AI短歌史前史(三) AI短歌偽装疑惑
当時、新聞の文芸欄や、文芸系ネットメディアを賑わわせた事件として、「AI短歌偽装疑惑」がある。
某T国立大学の国文学科と情報科学科の共同チームによるAI歌人「北原hack秋」の作ったとされる作品中に、不適切とみなされる比率で人の手が加わっているのではないかという疑惑が起こったのである。
「北原hack秋」は、当時、立て続けに名句、傑作と評される短歌を次々に生み出していた。
極小の正十二面体描画してひとり眺めている電算室 (hack秋)
童謡の幾千万を作りてもわが子のこころ親知らざりき (hack秋)
新宿のおっぱいパブで別れける後ろ姿の種田山頭火 (hack秋)
いずれも当時、
「AIの限界を超えた」
「AIもとうとう人の心を理解したか」
とまで称賛され、大きな話題となった歌であるが、その作成方法に疑問符がついたのである。
「詠題」や、複数の「サブキーワード」を設定することで、パラメーター設定をした人間が、それらしい歌を最初から半ば作っているにすぎないのではないか?
「詠題」や「サブキーワード」をもとに演算で作り出された数万首から人海戦術で秀歌を選び出す手法。百人もの下読み担当者が候補を選び出し、数次の選考を経て一首を選ぶのは、ランダムに組み合わされた三十一文字を元に人間が歌を詠むのとどれほど違うというのか。
そして最大の疑惑は、そのように選出された秀歌に対し、人間のプロ歌人が手を加えているのではないか、という疑惑であった。
指摘を受けたT大学チームのリーダーは、「通常の歌会などでも、ご指導の先生から添削・手直しをしていただいて作品とすることは一般的な慣習である」と反論し、さらに火に油を注ぐ形となった。
――人間が手直ししたら、それはもうAIの歌とは言えまいよ。
この事件の後、「AI短歌・俳句学会」に置いては、適切な人間の助力、サポート、介入の限界の策定について、長く議論が続くこととなったのである。