幻想研究家と獣人の男の子
新連載始めてみました。1話完結型を目指しています。
ある国の、ある森の中に、ひっそりと暮らす男がいる。
ひっそりとは言うものの別に隠れているわけではない為、時折人がやってくる。但し、そこに住まう住人に明確な用事があるから、ということだけは間違いない。
「いらっしゃるか?」
壮年な男性が扉を開けて中へと入る。目の前には普段事務作業に使われるような机、その上には様々な本が雑然と散らばっており、先ほどまで読んでいたであろう本が一冊、椅子の前に置かれている。しかしながらその本の主はその部屋にはいないようで、男性は目的の人物が居ないと分かると勝手知ったるとばかりに
脇に置いてある応接用のソファへと座る。彼には従者も付いているようで、そちらの人物はまたもや我が物顔で近くに置いてあった魔道具でお湯を沸かし、主に紅茶を提供した。
数十分ほど待っただろうか、何やら少々慌ただしい音が聞こえ、ガタガタと階段を走って降りる音がした。直後に、住まいの主であろう人物が応接セットから見て左奥にある扉から出てきた。
「…歓迎した覚えはないのだが?」
家の主は勝手に、かつ優雅に我が家の紅茶を飲んでいる人物を睨みつけた。
「おや、これは失礼した。どうやら精霊がいたずらをしたようだ」
精霊のいたずら、というのは要するに言い訳だ。尤も、そんな子供じみた言い訳を使うのはまごうことなき子供位なものだが。
そんなお茶目な言い訳をした人物は、何を隠そうこの家のある国の国王であるアーサーだった。御付きの執事はセバスチャンである。セバスチャンである。大事なことなので。
「全く、この国は王が泥棒しなければ立ち行かないほど行き詰っているらしい。私もそろそろ移住を考えたほうがいいかな?」
「ご冗談を」
仮にも一国の王に対する態度ではないのだが、彼らの関係はかなり近しい物のようで、寧ろ国王のほうが敬語を使うほどの人物であるらしい。そんな人物は、エルフ特有の長い耳を持っている。そんな傲岸不遜の黒い髪のエルフこそ、渡り人であるとされるエクスであった。
渡り人、というのは大陸を渡ってきたとか、旅人のことではない。『異界渡り』をしてきた人物を呼ぶ言葉である。要は異世界人だ。
エクス、というのは自称であり、渡ってきたであろう当初は記憶を失っていた。知識という面に関しての記憶は無事だったが、自身が何者であるのか、どこに住んでいたのか、という思い出や自己を忘却していたのだ。
では何故渡り人であると断定できるかというと、彼の持つ知識が、この世界にはないものだったからである。
ドラゴンを『ヒコウキか?』と言ったり、湯沸かしの魔道具を見て『デンキで動いてるのではないのか?』と問うたりしたことで、その出自が異世界であると断定された。但し、本人がそうだとは言っていないために、『渡り人であるとされる』のだ。
「それで、今度は何用か」
「相変わらずせっかちですな。紅茶を嗜む余裕くらいはあってもいいと思うのですが?」
「何用か」
国王は肩を竦めて執事に目をやる。するとセバスチャンはそばに置いてあった鞄から紙を取り出し、国王に手渡した。
「南にある山で大型のドラゴンが発見されました」
「新種か?」
「分かりませぬ。ですがそれを発見したのはA級の冒険者だったのですが、曰く『見たこともない色と形をしていた』と」
「よし、行ってくる」
新種、見たことがない、そう言われると必ず即断して家を飛び出そうとするのがエクスという人物である。彼は『幻想研究家』として日々あらゆるモンスターを研究しており、それによってあるときは国の発展に貢献し、またある時は討伐に有利な情報を齎したりしていた。その貢献度は図りしれず、またあらゆるモンスターを調査するための「強さ」を持っており、例え国王であっても頭が上がらず、また彼を束縛しようものなら即座に国から消えるか、相手を殺すかしてしまうのである。
「お待ちください。討伐、捕獲、テイム、等による無害化をした際の報酬とモンスター素材の権利に関する書類にサインしてからでお願いいたします」
有能なセバスチャンは動こうとしたエクスを見るや否やそれを制止した。流石である。
「むぅ…相変わらず国というのは面倒な…」
「万が一にも貴方と誰かを敵対させるわけにはいきませんのでご了承くださいませ」
エクスは書類を適当に流し読みしてサインをする。いつものことだから特に詳細は読んでいない。書類は彼のためのものではない、寧ろ彼以外の者のための書類である。セバスチャンが言う通り、万が一にも素材の権利を巡って彼を知らない冒険者と言い争いでも起きれば、面倒くさがりの彼は特に情もない相手であれば取り合えず殺すことを選ぶのである。それを、国王の捺印が押された書類を持っていれば、少なくとも盗賊まがいの命知らずでなければ言い争いに発展させず撤退させることが出来る。その為の書類なのだ。
今回の報酬は白金貨100枚(=1億円相当)、討伐した場合モンスターの素材の1割を国へと卸し、部位によっては交渉するというものである。報酬はモンスターの驚異度合によって変わってくるものの、素材に関してはいつも通りである。尚、交渉によって希望する素材を国が手に入れられたことはない。彼は金では動かない為に。国が望んだものを手に入れる定番としてあるのは、エクスが研究し切った後で邪魔になったりした時に、適当に売り払おうとしたところで介入出来た場合である。国が大枚叩いて手に入れようとしたものを、そこら辺の貧相な子供にタダで渡したりすることもあった。
因みにその子供はそのことに気が付いた王国に素材を売り、その金を元に商売を始め、今では王国随一の大商人として名を馳せていたりする。それに伴い国はどんな子供にも可能性があるということを知り、今では国営の孤児院が建てられ、将来に希望を見出す子供が増え、商売や冒険者として成功する孤児が多くなり、王国は更なる発展をした。
「書類はこれで全部か?」
「ええ、結構でございます」
「では行ってくる。いつも通り勝手に帰れ」
そうしてエクスは濁っていた目を輝かせながら、即座に家を飛び出して行った。
「ふむ…確かに新種だったな」
南にある標高3000mほどの山の頂上で、エクスは一人ごちた。
過去形で述べたように、エクスは即座に山へと昇り新種のドラゴンと接敵、即殲滅したのだった。戦闘描写は割愛する。
「これはドラゴンというより龍に近いな。確かにこの世界に龍などという存在は見たことが無い。概ね大陸は回ったはずだが、未だに新種が出現、或いは生まれるところを見たことが無いのは何故だ?一説では魔力溜まりがその濃度を下げるため付近を通った生物へ魔力譲渡をしているために生物が器を変質していると聞いたことがあるが、やはりそれが正しいのか?でなければここまで巨大に成長したモンスターが今発見されるという矛盾に説明が付かない…。いやしかし…」
これはエクスの癖の一つであり、興味深いと感じた研究対象の死骸を前に考察しているのだ。誰かがその癖について問うたところ、
『お前は目の前に置かれた馳走を食べずに取って置くのか?』
という返答が帰ってきたという。そういうことである。鉄は熱いうちに打てということなのだろうか。
「…新種の出現について考察していても埒が明かない、か。仕方がない。戻って奴を呼び出して面倒だけ先に済ませるか…ん?」
全長50mほどはある龍を空間に収納して、帰還の準備をしたところで、何かに気が付いた。
「この洞窟は…あぁ、奥にドラゴンの宝物庫があるのか。ドラゴンの輝く物を集める性質もあいつは持っていたということは、やはりドラゴンの派生種とみるべきか…まぁいい、興味深い物があるかもしれん。入ってみるか」
そうしてエクスが洞窟の中に入り、宝物庫へとたどり着くと、光り輝く中で一つだけ何故いるのか分からないものがあった。
「これは…獣人の子供か」
それは獣人と呼ばれる人の一種だった。
「珍しい種族なのか?見たことが無いな。猫系、犬系、狼系、狐系、いずれとも特徴が合致しない…」
その獣人の子供が生やしている耳、いや角である。青い角、白い髪、そして長く白い尾。そして尾の付け根には青い鱗がその存在を主張するかのように煌いている。角だけを見れば竜人と言えるかもしれないが、そこに白尾が備わると最早既存の生物とは思えないほどだった。なるほどこれは龍が宝と見るのも頷けるかもしれない。
「おい、生きているか?」
エクスとしては死んでいれば解剖して既存の獣人との差が無いか確認しようかと思っているところだが、生きているならば当たり前だがその限りではない。狂人ではあるかもしれないが気違いではないのだ。
「んっ…」
どうやら寝ていたようだ。寝ぼけた眼は半開きで呆けているが、その青い目の美しさは少し見えるだけでも見るものを魅了するだろう。
「えっ…ここは…どこ?お兄さんは誰?」
ようやく状況を把握したのか、子供は見知らぬ人物が居ることに戸惑いと恐怖を覚えたようだ。
「私はエクス。研究者だ。ここは龍…ドラゴンの宝物庫だ。お前はそのドラゴンの1種にその珍しさから連れ去られてここへ来たのだろう」
「ドラゴン…?」
「何…?ドラゴンも知らないのか」
子供はまるで無知だった。まるで記憶喪失だった時のエクスのように。
「いや…待て。お前、一族か両親はいるか?」
「わ、分からない…。僕は、誰なの?」
まるで、ではなく。事実、目の前の子供は記憶を失っていた。
「いや、あるいは…」
考察に入り掛けた意識を強制的に目の前へと戻す。今は考察している場合ではない。かつて自身がそうであったように、保護しなければならない。
「お前、私と一緒に来い。保護してやる」
「ぼ、僕はどうなるの…?」
「保護、だと言った。お前に寝床を与え、常識を教え、成長を見守る」
「耳の長いお兄さんが、一緒にいてくれるの…?」
自分のことが分からない、相手のことも知らない。それはあらゆる恐怖よりも怖いのをエクスは知っている。自分が信じられない、他人も信じられない。だがそれでも、差し伸べられた手にすがらずにはいられないことを、研究者は識っている。それはかつて、自身が歩んだ道だから。ならば、次は自分が差し伸べる側になって然るべきであろうと、いっそ義務のように。
「そうだ。私がお前の家族となる」
「…」
「それとも、誰の手も借りずに一人で生き延びてみるか?」
「…っ!いやっ!一緒にいて!お願い!」
「ならば付いてこい。私はエクスだ」
「エクス…お兄ちゃんって呼んでも、いい?」
「呼び名は何でも構わない。好きにしろ」
「うん…お兄ちゃん!」
差し伸べた手を大事に、離さないように握る。
「自分の名前を知らないなら、自分で名前を付けろ。私はそうした」
「お兄ちゃんも、自分のことを知らないの?」
「知らない。が、お前よりも知っている。私は私だ」
「そっか…うーん…じゃぁ、ゼト!」
「ほう…何故そんな名を?」
「エクスお兄ちゃんの弟だからね!」
「…そうか」
にぱっと年相応の無邪気な男の子の笑みに、エクスはフッっと微かな笑みを浮かべた。
ゼトのモデルは「クラウドアンテロープ(Cloud Antelope)」という多分創作の動物です。
気になった方は検索してみてください。可愛いですよ。