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金楔の国王  作者: どっすん丼
エクストリーム戴冠式編
2/7

第2話 鎖は金に輝いていた


 『フレデリック、君はやっぱり相変わらずだね』


 夢だ。この光景には見覚えがある。三ヶ月前に、隣国の妾腹生まれの王族の、シンという友人が外遊に来た時の夢だ。


 『相変わらずと言われても、俺はずっとこうさ。生まれた時から、ずっとずっとこうだったよ』


 肩を竦めて紅茶を飲む。シンの国の茶葉は美味しい。牛乳が甘く香って、リプ〇ンのミルクティが脳裏に浮かぶ味だ。あれより数段高級だが。


 『ふふ。じゃあ、生まれてから今まで、十九年越しの悲願がもうすぐ叶うんだね。確か君の誕生日は三ヶ月後だったっけ。パーティーと、どちらを先に行うんだい?』


 『そりゃ、勿論父上への嘆願が先だ。そこで"誕生日プレゼント"を貰った後、パーティーで発表。完璧なスケジュールだ。今からでもワクワクが止まらないね』


 『そっか、そういう予定なんだね。なら、王子の君との付き合いは、そこで終わりかぁ……。……何だか感慨深いなぁ。妾腹の僕みたいな奴に、君が手を貸してくれたから、僕は最後の王位継承権保持者として残れた。だけど、君の予定では、僕が王様になる頃には、君はもう一般人で、しかも僕の国に居着くでもなく、あちこちを旅して楽しもうって訳なんだね』


 不貞腐れたようなことを言うが、シンは何故かニヤニヤとチェシャ猫のように笑っていた。

 俺は不思議に思うが、慰めてやろうと思い立ち、紅茶の香りを惜しみながら、カップを机に置いた。


 『まあ、頻繁にお前の国には訪れることにするよ。そう拗ねるな』


 『君みたいな高貴な奴が、民間人を装えるか心配だけどね。検問に引っかかるんじゃないかい』


 『馬鹿言え、俺ほど庶民的態度に造詣が深い貴族はそうそういないぞ。常日頃からのこの態度や話し方は、いつだってバッサリ捨てられる。俺は王族なんて――』


 真平ゴメンなんだ、と言おうとして、口を噤んだ。


 目の前のシンという男は、死ぬほど野心が強い奴で、妾腹生まれでありながら、俺と出会う頃には既に三人の王位継承権保持者を暗殺していたとんでもねぇ奴だった。


 その猛烈な野心の裏には、無残に死んだ彼の母や、姉の境遇の凄惨さがある。

 そんな彼の前で王権を否定するのはよくない。俺は紅茶をまた飲んで、ため息を吐いた。


 『シン。俺はただ、他の何でもないアストラン・フレデリックで居たい。本当に、それだけなんだ』



◆◆◆◆◆◆



 「では――アストラン・フレデリックを、王とすることに賛成するものは起立せよ」


 最初に戻ったのは、聴覚だった。


 「賛成します」「認めましょう」「認めます」「賛成です」「賛成だ」「異議なし」


 人の靴音が聞こえる。それから、衣擦れの音。

 暫くの後、聞いたことのある人間の、呻くような声が聞こえた。まだ眠いせいだろうか。声は聞こえるが、頭の中で上手く処理ができない。


 「くそっ、有り得ない……! 本当に許されると思っているのか?」


 この声、誰だっけ? などと思いながら、俺は自分の意識が現実へ近付いていくのを感じていた。

 確か、俺は父上の部屋へ向かっていた筈だった。背後には、何故か同行を申し出た執事長を伴っていて……。


 「並び立つ王国議員がお前には見えぬか。彼らの中に座したものはおらず、これは何ら法に触れる処置ではない」


 「っ、愚王めが!! こちらには、弟との契約書があるのだぞ!」


 「私的なものだ。公的な書類ではない」


 「大鷲の首、龍の鉤爪ッ!! どう見ても王族の証だろうが!」


 「残念ながらそれを発行したものは成人ではない。法的な意味は一切持たないことになる。……いい加減にしろ、コーネリアス。お前に勝ちの目はないのだ。議会の賛成、我が同意、そして――」


 目が開く。眩しい。完全に意識が覚醒し、頭の回転は平常時に戻った。

 そして、嫌な予感が全身を這い回るのを感じていた。


 「ん、ぅ……?」


 「――フレデリックは、紛れもない王位継承権保持者(・・・・・・・・)なのだから」


 え?


 元通りになった頭が完全にショートする。


 え? なんて? もっかい言って?


 パチパチ、と瞬きをして、それからやけに全身が重いのを感じ取る。見下ろすと何故か――本当に、何故か――俺は正装を着せられていた。勿論、記憶に残る最後の自分の格好とは違う。


 しかも何故か――本当になんでだろう僕には意味がわからないよ――俺は、玉座に座っていて、父上が目の前に立っている。


 あはは、何でだろうね、何でなんだろう、何にもわかんねーよ、分かんないままでいたいなぁ……。


 「我が帝国は長らく大陸にて栄華を築き上げてきた。故に、我が国の行く末は大陸の行く末を左右する」


 「然り。コーネリアス様、貴方様ではその役を担うには、少々荷が重すぎるように思われる」


 待て待て待て待て。待てよ、ホントに待ってくれ。

 目を見開いて辺りを見渡す。国の重鎮たちが円を作って立っている。


 「我ら王国議会、汝を王と認めず」


 「我ら王国議会――フレデリック様を、王と認める」


 ガチャンッ!


 立ち上がろうとした体は、急速に玉座に引き戻された。

 何故か立ち上がれない。いや、それどころか腕の一本さえ動かない。バッと視線を下に向けると、俺は――鎖で繋がれていた。


 え? なにこれ?


 助けを求めて父上を見上げると、彼は憐れんだような、慈しみの込められたような顔で俺の頬を撫でた。左右を見渡すと、妙ににこやかな貴族共と目が合った。


 「ち、ちうえ……?」


 声が情けなく震える。嘘だよな? 誰か嘘だと言ってくれ。

 一番上のコーネリアス兄上が、俺の目の前で痛恨な面持ちで地に座り込んでいる。

 王位継承権を巡る争いに見事勝ち抜き、俺と自身を除いた残り三人をぶち殺した彼が何故そこに居るのか。何故、彼の後ろに近衛兵が立っているのか。


 「コーネリアス。余とて、我が子をこれ以上亡くすのは忍びない。分かってくれるな?」


 は? 何してんだコイツ。


 クソッタレ父上の視線が動いたかと思うと、コーネリアス兄上の首元に剣が添えられた。意味が不明だ。コーネリアス兄上は冷や汗を垂らしながら、小さく頷く。


 「……っくそ!! 異論は、ないッ! 俺も、認めよう……次の王は――フレデリックだ」


 「そうか、そうか。それは良かった。第一位王位継承権を持つコーネリアスが同意し、議会は"契約書"の拘束力を無いものと判決した。どうやら、誰にも異論はないようだ。では、これより――」


 「お、お待ち下さい」


 場がしんと静まり返る。まるで俺が空気の読めないやつのようだが、いや待て、待ってくれ。寝起きであまりに情報量が多すぎやしないか?

 それでも分かることぐらいある。意味不明なことに、議会の有力貴族、その上兄上も、それからそれから――父上さえもが、俺を王に担ぎあげようとしている。ように見える。気のせいであって欲しい。


 「ち、父上、どうかお考え直しを」


 手を伸ばそうとして、しゃらりと鎖が擦れる音がした。誰だよこれ付けるのにゴーサイン出したヤツは。


 「昨日、私は確か……父上の部屋へ行き、嘆願したはずです。そう、"書類"を貴方に差し出して――父上は、確かに、そう、確かに! それに押印した!!

 書類は――"あれ"は受理されたはずだ! 私を廃嫡する契約書(・・・・・・・)に、貴方は確かに印を押した!! それから――」


 それから? それからどうしたんだった?

 覚えてないが、書類はちゃんと受理されたはずだ。俺が、『何も言わずに、印を押して下さいませんか?』と頼み、『ああ、構わぬぞ』と、判を押しながら父上が微笑む顔を、俺はしっかりと見た記憶があったのだ!


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