2人で王都へ
「今日は王都へ行くぞ」
「王都?」
ゼクスとゼトは家の中で会話をしている。ゼトはエクスの話を聞くのが大好きで、エクスがどれほど他愛もないことを話しても目を輝かせて聞いている。普段は話しかけられたりすると例え相手が国王だろうと「研究の邪魔だ」と追い払うエクスだが、ゼトが来てからは彼に話しかけたりすることが増え、話しかけられてもよほど重要でなければ研究を中断して聞くことが多くなった。
「国、というのは以前話したな。その中心となる街だ」
「わぁ!じゃあ、王様に会えるのかな?」
ゼトの中では、王都=国の中心=王様と会う場所、という認識となっているようだ。
「会おうと思えば会えるが、ゼトはあいつに会いたいのか?」
「んー?」
可愛らしく首を傾げ、よくわからないと言いたげなゼトに、エクスは少しばかり表情を崩す。
「王都だからって、会わないといけないわけでは無いし、会いたいなら連れて行ってもいいが」
「じゃぁ、会ってみたい!」
好奇心旺盛な年頃なのだろう、ゼトは迷うことなく会うことを選択した。
そう簡単に王に会えるはずがない、というのが常識だが、あいにくエクスはアーサー王とは知己であり、城を訪ねた場合あらゆる予定をキャンセルして最優先で通される国の重要人物として見られている。それがたとえ新しい家族の紹介であっても、王は彼を快く出迎える。そうしなければ国が滅ぶというのが王を除く国の重鎮たちの見解であった。そんなことは滅多にしないのだが。
「よし、では行こうか」
エクスが差し出した手をゼトが握り、その小さな手を潰さないよう、優しく包み込む。互いの温もりを感じ取り、両者とも頬が緩む。それはまさしく、幸せな家族と言えるものだった。
「着いたぞ」
「わー…おっきー!」
エクスの空間魔術によってゼトと共に転移した先は、街の入場門を通り越して城の目の前だった。
因みに以前は城内へ直接飛んでいたのだが、門番からの報告もなくいきなり現れてもすぐに対応できないから勘弁してくれと言われて、渋々門前へと転移するようになった。国としては街の門からという意味で言ったのだが、エクスは城門と認識して、結局それで国側が折れたのだ。
転移魔術なんてものが世界に蔓延っていれば、あらゆる防壁が無効になり世界のバランスを崩すと思われるが、空間魔術の使い手は現在、エクス一人だった。空間を支配する魔術、というのは、攻撃魔術が主流のこの世界の人間では考え付かなかったのだ。また、エクスの空間魔術を見て、模倣を試みようとしたり、エクスから教授してもらおうとしたりする者は後を絶たないが、そういった者は例外なく「じゃあ体験してみろ」と言われ、エクスがこの世界を見て回り尤も過酷だと思った場所へ送られる。生還者は未だ確認されていない。
そうした秘術とも呼べる転移で城の前へ降り立ったわけだが、突然目の前に現れたエクスに周囲の者は驚愕する。何度も見ていると慣れてくるが、それでも驚くことには変わらない。
「な、何者だ!」
当然兵士の役目は警戒なので、突如現れた不審人物には武器を向けて誰何せざるを得ない。城に来る度同じような対応をされるので、流石のエクスも槍を向けられたことを敵対と認識することはなかった。
「エクスだ。アーサーと会わせてもらう」
「ゼトです!王様に会いに来ました!」
エクスのことについては城に努める者は末端まで知っている。新兵であっても、黒い髪のエルフがエクスであり、最重要人物として知識を収めている。
だが、エクスが人を連れてきたことが初めてだったために、エクスの顔を知らないこの新兵は
「嘘だな!エクス様はいつもお一人で来られると聞いている!しかも見たこともない種族の子供まで連れて等ありえない!さては変身能力を持った魔族だな?!拘束させてもらう!」
エクスは基本的に一人で行動し、これまでに誰かを紹介するために連れてきたことはない。更に偶々エクスの顔を見たことがない新兵は、エクスを拘束すると言った上、魔物が進化したと言われている魔族とまで断定した。
悲しいすれ違いとはいえ、ゼトを貶されたエクスはいつ以来かの怒りを感じたのだった。
「よりにもよってゼトが魔族だと…?ゴミが、消えろ」
エクスの一言で新兵の足元に魔法陣が浮かぶ。周囲に配慮した結果、新兵には転移で消えてもらうことにした。
が、転移が実行される直前に、城門の中から別の男がやってきた。
「待ってくださいエクス様!」
その言葉に一瞬だけ動きを止める。が、
「だめだ」
問答無用で新兵はどこかへと消えていった。
「あぁー…」
頭を抱える男。怒ったエクスを心配そうに見上げるゼト。怒りの元凶がどこかへ行った結果、取り合えず怒りを収めて、ゼトを見返す。大丈夫だと言葉ではなく態度で示して、無意識の内にゼトの頭を撫でていた。未だ人の社会に慣れないゼトは、人一人が消えたところで気にしない。気にする道徳もない。エクスが無事ならそれでいいのだ。気持ちよさそうに頭を撫でられていた。
「あー…新兵とはいえ誠に申し訳ございません」
「あいつは消した。もう気にしてもいない」
怒りの沸点は割と低いが、元凶さえいなくなれば頭はすぐ冷えるのがエクスである。
「ち、因みにあいつはどこへ…?」
「王国最南端の森だ。運が良ければ帰ってくるかもな」
「うげぇ…あそこかよ…まぁ、確かに運が良ければ帰ってくるだろ…報告しとこ…」
王国最南端の森は、特別強いモンスターが枠でもないが、別段弱いモンスターが出るわけでもない、冒険者で言えばC級ほどの腕がある複数人で行けば問題ないとされている。王国の兵士は新兵はD程度とされているため、生きて帰ってくるだけなら運が良ければ大丈夫だろうという場所だった。
その新兵は運が良かったようで、1年後に見違えるようになって帰ってきた。エクスへの畏怖と共に。
「さて、私は王に会いたいのだが?」
「あっ、はい!どうぞお通り下さい!いつもの部屋が空いておりますのでそちらで少々お待ちください!」
「わかった。ゼト、行くぞ」
「はーい!お兄ちゃん、僕お城の中探検したい!」
「ふむ…ではゆっくり見ながら行くか」
「わーい!」
普段のエクスは子供が好きではない。煩いからだ。だからこそ、ゼトの無邪気な声に優し気に反応しているエクスを見て、顔見知りの兵士は信じられないものを見たと言うように唖然としていた。
「お待たせしました」
毎度のことながら腰の低い国王がエクスの待つ部屋へとやってきた。
「忙しそうだな」
「えぇ、以前貴殿から頂いた龍と言うモンスターの素材や、突如消えた新兵について、はたまたエクス殿の偽物疑惑まで上がって、流石にてんやわんやですよ」
「そうか、まぁどうでもいいな」
忙しさの原因が10割を占めるも、エクスにとっては相手のことなどどうでも良かった。なら何故聞いた、と言われると、もしかして新種のモンスターが暴れているのではないかという期待を込めてたのだ。
「それで、今日はどうしたんですか」
「この子の紹介だ」
「初めまして!ゼトです!」
「おや、賢い子だ。よろしくゼト、私はアーサー。王様だよ」
「おー!王様!」
「フフ…それで、ゼトは見たことのない種族のようだが、どうしたのですかな?」
「先ほど言っただろう。紹介しに来ただけだ。ゼトもお前に会いたがったからな」
「はっ…?」
アーサーは唖然としてしまった。これまでエクスが城に来たときは、必ずと言っていいほど重要なことについてだったのだ。例えば新種モンスターの弱点が分かったり、その素材の売却についてだったり。
だから、珍しいとは言え只の子供を紹介する為だけに会いに来たことが信じられなかった。
「あっ…えっ…?そ、そうですか…。因みに、何故紹介を?研究したりするなら別に…」
「私の家族になったからだ」
「はぁっ!?」
今までエクスは独り身だった。どれほどの美女をあてがおうとしても決して心を許さなかったし、少しでも強引に行けば勧めた人物とあてがわれた人物をまとめて消したこともあるほどだ。友人と呼べる人物もほぼおらず、最近では新種がでた時か買い出しの時くらいしか出歩くこともなかったので、出会いもなかったはず。なのに、突然彼の子供とも言えそうな幼い子供を「家族」という。
「い、いつの間に女性と…?」
「は?何を言っている」
「いや、だって家族って…」
衝撃の事実は、アーサーの言葉遣いすら崩壊させた。
「何を勘違いしているかわからんが、ゼトは拾い子だ。私と同じように記憶を失っているようだったから、私が保護し、家族となった」
「うん!エクスお兄ちゃんの弟だよ!」
「あ…あー、成る程…。…?!?!」
勘違いだったのか。拾い子で、境遇が同じならまぁ…と思ったところで、ゼトを優しそうに見るエクスの顔に更に驚愕した。これは確かに、偽物と呼ばれても仕方がないと言えるほど、柔らかい笑みを浮かべていたのだ。これまでは例え友人であったとしても、研究中、或いは新種の発見情報を聞いたときの興味深々な顔を除き鉄面皮は剥がれることはなかったのに。
「あー…は…は。それじゃぁ、今日はこれで失礼してもいいかな?ちょっと色々ありすぎて疲れたみたいだ…」
「分かった」
「あ!王様、お城の中見て回ってもいいですか!?」
「うん…?あぁ、好きに見て回るといいよ…それじゃあね…」
「ありがとうございます!」
アーサーは未だかつて感じたことのない疲労感を感じていた。ゼトは謁見の間で王様ごっこをして大層喜んでいた。それを優し気に見るエクスを見た重鎮や顔見知りは、アーサーと同じように疲れた顔をしていた。
こんな二人が見たい、こういう話を書いて欲しい等のご意見、ご感想をお待ちしております。