自分に害をなす人間を前にするとどうしても恐怖で委縮する。その恐怖心を無くす修業をしようと思う」
「どうやって……?」
「実戦だ。俺と本気の試合をする。今まで覚えた事を全部使って俺に勝て」
私は今まで誰かと面と向かって戦った経験が無い。
技を教えてもらう時もサンドバッグが相手だった。
反撃されるものを相手にした事が無かったのだ。
「今までの修業は、この実戦の為の布石だ。恐怖心を乗り越える為のな。確かに殴られれば痛く、敵意の目は怖い。恐怖を知っている事は強みにもなり、痛みを知ってるからこそ人に優しく出来る。だが、そこで止まっていては駄目だ」
「でも、怖いです……」
「分かってる。だから今日からつみき、お前に勇気を教える。構えをとれ」
私は咄嗟にカウンターの構えをとった。
星斗がノーガードで近づいてくる。
「仮想敵はつみきの父親だ。遠慮無く行くぞ」
大振りな右フックが来る。
左手でなんとかガードしたが、星斗の中段蹴りが脇腹に入っていた。
「うっ、げほっ……」
「怖いか?本物の殺意はもっと怖い。でもそれに勝つ修業はしてきただろう。思い出せ」
星斗の前蹴りを左足で受け、正拳を打つ。
が、軽く払われた瞬間、顎先を何かが通り抜け、目の前が揺れてブラックアウトした。
「ん……」
「大丈夫か?苦しくはないか?」
「大丈夫みたいです。私、気絶してたんですか?」
目を擦り、周りを見る。
頭が少し鈍く痛む。
「そうだ。いきなりの実戦じゃ仕方ないな。怖くなったか?」
「はい、怖いです。でも手加減しないでください。次は一発入れます」
「あぁ。相手は同じ人間だという事を忘れるな。あるのは鍛錬と経験の差だけだ」
私はその日、三回も気絶したらしい。
恐怖はあるが、悔しさの方が大きい気がする。
今までは悔しくても、それをどうにかする事ができなかった。
ただ、されるがままだったのだ。
だが、今は防御も反撃も出来る。
耐えるしか無かったあの頃とは違うんだ。
その日から実戦形式での修業が始まった。
「俺の攻撃をよく見ろ。怖がって目を瞑ったら何もできなくなるぞ」
「酔っ払いは加減してこない。だがその代わりに隙がでかい。こっちも大振りでいいから強い攻撃を当てろ」
「蹴りに対しては受けるより避けろ。そうすれば相手に隙ができる」
「おっと、倒れるなよ。倒れたら囲まれて、それまでだ。膝をついても目だけは俺から離すな」
「構えをとくな。全方位に神経を張り巡らせ、集中しろ」
「自分の大切な何かを思い浮かべろ。それを守る為に戦うんだ。死んでも譲れない何かの為に」
私の大切なもの。
ここで暮らした数ヶ月と、星斗に教わった戦う意志。
そして二人で撮った写真。
生まれてからこんなに幸せで充実した日々は無かった。
それを否定されたら私はきっと戦う。
例え絶対に勝てない相手を前にしても私は戦う。
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あっと言う間に大晦日になり、正月を迎えた。
初詣には行くべきだという星斗の意見に従い、近所の神社にお参りに行く事になった。
深夜の割に結構な人が初詣に来ていた。
人込みが苦手な私は無意識にパーカーのフードを被っていた。
「お守りを買わないといけないな」
「お守りですか?受験には早いですよ」
私は、忙しそうにしている巫女さんを物珍しそうに見ながら言った。
「そうじゃなくて、これは幸守りだよ。つみきの幸福を一年間、守ってくれる」
「じゃあ星斗さんの分も買わないとですね」
「そうだなぁ、一応買っておこうか」
私はピンク、星斗は黄色の幸守りを買った。
その足で参道の横にずらっと並んだ出店に向かった。
たこ焼きにお好み焼き、じゃがバターや牛串なんていうワイルドな店もある。
折角だからここで夜食を買って帰ろうという事になった。
私は目玉焼きの乗った焼きそばと気になっていた鮎の塩焼き。
星斗はたこ焼きとイカ焼き、牛串数本と綿あめだ。
人込みの中、いい歳した大人が綿あめを食べ歩いている。
無性に愛おしく感じるのは星斗だからだろう。
「いつも思うけど、思ったよりふわふわしてないんだよなぁ」
「じゃなんでいつも買うんですか」
私は無理して呆れ顔を作る。
「なんでだろうね。子供の頃を思い出すのかな。なんか安心するんだよ、この味」
笑顔で綿あめを食べる、感性が中二のこの人が好きだ。
その気持ちはもう止まらなくなっていた。
参道を出て人もまばらになった頃、私は意を決して星斗に話しかけた。
「星斗さんて彼女とかいないんですか?」
「もう随分いないなぁ」
「作らないんですか?」
「昔ね、好きだった女の人がいてさ、家に来た事があったんだ。脈ありだなって思ったよ。でも俺の漫画部屋を見ると態度が豹変してね。それから好きな人は作らないって決めたんだ」
「あー。でもあの漫画部屋、私は好きですよ。居心地良いですし」
「嬉しいね。実は結構読んでるだろう?」
「バレてましたか。日常ものとバトルものメインで読んでます」
「いいねー。是非、色んな漫画を読んでくれたまえ」
私はポケットの中で手汗を拭いて、パーカーのフードを脱いだ。
「私は漫画部屋で引いたりしませんよ?」
「みんなそうならいいんだけど」
「私は地下の練武場も好きですよ?」
「あそこは流石に誰にも見せられないな……」
星斗は苦笑いしながら綿あめを食べている。
「私の髪の白い所が可愛いって言ってくれたじゃないですか。それ以来、この白い部分が好きになりましたよ?」
「助けてってダイレクトメール送った時、すぐ返信くれたじゃないですか。他のメールにもすぐ返信をくれた。そんな暇な所も好きですよ?」
「私を家出に導いてくれたのも、自由をくれたのも、いちいちやる事や言う事がクサい所も……」
「朝、おはようって言ってくれるのも、一緒にゲームするのも、美味しいご飯を一緒に食べるのも、ユーザー名に罰天マンなんてつけるコドモっぽい所も、全部、全部……大好きですよ?」
気が付くと私は泣きながら脈絡の無い言葉を一人で発していた。
涙ってこんなにも熱いものなんだと初めて知った。
体温そのものが流れている気がして止めようとしても止まらない。
「私を子供としてしか見てない事は分かってます。恋に恋してるだけだろって思ってる事も分かってます。でも、信じてもらえないかもだけど、私は本気で星斗さんの事が好きです。これからもずっと一緒にいたいよ……」
俯いて涙を拭いていると、星斗がそっと私の頭に手を置いた。
「俺はそんな事、思ってないよ。なんていうか、その、凄く嬉しい」
星斗が涙を拭く私の手をぎゅっと握る。
その顔はグズった子供を見る様に笑っていた。
「つみきの人生は始まったばかりだ。これから素敵な男に出会うかもしれない。俺といる事に飽きるかもしれない。そういう心変わりは仕方無いけど……。これが返事だと思ってくれるかな?」
星斗がポケットから小さな紙袋を取り出した。
「渡していいものかずっと迷ってたんだ。彼氏でもないのにさ……。受け取ってくれるかな?遅くなったけど、クリスマスプレゼント」
それは惑星をモチーフにしたお揃いのネックレスだった。
「俺も好きだよ。つみきが結婚できる年齢になったら迎えに行く。その時、今と同じ気持ちだったら、これを付けててほしい」
「待ってます……ずっと……」
その日、初めて一緒のベッドで寝た。
何回、絶対に手は出さないからなと言われたか分からない。
そんなに言わなくても分かってるのに。
この人は衝動に任せて十四歳の私に手を出す人ではない。
例えそうなっても私はこの人を嫌いにならない。
迎えに行くという言葉が、嘘だとしても嬉しかったから。
私達は背中合わせでぐっすりと眠った。




