17
オーツの夜。十本のハリボテの足が妖しげに蠢く、クラブ邪魔烏賊――!
結局のところ二人は、ぜんぜんモテなかった。
とんでもないウワサが、町全体に広まっていたせいである。
いわく――
『二人はハリーのオンナである……』
『石川組事務所を壊滅させた……』
『構成員を撲殺した……』
『ゴエモンをいてこました……』
『正回転予報官を残忍な拷問に掛け、完膚なきまでに叩きのめした……』
『二人は、世界政府の委託を受けて魔女宮から派遣された、隠密捜査官だったらしい……』
『最高魔女直属の親衛隊で、ものごっつう高位の、べらぼうな実力者だったらしい……』
『ゴエモンに代わって、ハリーが石川組を継ぐことになったらしい……』
『二人はハリーにメロメロで、ハリーの言うことならなんでも聞くらしい……』
『ハリーの不利益になる連中は、かたっぱしから魚のエサに変えられたらしい……』
『二人は魔女宮に反旗を翻し――』
『オーツを巻き込んだ――』
『戦争――』
……ミラーボールが色とりどりの光で闇を掻き回す中、そろってこめかみを押さえる二人だった。
それでもシンディはがんばる! お立ち台に立ってすさまじいダンスを繰り広げ、やがては男どもを熱狂させてしまうのだ。
でも、そうやってキバッて集めた男どもの視線が、『さすがハリーのオンナ』になっているのが空しいところだが……。
チャコは気分よろしくなく一人で壁のテーブルにつき、ビクつくウエイターから、この夜、何杯目かの高価なドリンクをサービスされた。
ふてくされ気味に口に運ぶ――その途中で。
後ろから伸びてきた黒い手が、強引にグラスを奪い取った。
びっくりして首をまわすと――あの、黒男だった。
こんなヤンチャな場所で、われ関知せずとでも言いたげな服装。で、例の黒くて長い物騒な『物』も、左腰にちゃんと納まっている。どこからどこまでも場違いな男だった。
男は液体を一口飲んだ。
「コークハイ……チンピラの飲み物だな」
あんた何者よ、とチャコは言わない。チャコは、『不思議な者』にはもう、慣れっこになっているのだ。
「あげるわ、それ。お似合いよ、カッコつけ屋さん」
男はフッ、とは、笑わなかった。変わらず、氷の気配のまま。
「このままだと……」
「……何よ?」
男はチャコをまっすぐ見つめた。チャコは――なぜか、視線を自分からそらしてしまう。
「このままだと、お前は、一生、あの――」
ちらりとお立ち台に目をやる。
「――白い、お友達には、勝てんぞ」
「――」
虚を衝かれた! 完璧に隙を衝かれた! いきなり心臓が早打ちしだす――
「あ……あなた……私たちのなにを知ってるって……言うのよ……!」
この瞬間だった。チャコの脳裏に、到底ありえない、絶対間違っている一つの考えがいきなり閃き、自分で自分に衝撃を受けたのだった。
目の前の黒髪、黒目の男を、しげしげと見つめる。
「あなた……わたしのこと、何か、知ってるの?」
「……」
「あなた……兄妹いる?」
思い出してほしい! チャコは、捨て子だったことを!
それを知っているのか――この男は――
もし知っているのだとしたら――この男は、この男こそは――!?
――
――だが。
その男は、否定のために、ゆっくりと首を振ったのだった。
嘘をついているとは到底思えない、真摯な表情だった。逆に、ある種の謝罪めいた顔色さえ読み取れる。期待させて、悪かったな──
チャコは震えを押し隠し、更に問う。
「あなた、歳は?」
「二十……三、だったか。正確には、知らん……」
およそ八歳差! だが念のために訊いた。
「結婚してる? 子供はいる? 親戚はいる?」
首を振る。
「妻と、一歳になるガキがいたが……二ヶ月前に、二人ともなくした」
心に冷水を浴びせかけられたかのよう――。チャコ、まごつき、また目を一瞬そらす。
「……ごめん」
やっとそれだけを言った。
ここで初めて、その男が、フッ、と笑ったのだった。
ぼんやりと思い出す。二ヶ月前と言えば、タクラカツ村を飛びだした頃だ……。
男はグラスを一気に飲み干すと、もう用が済んだとばかりにあっけなく背を見せ、歩き去って行く。
その背中を呼び止めるすべのない、チャコだった……。