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チャコは、全然平気だった。
「ハリー、大丈夫! 思い出して。ハンデは1対10なのよ。こっちが2匹釣ったら勝ちよ」
「そうだけど……もう時間が……」
その時――
――!
待ちに待ったその瞬間が――二人に訪れたのだった――!
いきなりロッドがしなり――
「?!!!──」
「フックアップ――!!」
ハリーが反射的に叫び――チャコは何かを喚きながらリールを巻き上げる!!!
ハリーが目の色を変えてタモを突き出し――宿縁の敵でも打ち取るがごとくえぐり上げ――!
――!
水音がして、千の滴が飛び散って――!
甲板に黒銀色に輝く魚体がドタドタビタンと跳ね踊り――
「――!」
「――!」
瞳をうるうるさせて見つめ合った!
「――――きゃー、きゃー、きゃーきゃーきゃーきゃーきゃーきゃーッ!!!」
「うわーうわーうわーうわーうわー!!!」
思わず二人抱き合い、肩を背をばんばんし、小躍りし、万歳し、また肩を抱き、また万歳し、ボートの上で小躍りし――!
その間に、ゴエモンが18匹目を釣り上げた。二人とも一瞬で熱が凍った。
だが、チャコ。自信を持って、頼もしくひとつ頷くのだ。
「感触を掴んだ! さあ、これからなんだから!」
「おっしゃ――うっ……」
ハリーが呻き声をあげた。
「――フックが伸びてる!?」
焦ったようすでがさごそと用具入れの箱を引っかき回す。
「――くそっ、同じテールダンサーがない! これ一個だけだったんだ。くそっ、くそっ――」
「ハリー……」
チャコはやさしげに、そして力強く声をかけた。今こそ、そう今こそ、秘密兵器の出番だった。ポーチからシンディのルアーを取り出す。それをみとめてハリーが小首をかしげた。
「スプーン……ハンドメイド?」
「うん。これを使わせて……ラモスのお店のスプーンだよ」
彼は最初戸惑い、やがて、覚悟が決まったのか、あっぱれな笑顔を見せた。
「……お前、たいしたヤツだな?」
ハリーは受け取り、しっかりとラインに付けなおした。
「勝つぞ!」
「うん、勝っちゃう!」
お互いにこぶしを当て――気恥ずかしくなって視線をそらし――そしてしっかりと見つめ合って――チャコは振り向き、思いっきりキャスティングした。
ひゅんッ!
スプーンが大空にまっすぐ飛ぶ――!
初めての、会心の一振りだった――
スプーンは飛びに飛び……着水。
リールを軽く回し始めた――とたん、だった――
ゴン、という衝撃が来た。
「えっ?」
「ヒット!?」
まさかいきなり来るとは思わなかった、さすがシンディのルアー――そう思ったのはまさに一瞬!
ゴゴン……ときてラインが激しく走った!
全身に鳥肌が立つ!
なんだこれわっ!?
ロッドがはかなげに震え――この恐ろしいまでの躍動する重量感――!
グイッ! グイッ、グイグイグイグイグイイイ──ッ!
こっちが引きづり込まれそうだ!
握りしめるこぶしは白くなり、顔面からも血の気が引く。歯がカチカチ言う!
「デカイぞ……。これはとんでもなくデカイぞ……」
つぶやくハリーの顔に緊張の色が浮かぶ。と、そのとき向こうから歓声が上がった。ゴエモン19匹目である!
「集中!!! 気ィそらすな!」
「わ、わぁーーってる!」
ハリーが素早く舵輪と出力レバーに手をかける。ボートがバスの走りに合わせて冷静に湖面を滑り出す――
と――
黒バスの動きが止まった。
そのとき――
向こうからどよめきが伝わってきた。
うおお! ゴエモン20匹目――!?
やばい――!
――いや、まだ釣り上げてはいない――膠着してる!?
ランカー……ビッグフィッシュ……という言葉が風に乗って聞こえて来る。
ハリーの、うわずった声がする。
「ダブルヒット……向こうにも来たらしい。どっちもおそらく、大物だ。もう時間だし、これを釣り上げた方の勝ちだ!」
「――!」