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 湖面に太陽が沈みかかり、オレンジ色にまぶしく波が煌めき――美しい光景だった。

 風が涼しい。――ここは誰もいない、オーツの北東の浜辺である。

「こんなところに住んでいる人たちは、幸せね……」

 ついそんな言葉が口から出る。

「チャコらしくない。しっかりしてよ! この町と湖は、今病んでいるのよ!」

「ごめん、うっかりしてた」

 チャコは気を引き締める。シンディがなにかをやろうとしている。こっちも本気にならなきゃいけない。

「で、なにをどうするの?」

「単純明快、黒バスを全部除去する!」

 シンディはさらりと言い切った。チャコはいきなり言われたために意味を理解するのに手間取り、次いで、目を丸くして――湖を左から――右へと――眺め渡した。

「……どうやって? 黒バスって、それこそ何万匹もいるんでしょう? 今はお魚屋さんが困ってるけど、今度はルアー屋さんが困ることにならない? それに、また密放流されるわよ?」

「んもうっ! いっぺんに言わないでよ。だから対処方法と断ったでしょ? 

 まず、商売人なんて、黒バスよりも生命力があるんだから、心配する必要なんてまったくないわ! 断言!

 それから――これがこのアイデアの眼目なんだけど――いっぺんに黒バスが消えたら、誰だって怪しむに決まってる。原因を突きとめるまでは、警戒して密放流もできにくくなる。

 これが『無害な呪い』の正体。その呪いが効いている間に、ハリーとベルンシュタイン博士に、本物の根本的対策を考えてもらったらいいのよ! 博士だったら、なんかアイデアを持っているはずよ」

 チャコは両腕を湖に広げてわめいた!

「この大きな、海みたいな湖相手に、どうやるってのよ!? それが一番の問題じゃない!」

「たしかに! この大ピュア湖を、いっぺんにどうかしようと思っても、無理なことよ。でも――

 太古の人たちは、ぴったしな名言を残してくれてるわ。

 いわく、『困難は分割せよ』!」

 シンディは振り返り、湖面の一点をさっと指さした。みるみる湖面が盛り上がり、丸くなり――

 朝露が草の葉から落ちるように、ぽつん、と抱えるほどの大きさの水球が空中に浮かんだ。そのまま5メートルほど上昇し、そこで静止する。チャコは思わず息をのむ。


 あかね色の空が透けて見える。……なんて綺麗な玉なんだろう!


「直径1メートル。体積0.5236立方メートル。ちなみに重さ523.6キログラム――」

 シンディは向き直った。わかりやすく解説しようと意識しているのだろう――両手を動かしながら――説明を始める。

「ピュア湖の体積は、約275億立方メートル。つまり約525億個の水球に分割することができる、ということ。言ってること、わかるよね? 一つがこれくらいの大きさの『困難』だったら、処理するのは容易だわ!」

 自分の顔が引きつって行くのがわかる。声が震えた。

「……処理って?」

「まず湖を525億個の水球にして空に浮かべる。そのあと、『黒バスだけを別の場所に転送する』という魔法のスクリーンフィルターに通して、もとの湖の窪地に落下させる!」

「――」

 ……

 ……


『嗚呼、これぞ目の法楽(ほうらく)と言わずして、なんといふべきか……!

 地球深くえぐられた巨大な窪地の上空を見上げると、そこには525億個の水の玉が浮かんでいたのであった。

 直径1メートル、約半トンの雨粒が、柴榑(しばくれ)のごとく地に無限に降り注ぎ……』


 ……

 ……

 ……あは、あは、あはははは……


 チャコはそのあまりにも文学的情景に意識を失いかけて、やっとこさ足を踏ん張り、元の地球に帰還したものである!


「……とってもナイスなアイデア! ……と言いたいところだけど」

「だめかしら?」

「現実をちょっと軽視しているように見えるけど、仕組みは間違ってないと思う。二人、力を合わせたら、やってやれないことは――ない――かも、しれない、かも。だけど――」

 チャコは首を振った。意識をしゃんとさせる。

「――あのね、どこか、その――根本、大前提を、誤解しているように、思うの?」

「?」

「つまり――その、黒バスに――罪は、ないのよ――! 悪いのは、生態系を破壊すると知っていながら、自分の幼稚な欲望のために、黒バスを密放流したヤクザたちなの。だから、ここに生きついてしまった黒バスを、今さら、全滅させることは――とても――その――」

 最後まで言えなかった。が、シンディは理解してくれたようだ。

「そっか、チャコはそういや、ボートの上では、共存をほのめかしていたもんね……うーん……」

 一人ごちる。やがて彼女はため息をつき、心持ち肩を落とした。とたん――

 半トンの水球が落下し、湖面で派手な音をたてて砕け、もとの水に戻った。そろそろ暗くなり始めた水面に、円く波が広がる。

 チャコは――

 シンディのアイデアは、とても魅力的だった! それは認める――そう思うチャコだ。

 だけど――


 なんかへんな感覚――だった。


 唐突に黒バスの命を思いやるなんて、なんだかキレイ事のように感じた。偽善のようにも思う。

 本当は――

 本当は、自分は――?


 首を振る。

 イライラした。

 シンディのアイデアは強力だ! 今からでも遅くない、認めるべきだった――

「──だけど、何にもしないでぐずぐすしていると、アユが絶滅してしまうし。やっぱり、シンディの対処法はいいかもしれない!」

「そうね……?」

 突然意見を翻したチャコに、シンディ、何かを探るようにまじまじと見つめてくる。思わず後ずさりするチャコ。シンディ、小首を傾げた。

「少なくとも、急を要することだけは、確かね?」

「……?」

 シンディは可愛く肩をすくめて見せた。

「ああ、今回はほんと、|いろいろな思いが絡み合っている《・・・・・・・・・・・・・・・》。厄介だわ。これ以上、面倒な要素が増えなきゃいいけど……」

 なんだか悪いことをしてしまったような気分にさせられる。

「ごめんね?」

「あやまるなってーの。よくよく考えれば、チャコの言うとおりだわ」

 シンディは悲しそうに微笑んだ。

「わたしとしたことが、ノータリンの単純なアイデアだったわねェ? 恥ずかし! もっとエレガントで、スマートなアイデアじゃなきゃ、わたしじゃないわ」

「とってもおもしろかったよ?」

「フォローになってなーい!」

 二人は声を上げて笑った。笑いながら――

 チャコは──

 シンディのその発想の大胆さと豊かさと、あの――

 磨き上げたように綺麗な水球を作った魔法の才能に――

 表現しづらい、もやもやとした、居心地の悪い、何かしらの感情を覚えていたのだった……。












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