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ラモスも相当のんびりしている。
「一尾、六百……エン、かな……」
「ふうん、なんだ――」
「ちょ、ちょ、ちょっと――」
慌てて割り込むチャコ。
「――おじさん! 六百エンは、いっくらなんでも、ないでしょう!? 桁一つ、二つ、間違ってない?」
無情にもラモスは首を振る。
この人、へんくつだけど正直者であることは確かだ。だからこそチャコは決断した。
「キャンセル。他のにしましょ」
「ちょ、ちょ――」
今度はシンディが慌てる番だ。チャコの脇腹をつつきながら真剣な顔付きで、
「だからこそよ、チャコ! チャンスロスしたくないの。極端な話、今食べなきゃ、この次はもうないかもしれないじゃない!? チャコ、わたしはあなたに、あの美味を味わってもらいたいのよ!」
「人にかこつけて、あなたが食べたいだけでしょっ」
シンディ、ぺろっと舌を出した。
「チャコおおおんんん……」
甘えた声を出してくる。
「……エゲツないコトゆーけど、わたしたちは、幸い、お金には――そう困ってないわ」
ああそのとおり! まさに『ホシノテングタケ』様々である。だがそれはヤンのものであり、ニコラが大奮発してくれたからである。忘れちゃいけないんだ!
チャコ、気合いを込めて目を冷たく細めてシンディを見下すように見やる。シンディ、対抗して上目遣いにお目々をぱちくりさせた。
「……あなたの負けよ、シンディ。あなたド忘れしてる。お財布は今、更衣室のロッカーの中よ」
シンディは目をまん丸にした。
「あらまあチャコったら。お財布ならハリーが持ってるじゃない?」
「……マジで言ってるの?」
「チャコ、彼がここに誘ってくれたのよ?」
「……桁が違うのよ? お魚一匹に、六百エンよ? クレイジーすぎ。それに、あなた一匹で足りるの?」
「彼氏は、お金持ちよ?」
「わたしたち、いやしい女の子と思われるわ!」
「まさか。これが世の常識なのよ?」
「常識? 世の中のそこいらの女の子とおんなじってのはイヤ。結局、そんなレベルの子なんだ、と見切られる!」
「チャコ、これは賭けてもいいけど、彼、逆に喜ぶと思うよ? これまで彼氏におねだりした女の子なんて、たぶん、皆無のはずだから」
「……なんで? いやな言い方だけど、あんなすごい乗り物の、オーナーなのよ? 普通の子だったら――」
「だからよ! ……ねぇ、このような歓楽都市で、あんな高価なボートを所有できる人の親の職業なんて、だいたい決まってると思わない?」
「? ……」
二人、傍目には友愛の雰囲気を醸し出して見せながらも、事実はお互いに真剣勝負のように見つめ合っている。
「……お決まり、で?」
ずううううううっと、突っ立ったままのラモスが、のんびりと口を挟む。チャコは、わいっ、と叫んでしまった。顔が赤らむ。うはっ、恥ずかしい会話を聞かれてしまった――!
なんとか取り繕うと思って、その時になってようやく、あっ、とチャコは気づいた。
「そう言えば――ハリーは、どうしたの?」
ラモスおじさんはニヤリと笑った。
「恐らく……ボートにクーラーボックスを取りに戻ってるんだろう。あいかわらず、段取りの悪い坊やさ」
「クーラーボックス? あら、まあ!」
とシンディ。
彼は彼女にウインクした。
「お金は……気にすることは、ないみたいだな」
シンディの方もラモスに向かって謎めいた微笑みを見せる。秘密を共有する者同士の親密さを醸し出しながら……。
「?」
またも一人取り残されるチャコだった。
と、そのとき店の入り口のドアが開いた。
「ハリー?」
違った。
十人ほどの男たちがどやどやと――
とんがったサングラス。派手なアロハシャツ、短パン姿。金ぴかの指輪にネックレス。胸毛、すね毛モジャモジャ。
太い二の腕に見えるくりからもんもん――
ヤクザだった!