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「そんなはずないわ……」
ひどく緊張しながらシンディがつぶやく。
「ウジは、もうないのよ……?」
その言葉に、チャコは身を千に切り刻まれる思い――!
「だけど、このお茶は、ウジのお茶だわ……」
ラモスはため息をついた。
「そうだ……別にウジじゃない、とは言ってない」
シンディは今ようやく気づいた、というふうに、
「――去年の、取り置きの、お茶ね?」
当然のようにラモスは頷く。チャコは弾けるように叫んだ。
「じゃあ、この香りはなんなのよっ!」
「――」
自分でも理不尽だと思う衝動に突き上げられ、チャコは、半ばなじるように叫んでいたのだった。
「去年のお茶が、こんなに、新茶同様に香るはずないじゃん! インチキ!」
「チャコ!」
「――!」
チャコ、ようやく自制が追いつく。
「――ごめん」
顔が真っ赤になる。
ラモスは、緩やかに肩をすくめた。さすが年の功、チャコを見つめると、優しく微笑して見せたのだ。
「ご親族が、被害に遭われたのかな……?」
「――!!!」
「おいで……見せてあげよう」
そう言うと、ゆっくりと背中を見せた。
案内された所は、裏庭に立つ、なんていうか……土蔵、の前だった。
ラモスは入り口の、分厚い扉を開く。
また、扉が現れる。二重扉だ。なんて奇妙な建物なんだろう……。
ラモスはその扉を開く。そして、三人に、急いで中に入るよう促した。――扉が閉められる。
ラモスは壁のスイッチを入れた。天井の、熱を発しない電灯(掘り出し物!)に、明かりが灯る。
中は――
ひんやりしていて――
木箱がいくつも棚に並び――
その一つ一つの中に、丸缶に密封されたお茶が――
「……」
ラモスが一つを開けてみせる。とたん――
香りが――
――
――
――
ラモスが説明を始める。
「去年、ウジの親戚に、 荒茶を分けてもらったんだ……」
荒茶。収穫後の、まだ葉や茎や粉に選別する前の、ごちゃまぜの状態のお茶のことである。通常はこのあと、選別し、(年間の流通をまかなうために、保存を考えて)強めの火入れを行う。
「……ここにあるのは、その火入れを極力抑えたものなのさ。火入れが強いと……香りがどうしても飛んでしまうからね」
「……それで、どうやって保存しているの!? いえ、言い直します、ここは、保存のために、最適なまでに空気が冷えている。どうやっているの?」
シンディの問いだ。
「見ての通りさ。特別なことは何もしていない。ちょっと、外に出て説明しよう」
全員、また蔵の外に出る。扉が閉じられる。そのあとラモスは後ずさり、蔵の上のタンクをさし示した。
「湖の水をくみ上げて貯めてあるんだ。それを少しずつ蔵の壁に染み込ませて、あとは、外窓の開閉で風を取り込み、気化熱で、内側の壁の温度を下げている。自慢の、自作の工夫だよ」
「……水のコントロールと風のコントロールは、センサーやバルブを使った自動装置?」
シンディの想像に彼はゆっくりと首を振った。
「自然の風は千差万別だ。自動化なんてできないし、そもそもわしにはメカの知識がない。全部手動コントロールだよ。もちろん、水を上にくみ上げるのも、人力だ」
それは僕も時々手伝ってる、とハリーの合いの手。
「たいへんなご苦労だわ……」
「……わしがやっていることは、その日の天気を見て、水の蛇口と窓を、適当に開閉するだけさ。……それだけ」
「ご謙遜を……」
この、お茶と共に息する生活――! 細心の注意を払いながら、根気よく熟成を見守る生活を覚悟しなければ、できる技ではなかった。
「一つ教えて頂いたわ……。感謝……」
最後に呆けたように、シンディがつぶやいた。