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 ヤクザだった――ひ、ひやっはー!

 向こうもさっそくこちらを見つけて、下品な歓声をあげる。どかどか床を踏みならしながら、あっという間に三人を取り囲んでしまった。

「えろうオイ、色っぽいべっぴんやなあオイ!? オイ、わいにチチもませろやっ――」

 いきなりこれだ! これに比べたら浜辺の男の子たちの、なんと紳士的であったことか。

 男たちは目の色変えて口から泡を飛ばしながら喋り続ける。その内容は――

 チャコは、はっきり言ってものすごく不愉快になった。

 なんでじっと耐え続けなきゃいけないんだろう? こいつら、どんな魔法をぶつけてヤロかと考えて――そのとき。そっと、シンディがチャコの手首を掴んだ。

 見ると、彼女はかすかに首を振る。やってはいけない、おさえて――そう言っている。

(? ……)

 シンディはヤクザのヘビーなセクハラに、毛ほどの動揺もまったく見せていない。それどころか――そのうち――彼女は、けらけらと笑い始めたのだ。

 まるで、生まれて初めて見る珍妙な動物を前にして、おもしろがっている子供のように。

 ヤクザどもがいきなり静まりかえった。

 チャコはようやく気づいた。ヤクザは聞くに堪えがたい言葉を、臭い息とともに吹きかけて来ていたが、それ以上は指一本、こちらに触れてこようとさえしていなかったのだ。もちろん、テーブルをひっくり返す、椅子を投げ飛ばす、窓を割る、といったふるまいもしていない。

 なぜこんな素敵なお店がガラガラなのか?

 今ならはっきりわかる。

(イヤガラセ! 営業妨害だ――!)

 ようするに男らは、その道のプロだった。犯行の尻尾を取られないよう、彼らは口だけの嫌がらせに徹していたのだ。

 

 そこを、シンディに見透かされた。なんにもできない男どもを、彼女はあざ笑ってやったのである。――わざわざ!


 ああ、脅えるそぶりを見せ、そそくさとお店を出て行ったら、何事も起こらなかっただろうに!

 シンディにそんなこと期待する方が間違っている。だけど――

 ……あはは、もう遅い!

 こわもての矜持を傷つけられ――

 横っ面、額から顎にかけて刃傷のある男が、その気味の悪いツラを、ヘラヘラと笑わせながら近づけた。

「なぁ可愛いねーちゃん、ずいぶんと、え? ナメてくれるやないけ?」

 自分の方が舐めるような声を出す。

「わいら、何にもできゃあしないと、タカくくってんや――」

「おじさん、じゃあアユの天ぷらでお願いねっ」

「あいよ……」

 ラモスが、これまた平然と返答する。ヤクザ全員が顔をどす黒く変色させた。

 ラモスは、偶然正面に立ちふさがった格好になった、一番三下っぽい若い男を肩でめんどくさそうに押しのけた。

 三下男は不様によろめき――柱にゴンと頭を打ち――一瞬信じられないという表情を作り、次の瞬間、真っ赤になってブチ切れた!

「ジジイッ――クソだらああああああ!!」

 右手に火花のようにナイフが出現する――見ていた傷顔ヤクザが、アッ、という顔になった。

「ヤスっ、おいヤメロそのジジイは――!」

 チャコは――

 チャコの肘をシンディが強く握った! なんでシンディ間に合わない――!?

 ナイフが煌めく――!

 次の瞬間、ヤスと呼ばれたその若い男が、鈍い音とともに床に叩き付けられていた。……ぴくりとも動かない。かんぺきに、伸びている。

「!」

 ラモスが、実に優雅に――空中に旋回させた左足を――床に下ろす。

「……ね?」

 と小声でシンディ。

「大丈夫だったでしょ? 思った通り、ラモス、格闘術の心得があったんだ」

「なにのんびりしたこと言ってんのよ!」

 チャコ、小声で激しく――

「こうなったら、もうただじゃすまない――」

 最後まで言い終わらないうちにヤクザの怒声にかき消された。

 何人かがラモスに襲いかかり――

 そして残った全員が――

 暴力と蹂躙の血に狂った声が、二人に振り落ちてくる――

「可愛いねえちゃん、じじいを、恨むんだ、なぁあああああ――!!!」

 バスタオルがはぎ取られる。水着のカタヒモに手がかかる――!

 今度こそ、こいつらアヒルに変えてガアガア歌わせてやると決意の眼差しをシンディに向けると――それでも!!

 シンディは、はっきりと首を横に振ったのだった!?

「なっ、なに考え――」

 そのとき、店のドアが弾け飛ぶように開いた。

「やっと戻って来た!」

 シンディがニンマリと笑い――次の瞬間、真っ青に顔をこわばらせたのだった!

「ドアが開いた!?――奥のドアじゃなくて、店の玄関のドアが開いた!?」

 なんだかわからないがシンディの計算が狂った!? チャコは一瞬にして恐怖に囚われ!

「――!」

 イメージの満足に伴わない不安定な魔法を発動させかけて――

 ──

 ──

 ──

 ──


「やめとけ……」


 男の声――胸の奥に無遠慮にズドンと落ちて来るような、それでいて自然きわまりない声音の……。

 次の瞬間――

 チャコ、シンディに被さっていた不快な圧力がふっと消え――

 振り返ると――


 そこに、二人をかばうように背を見せて──

 長身の、黒い男が、すっくと立っていたのだった。











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