5
レイクサイドホテルのロビーは、冬の日の空気のように冷え切っていた。
チャコ、シンディ、ハリーの三人の10メートルくらい前に、同じく三人の人物が立ちふさがっていた。
その三人の他は、ホテルマンも含めて、誰もいない。
今だったら、床に衝突する羽毛の音さえ、聞こえるのかもしれなかった。
目の前の三人組――
その男の右側に、あの男。ついさきほど、ぶちのめしてやったはずの――傷顔の男。
その男の左側に、真っ赤な、大胆に胸が開いたドレスを着た、おそらく三十代の、黒髪の、表情に険がある女性。右手に細いキセルを持っている。
そして、中央のその男――
大男だった。
白と黒の市松模様のキモノ。
赤に銀色の横縞模様の袖無しハオリ。
えび茶に金色の水玉模様のハカマ。
足は白足袋に皮草鞋。
ホログラムのネールアートそして指輪だらけの左手に、吸い口と火ツボが金色の、長さが五十センチほどの、棍棒のような大ギセルが握られている――
そして。
そのキモノの上に乗る、でっかい頭。
黒髪に金メッシュ――なんとマゲを結っている。
顔には白粉、そして紅色の、隈取りさえしているではありませんかっ――!
男がキセルを一口吸い、煙を天井に吹き上げる。ギョロリとこちらを睨み付けた。
「エエお若けェの、お待ちなせィ──」
張りのある、太い声。夢に出てきそうである。
ハリーが苦い顔をした。
「……親父だ!」
それを聞いてシンディ、
「うわお……」
男の顔をしげしげと見つめて的確な意見を述べる。
「……やっぱり貴方はお母さん似!」
「ふん!」
とこれはチャコ。相手はヤクザの親玉。どうやって引きずり出してやろうかと思っていた御本人だ。むろん、自ら出て来てくれて感謝するわけがない。怒りが再びわき上がっている。男に指さすと、凛と決めつけた。
「ゆるさないからね!」
男は答えず、余裕たっぷりの所作で、びしっと、ミエを切る。
「石ィ川や――」
「?」
「浜の真砂は尽きィるとも――」
「……」
「世にぬすゥびとの――」
「………………………………………………………………………………………………」
「種は尽きまじ――」
……こいつ釜茹にしてやろか、と思った。慌てたふうにシンディが前に出る。
「あのう、自己紹介して頂けないかしら?」
「そっちが名乗るのが先であろう!」
ピシャリと左の女性。外見通りのキンキン声だ。
「わたしシンディ――」
シンディは逆らわなかった。
「こちらチャコ。二人とも諸国漫遊中の浪人の魔女よ。で、貴方は?」
「……位が同じだからと、侮っているのでは、あるまいな?」
シンディは、肩をすくめるにとどめた。
「こんな小娘に――」
「中央が社長――」
じれったくなったのか、うるさそうに遮り、ハリーが話を進める。
「ジェームス・ゴエモン・石川・チャーチル。左がチャウ・サイフェイ二級魔女。この町の正回転予報官殿。右がクロダ。さっきの事務所の所長だ」
クロダ、ハリーにどう見ても不気味としか思えない愛想笑いをして見せる。
「で、三人揃って、オレらに何の用なんだよ?」
ハリーは平然と問いただす。
「その前に――」
とシンディ。
「――そこのクロダさん、なんでここにいるの? あなた、ハリーのパワーボートよりも、速く走れるのかしら?」
チャウ魔女がニマッと笑った。次の瞬間その姿が消え、消えたと思ったらいきなりシンディの眼前に出現する。
「!」
瞬間移動だった!
彼女はフーッ、とシンディに煙を吹きかける。シンディ、たまらず身を引いた。
チャウはハリーに艶っぽく振り向くと、指をパチンと打った。とたん、ハリーの姿がかき消える。
次の瞬間、キンキラキンの社長の前に、ハリーが出現したのだった。
チャウは色気たっぷりな足取りで、元の場所に歩き戻って行く。
「うわあ……」
シンディ、顔の向きはそのままで、チャコにだけ聞こえるように、
「今の、超魔女のワザよ……。ほんと世界は広い。旅はしてみるものね」
チャウが、聞こえたのか満足げに笑む。だがシンディは、こちらも一筋縄ではいかない女だ。
「……でも、多分、あれだけの人ね」
当然ながらチャウの顔色が激変する。
今や父親の真っ正面に立つハリーが、めんどくさげに口を開いた。
「だから、一体なんの用なんだよ! さっさと答えろよ!」
ゴエモンが、意外と可愛らしい、慈しみあふれる笑顔を子供に見せた。声も優しく、
「息子や、そう邪険にするものではない。わざわざ話をつけに、ワシが出向いてやったのだよ……」