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3日目(エピローグ)

 あと数時間で夜明けという、この町がようやく寝静まる時分。

 チャコは一人、ベッドを抜け出した。布袋一つ提げ、静かに部屋を出て、非常ドアから建物の外に出る。

 非常階段の踊り場に立ち、深呼吸する。ひんやりとした空気が、アルコールがまだ少し残っている体に気持ちいい。

「……」

 あのあと、シンディに積極的につき合って、なにか、思い出すのがとても恐いことをやらかしたような気がする。

 ぶんぶん、と首を振った。無理して思い出す必要はない。たぶん、後悔する。

 チャコは袋から浮き輪を出すと膨らました。おしりを入れて宙に浮き、そのまま上へ、どんどん高度を上げる。

 

 修業時代、高層域上昇訓練を、先代からイヤと言うほど叩き込まれた。空のその上は、いろいろと危険なのだ。ただ飛んだらいいというものではなかった。

 飛行と同時に、自分の周囲の空気を引き付け、かつ循環させる。空気を活性化させ、鮮度と密度と温度を保持する。昼間だったら、これに紫外線よけのパラソル魔法も追加される。いくつものオプションを併用しないといけないのだ。何度も命を失いかけ、おかげで今では、意識しなくても、数種の魔法をいっぺんに、まるで呼吸のようにできるようになっていた。

 やがてチャコは漂う雲の上に出た。わた雲の、羊のような群れが、その背中を銀色に輝かさせている。チャコは上を見上げた。


 ザ・ストレンジ・ムーン――奇妙な月。今は、半月だった。月の、その半分の奇妙が隠されている。


 月には、正面に縦線が一本、北極から南極まで走っていた。一度、月が半分に割れた……跡である。太古の最終戦争の名残だとも言われている。

「……」

 かつて、月に魔法を届かせてみようと試みたことがあった。そして、物の見事に失敗した。遠すぎたのだ。

「……」

 ――もしかして?

 今の自分なら、届くかもしれない――?

 一瞬本気になりかけて、苦笑した。今は、他にやりたいことがある。

 チャコは静かに空中に声をかけた。

「四人とも出てきて……」

 とたん――

 チャコの四方の空中に、四体の鬼武者が――静かに現れたのだった。


 東方――持国鬼(じこくき)

 見目鮮やかな青色の宝冠を被り、同様に青を基調とした極彩色の装束。肩甲(けんこう)手甲(てこう)胸甲(きょうこう)腹甲(ふくこう)上腰甲(うわようこう)下腰甲(したようこう)脛甲(けいこう)(くつ)――。その甲冑の上に天衣(てんね)を纏っている。右手で刀を執り、その刀身を左手で左大腿に押し当て、ポーズを決めた。


 南方――増長鬼(ぞうちょうき)

 同じく猛々しい朱色の宝冠、朱色を基調とした極彩色の甲冑に身を包む。天衣をなびかせ、天に突き向けた(ほこ)三叉戟(さんさげき)を右手に持ち、左手を腰に当ててポーズを決める。


 西方――広目鬼(こうもくき)

 静謐なる白色系の甲冑を纏い、右手に筆、左手に巻子(かんす)を持ち、永久なる時空を見据えてポーズを決める。


 そして北方――多聞鬼(たもんき)

 色は最強を誇示するかのごとく、黒。右手に宝塔を高く掲げ、左手には宝棒を提げ持ち、ポーズを決める。


 この多聞鬼が、代表して声を発した。

四天鬼(してんき)一同、揃いまして御座ります……」

 チャコは小さく頷き、言ったのだった。

「下の、ピュア湖を……」

 月と、星の綺麗な空だった。チャコは言葉を続ける。

「……湖を、525億個の玉に分割して、この空に浮かべてほしいの」


 一瞬の間のあと――


「――其れは愉快! 愉快!」

「流石は我等が御上!」

「何事も、クララ様の御為とあれば!」

「いざ、往かん――!」

 四鬼はそれぞれ答えると、すっと音もなく落下し、あっという間に雲の下に見えなくなった。

 ほどなく――

 チャコの周囲に、泡立つように、直径一メートルの水の玉が浮かび、漂い始める。

 続々と――

 続々と――

 ――


 月の光を浴び――

 りんかくが輝き――

 そして透明な夜の色を美しく透かして――


 見渡す限り、空いっぱい、空の果てまで――香しき清涼たるピュアの水の玉が、次々と空中に誕生し、浮かび、並んで行くのであった。


 水球を一つ見やる。

「……」

 見た目は同じだが、おとついシンディが作った玉の方が……なんとなく、美しいように思える。

 そう、どことなく哲学的で、深遠で――

 それに比べたら――


 頭を振った。


 チャコは隣に浮かばせている布袋を引き寄せた。中から、トラ縞のビキニを引っ張り出す。

 ごくん、とつばを飲み込んだ。空中で、それに着替えた。きゅっ、と身にくい込んだ。

 そばの水球を千個集め、直径10メートル、約524トンの真球にした。

 身を入れる。冷たさに身震いした。

 水球には魔法の重力が仕組まれている。だから、ぐるりと一周、31.4メートルを泳いでみた。

 天辺に戻ってぷかりと浮かび、宇宙を見上げる。

 星が、動いていた。

 地球が、回転しているのだった。


 やがて――

 チャコはそのままの格好で、つぶやくように声を発する。

「このくらいで、もういいわ……」

 とたん、姿は見えなくも、下方から、遠慮気味な多聞鬼の声が答える。

「まだ一億二千七百九十六万一千五百七十四個で、湖面の水位も十(センチ)程度しか下がっておりませぬが……」

 チャコは朗らかに笑い声をたてた。

「わかったから! もうこれでいいよ! あとはわたしが元に戻しておく」

「仰せのままに……」

 四体の気配が消える――

 この天空に、チャコただ一人だけが残った。


「……」


 あの、黒男は、今のままでは、彼女には、一生勝てない、と言った。


 シンディ……ザ・ストレンジ・レディ――!


 思い出す。あのテンノージの森での出来事を――

 あのとき出現した、羽の生えた、金髪の美少年、この世の者ではない存在を。


 そしてわたし。

 同様に、この世の者ではない、四人の鬼を使役する、このわたし。


 思い出す。春の夜の夢――

 シンディは、こう言った。あなたとわたしは――極女王と!


 シンディ、あなた何者?


 そしてわたし、アナタ何者?


「……」


 ああ――!

 ――

 ――

 ――

 ああいつの日か――!


 正々堂々、おのれの魔法力の全てを出し切り――


 シンディと――


 ――


 雌雄を――


「──決してみたい!!」


 その意志が心の中で、危険に膨らむチャコだった。












注記

作中の『あゆ』『黒バス』および『酒田苔』などの生物は、作者の創作です。

また、とくに事情を知っているわけではありませんが、作者は「ブラックバスは駆除した方がいいんじゃね?」となんとなく思っています。

昔、友達に誘われてバス釣りを計2回ほどやったことがあります。ルアーじゃなくて生きミミズで。釣ることが出来たけど、記念写真撮った後、リリースするのをみて、なんとなく違和感を感じたものです。


さて。最後まで読んでくれてありがとうございます。

ついでに感想とか頂けたら嬉しいんですが、どうでしょう?(笑)

この作品、良かったのかどうか自分で判断できないし、なにより、とても励みになるんです。

面白かったすかね?

似たような他の先生の作品の紹介もしてください。市販の小説でもいいです。僕も読んで参考にしたいです。

よろしくお願いします。


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