第4話 だれかおれをころしてくれ
王様歴一年。ピカピカの一年生にも、この世界は甘い顔はしてくれない。
丁度俺が王になってから半年で、大陸には戦争の嵐が吹き荒れた。無論、大陸の六割を領土に持つ我が国も他人事ではない訳で。そもそもコーネリアス兄上が生きてるなら王様変わって欲しいっていうか、もうこれ以上土地はいらないのに戦争吹っかけられるのマジ勘弁っていうか。
王様辞めたい。つまるところ、それに尽きる。
はあ、とため息を吐く。最早デフォルトとなった頬杖を突いて、見苦しいデブの命乞いを、俺は聞いていた。
「そんなに震えるな。王となった以上、お前も覚悟していただろうに。悪く思うなよ、俺だっていつかはそうなるのだから」
不釣り合いなほど大きな椅子に座りながら、俺は男を見下ろした。彼はどこぞの帝国の国王だった。
王様になったんだから。何百万の命を背負ったんだから。
彼が一体どんな理由で攻めてきたかは知らないが、それでも負けたら王家筋が全員殺されることぐらい、当然覚悟していただろうに、男は怖じ気づいたように震えて泣いて命乞いした。
「し、しにっ、しにたくないっ、いやだ! なんでもする、みのがしてくれぇ!!」
「何を言う。王となった瞬間から理解していただろう。お前こそが国で、国こそがお前なのだ。お前の国は俺の国に負けた。ならばお前は俺に負けたのだ。敗者は勝者に従うのみ。殺さねば後に色々と支障がある故な、お前を生かす訳にはいかん」
パチン、と指を鳴らすと、コーネリアス兄上がペンと紙を持ってきてくれた。目の前の男を殺すかどうかの最終審判の書類だった。これを扱うのは重鎮のみで、中でも最終審判書類の押印自体は、神官長と俺以外には不可能だ。
刑事事件による死刑判決は神官長率いる神殿メンバーにお任せしているが、戦争や内紛時の対処時の処刑は俺たちだけの特権にした。下っ端に袖の下を渡したりして、運良く生き残られたりしたら困るからな。
さらさらとサインを書くと、コーネリアス兄上を介し、処刑人に受け取ってもらう。彼は小さく俺に頷くと、大きく手を振りあげて斧を構えた。
「まて、やめてくれ、おねがっ」
ぼとん。首桶に無事入った首を、専門の使用人たちが運んでいく。これにて今回の、『南西戦線の帝国の横槍による拡大により始まった第二次トレニー戦争』は完全に終了した。
いやはや、まさか戦争中の二国間に首を突っ込んでくるとは思わなんだ。こっちは領土が広いせいで、何もしなくてもあっちこっちから侵攻されてるから、自分から突っ込んで行く気持ちがよく理解出来んな。
頬杖を止めて、椅子から立ち上がる。処刑場にわざわざ新しく誂えたそれは、なんの注文も付けなかったせいか、仲介したコーネリアス兄上の趣味が滲み出た笑えるぐらい豪華な一品になっている。
背後にコーネリアス兄上と幾人かの使用人を引き連れつつ執務室に戻る。機密があるので、中に入るのはコーネリアス兄上と俺のみだ。普段は宰相も居るのだが、今日は妹の一人が危篤だそうで、有給を取っている。
朝から嫌なもん見たなー、と俺はため息を吐きながら印章を手に取る。馬鹿みたいにある書類に印をパコパコ押していく内、コーネリアス兄上が俺の書類を仕分けながら、モジモジと尋ねた。
「……フレデリック、そのぅ、なんだ。私は……生きていて、いいのか?」
何言ってんだこいつ? ついに頭おかしくなったか? 俺はそう思いつつも、なるべく優しげに微笑んだ。まあ、さもありなん。ストレスだって溜まるだろう。この人は本当に人望がねぇし、今もあわよくばみてぇなノリで俺の信奉者に殺されかけているのだ。
確かに汚職とか結構凄いけど、その分有能なんだから許してやって欲しい。サイコパスだけどそんなのシン王子――あ、もう国王になったんだったか――と同じだしな。
「死なば諸共、ですよ兄上。この世の地獄で、最後まで一緒に苦しみましょう」
(副音声)一人だけ逃げられると思ってんじゃねぇぞオラ俺だって死にてぇわ。
「フ、フレデリック……! そうだな、お前が死ぬまで、俺はずっとお前に仕え続けるからな!!」
何喜んでんだ気色悪ィ。
あーあ、死にてぇなぁ。他人様殺してまで生かす価値ある命じゃねぇんだよなコチトラよぉ。でも今自殺したら戦線何個崩れるんだろうなぁ。死ね無ぇなぁ。
だって俺、王様だもんなぁ。
○登場人物紹介と小話
⊿アストラン・フレデリック
前世の記憶があるだけの割と平凡な男だが、だからこそ王の重みを過剰なまでに理解している。
小心者なため、生まれつき王族のコーネリアスよりも民の血税を意識しまくっており、それ故に国と一心同体であり、敵前逃亡という発想がない。そういうのは戴冠式の時に全部諦めた。
戦争に負けたら自分の首と私財を差し出して国民を守ったあと、突然のハラキリショーを始める。いや……王様ってこういうもんでしょ……?
戦争がやたらと多い時代背景に辟易としている。相手が攻めてくるので、仕方なく迎撃した後、敵国の重鎮を皆殺しにして首を全部すげ替えるスタイル。
自動的に領地が増え、金もがっぽり儲かっているが、人手が圧倒的に足りない。過労死しそう。死にたいけど死んだ時の民の損失を考えると罪悪感で死ねない。何の責任も持ちたくなかったのに……。
どこぞの国に侵略されて心置き無く殺されたい。クーデターでもいいから自分に責任がない形で他殺されたい。
⊿アストラン・コーネリアス
死ぬほど人望がない。それなりの能力はあるはずだが、異様なまでに運がなく、大体の政策が地震や台風で台無しになる。その上本人の性格が元からクズ寄りなので(人望的意味で)救いようがない。
弟の持論的に、敗者である自分はいつか殺されるんじゃないだろうか、と戦々恐々としていたが、『死なば諸共』発言により『フレデリックと一緒に死ぬ→フレデリックが死ぬまで自分は死ななくてもいい→現在の割と良いポジションのまま天寿を迎えられる』と戴冠式の一件から心酔気味だったのが加速度的に狂信的になった。弟ガチ勢。
⊿父上
コーネリアスでもフレデリックでもどっちでも良かったのだが、コーネリアスが謎の不運に襲われていたため、フレデリックが十歳の頃には既にフレデリックへと王位を譲るつもりだった。
騙されて印を押した時は焦ったが、執事長の機転により時間を稼げた。
シンの密告により、頭の片隅で一応策は練っていたし、迅速にフレデリックを無事拘束できた。罪悪感は特にない。
⊿シン
仲良しな友達と会えなくなるのが寂しかったので密告した。特に後悔はない。
王になった後は温厚に治世を行うが、フレデリックの復讐により、国家単位で従属させられる。特に不満はないし寧ろ会う回数が増えたのでハッピー。
唯一の肉親の姉さえ平穏に生きていれば他は気にならない。
多分やる気が残ってたら後日談で革命家とかが出てきてジャンルが戦記ものになると思う
いつになるか分からないけれども……