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「もう大丈夫! 観光客? 知らないうちに、離岸流に運ばれたんだね……」
と、左目の下に軽いアザをこしらえた少年が、優しげな笑顔とともに言った。
彼はそばに浮いているボート――(驚愕! 合成樹脂製の、中型クラスのパワーボートだ!)――に力強く、かつ、しなやかに乗り上がると、チャコに手を伸ばす。チャコは引っ張り上げてもらいながら、同時にその手の体温――先ほどの、密着した相手の体の体温をしっかりと思い出し、赤らんでしまった。
「チャーコッ!」
シンディが今になってクロールでやってくる。チャコは泣きが入った声をあげた。
「シンディッ!」
何やってたのよ……とこれは小声だ。
「大丈夫!?――いなくなったときは、ほんと寿命が縮んだわ!」
立ち泳ぎし、真剣な顔つきでこちらを睨む。
「ごめーん……」
彼女もボートにあげてもらい、ようやく一息ついたのだった。
「僕は、ハリー・アイザック・チャーチル。よかったら、ハリー、て呼んでくれないかな?」
と彼は自己紹介した。とんでもなく珍しいことに、就職せず『上級学校』に通う『学生』だと、さりげなく付け加えた。2年生。――十七才?
彼はボートの収納棚を開けると、中からいくつかの紙袋を取り出した。袋を破り、「はい、使って」と、二人に新品のバスタオルを手渡す。別の袋から、真新しいビーチサンダルも二人分出してきた。
そのあと彼はタオルでざっと体を拭き、これまた別の袋から、糊のきいた半袖のホワイトシャツを出し、腕を通す。前はボタンをせず、開けたままだ。もちろん、シャツの下は、すらりと均整のとれた、黒い水泳パンツ一丁だけの裸である。――チャコ、なんとなくうつむいてしまった。男の子相手の、気恥ずかしさ……またぶり返してしまっている。ああ!
シンディはまったく平気だ。さっそく目を輝かせて質問を発する。
「このパワーボート、あなたの!? すっごい高い品物に見えるんだけど?」
動力船は――というか今の世の中、機械式動力そのものが非常に珍しい。まして個人の趣味の船舶となると、シンディすら驚愕の叫びをあげるほど、高価なのだ。
「一応そうだよ。……親父に買ってもらったんだ。これだけは、感謝してる……感謝しなきゃ、な」
語尾が少し濁った。チャコはその言い方になんとなく疑問を感じたが、シンディは無頓着だ。いちいち指さしながら、
「高効率ウルトラソーラーパネル――セラミック系超伝導モータ――直結ワンシャフト・スリーブレードのジェットポンプ――! マッハ社製SRシリーズの最上級グレード機だわ。うわおっ! さぞかし速いんでしょうね!」
ハリーは驚き、うれしそうに、
「詳しいね? 挺長8.2m幅2.7m、エンジン出力55kw。最高速度は50km/hくらい出せるよ。――どう? お昼時だけど。知り合いがやってる店があるんだ」
「もち、オッケーよ。いつ誘ってくれるかと思ってたんだ。――わたしシンディ。こちらチャコ。チャコ、いいよね?」
「――う、うん。もちろん――」
このままだとシンディに持っていかれちゃう?! 真っ赤な顔で、チャコは精一杯の勇気を出した。
「――ハリー!」
彼は輝くような笑顔を見せた。
「イエス! じゃあレッツ・ゴーだ! ――飛ばすぜ? ちゃんとつかまってろよ!」
ボートは錐モミするような甲高い独特のモータ音をあげ、いきなりドカンと加速した。
「YaaHaaaa――! ――!」
風がぶつかる! 波にジャンプする! オンナノコ二人はそろってかわいい悲鳴をあげた。
「――!」
人力でも魔力でもない機械動力!
人力の到底及ばぬマシンパワー!
力強く荒々しく――気高い野生の悍馬のごときその魅力!
それを人が自在に操るという愉悦!
このときばかりはチャコの『引っ込み』も、どっかに吹っ飛んでいた――!