12
ヤクザ全員が、信じられない、というアホ面を見事なまでに横並びに並べている。
「おまえ……だれ……わいらに……その、刃向かって……ただで……」
滑稽なまでにパニックに陥っている。意を決めて、一人が、半分ビクつきながら襲いかかった。
黒い男は――その瞬間、どうしたのだろう――次の瞬間、襲いかかったヤクザが、床に伸びていたのだった。もう、正真正銘、完膚無きまでに、容赦なく。
ラモスじいさんが、ホウ、と目を丸くする。なんだか嬉しそうだ。
「ザパーン国・太古・格闘術……カラテ? ……ケンポー? アンビリーバブル……」
どこからかシンディの震えた声が聞こえる。
黒い男が振り返った。
男を見上げる――
まさに、長身白皙。
二十代前半の、まだ若々しく、それでいて、思慮深げな顔かたち。
黒い長髪、黒目、黒い衣装。裾がボロボロの黒マント。黒のグローブに黒ブーツ。
一見暑苦しい格好なのに、汗粒の一つもかいてなく、逆に寒々とした雰囲気で――
なんとならば――
左腰の革ベルトに、黒柄、長い黒鞘の――(あれは、ひょっとして)――
ザパーン国・太古刀――(本物ならば超々国宝級の!)――きわめて剣呑な物が、落とし込まれており――
男のその真冬の地吹雪のごとき威圧感たるや――!
「――!」
男はチャコを見下ろして――
「この、たわけものめが……」
なぜか抵抗できないチャコの心に遠慮なく、はっきり罵倒を浴びせたのだった。
「な――」
頭に血が上った。なにか言い返そうとして、なぜか、その『なにか』に困って――そうこうするうちに――
男が不意に店の奥に顔を向け、なにやら気を集中させ――
ふん、と鼻を鳴らすと、あっけにとられている全員に背を見せ、あっさりすぎるほどあっさりと、店の外に歩き去って行ってしまったのだった。
「な――な――な――、なによあれ!?」
ようやく言葉が出てシンディを見やるも――
「……」
こっちはこっちで真剣な顔付きで。チャコ、なんだか一人、何かに乗り損ねた気分だった。
だから――
ようやく、といった感じでヤクザが息を吹き返しても、もうチャコには彼等にまるで関心がなくなり――
めんどくさくなり、誰になんと言われようが魔法を今度こそぶつけてさっさと終わりにしてやると決めたとき――ようやく。
ああ、ようやく! お店の奥のドアが開き――
「なにやってんだてめえら!?」
刃物のような怒声が響き渡り――声質が軽めながらもこれはこれで相当な迫力があり、その場がまたしても一瞬で支配されてしまったのだった。
意識のあるヤクザ全員が、凍り付いたようにピタリと動きを止めた。
全員が、振り返る。ああ、ハリー!
ハリー・I・チャーチル!
キミ、遅いぞ、もう! なんだか決定的に遅かりしって感じだぞ!
とは思うものの、やっぱりホッとしたのは紛れもないことで、チャコは心が急に暖かくなった。黒男なんかもうどうでもいい! ハリーだハリー!
ヤクザグループの、傷顔の男が、なんとか笑顔を作った。オドオドと、
「こ、こ、これは、アイザック坊ちゃん。どうも、そ、その……いらしたんで?」
ヤクザのごろつきが怯えている。今日は厄日だ、とでも思っているに違いない。
「出てけ」
「――」
「失せろってんだよ? 聞けねェんかタコ!!!」
これがさっきと同じ人なんだろうか? わが目を疑うチャコだった。