13
ハリーが肩から提げていたのはまさしくクーラーボックスで、その中身は、もちろんとれたてのアユだった。ラモスはそれをボックスごと受け取って厨房に消えた。
チャコは落ち着かない。もぞもぞしたり、あっちを見たり、こっちを見たり――
正面にハリーが座っている。視線の持ってき場所に困ってしまう。
これは、ハリーも同様らしく、あっち向いたり、こっちを向いたり――
偶然、目があって、二人とも俯いてしまう。
「……あの」
「……その」
そのまま沈黙だ。
横で知らんぷりしてたシンディ、とうとう吹き出した。
「アハハ……。まったく、二人とも笑わせてくれる。手の焼ける人たちね!」
ハリーを見た。
「ハリー? まず、はっきりさせましょ。貴方、ヤクザの、おそらくトップ、親分さんの、息子さんね?」
ものすごいストレートな問いかけ! ハリーは顔に汗をかき――やがて、意を決したのか、真面目な顔でこくりと頷いた。
「ついでだけど、お母さんはいない。お父さんは貴方を溺愛している」
ハリーは目を丸くした。
「母は僕が五歳の時病死した。なんでわかったんだ?」
「貴方から生活臭が全然感じられないからよ。そのシャツだって、ずっとクリーニング屋任せなんでしょ? 機械洗いでボタンにひびが入ってるわ」
「よく見てるんだな……驚いたよ。溺愛の方は?」
「そんなの簡単。あのバカ高いボート見たら誰だってそう思うわ! 反抗している貴方のご機嫌をわざわざ伺っている、何よりの証拠じゃない。子分どもも貴方にはまったく手を出せないでいるし……。それから、たぶん貴方、お母さん似なんじゃない?」
「全部当たりだ。たまげたよ。降参だ」
シンディは満足げに頷くと、返す刀であっさりとチャコの問題を片づけてしまった。
「ハリー。貴方がいない間に、チャコが、なんて言ってたか教えてあげよっか? チャコったら、『普通』とか『常識』はイヤなんだって! だからハリー、貴方全然オッケーよ」
「わーーーー! シンディ!」
ハリーはなんとか笑顔を作った。まずシンディに感謝するような眼差しを向けると、
「ほんとかい? チャコ」
と期待を込めて問いかけてくる。チャコは
「――うん」
と、自分でも驚くほど素直に、ついでに可愛らしく答えてしまって――顔を赤らめてしまった。
「それに、わたし、トラブルには慣れてるし……」
「?」
「あははははっ!!」
慌てたようにシンディが割り込む。
「ハリー! 食事のあと何しよか? そうだ、アユ釣りしましょっか? あんな高価なもの、ただで戴くの悪いから!」
「いや、アユは――」
「ほら、チャコ! あんたもお願いすんの!」
「う、うん、釣らせて、お願い、ハリー!」
ハリーは、やれやれと――だがはっきりと嬉しそうに――両肩をすくめた。さわやかな笑顔で答える。
「イエス、チャコ! 君のお望みのままに!」