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金楔の国王  作者: どっすん丼
エクストリーム戴冠式編
1/7

第1話 王族なんて絶対ヤダ

即落ち二コマを眺める気持ちでお願いします

 一歩――足を進める。念願の一歩だった。人生で一番、只ひたすらに望んでいた一歩だった。


 ああ、口の中が乾いて、上手く唾液を飲み込めない。

 顔は引きつっていないだろうか? 後ろの執事長が俺の動揺を悟っていないことを祈る。


 俺は懐から"ある書類"を取り出した。卓の上で執務をしていた我が父上――そして現国王である――は、微笑みながら万年筆を置き、俺と目を合わせる。


 「父上。昨夜俺は……ついに、成人いたしました」


 俺は緊張に冷え切った手を握りこみ、続きを述べる。


 「そこで、……どうしても、欲しいものがあるのです。どうか――どうか、何も言わずに、印を押して下さいませんか?」


 緊張で震える手を押さえ込み、なんとか涼し気な顔で差し出した"その書類"。

 目玉が飛び出るような額で取り引きされる紙を使用し、俺の名前付きで正式な書式に則ったそれは、みなまでいうまでもなく、"特別な書類"だった。


 つまりそれは、公的な扱いに相応しい紙質と書式のものだったのだ。

 これを用意するのに、俺がどんなに苦労したことか……。


 「ふむ、なるほど? 誕生日プレゼントか。我儘を言わぬお前にしては珍しい……。可愛げのない子供の、久々のおねだりだな? 良いだろう。構わぬぞ」


 父上はそれを見てとり、公的な書類を求めているのを察してしまったようだった。探られるとアイタタタなお腹を抱えた現在の俺からすると、中身を確認されると非常に困ることになる。

 いつ、その優しい父の顔で、なにげなーくペラッと紙を捲られるかと、ハラハラが止まらなかった。心拍数が上昇していく。


 だが、しかし――冗句を口にしながら微笑む父上の様子からして、望みはまだ十二分に残っている。普通は中を検めるものだが、俺は生まれた時からイイコちゃん。信頼と実績がザックザクなのだ。


 ――賭けの勝算は、七割程度だろうか。悪くない。上手くいく、はず。


 わざと執務中に押し入った俺の思惑通り、父上は直前まで使用していた印章を持ち上げる。

 華々しく重々しい国王にしか許されないそれを、確かに持ち上げて――しっかりと、"その書類"に印を押した。


 ――やった!! 押したぞ! やった、やってやったぞ!!


 俺は自身の口角がぐい、と持ち上がるのを感じながら、拳を強く握りしめた。何年越しもの願いが、漸く叶った瞬間だった。万感の思いと共に、強張っていた体から力が抜けていく。

 ほう、と満足と安堵の吐息を漏らし、希望に満ち満ちた書類をうっとりと見つめる。

 脳が幸福と安心にどっぷりと浸り、視界に幻覚が現れた。あれ、なんか……世界って、こんなに明るかったっけ……!

 今の俺は、印影が煌めいているようにも、書類が眩しく輝いているようにも錯覚していた。


 じわじわと実感がわいてくる。安心の次にやってきたのは、喜びの雨あられ、歓喜の大洪水だった。

 ハレルヤ! 快哉の叫びが胸の内から響き渡る。顔がニヤけるのを抑えられないどころか、恐らく俺は今、満面の笑みを浮かべてしまっているだろう。でも嬉しいんだから仕方なくない!? 飛び跳ねてひゃっほー!! とかいうの我慢してるんだよこっちは。


 父上はそんな俺の様子を見て、流石に訝ったように、数度瞬いた。ううん、さもありなん。俺めっちゃ嬉しそうだもんな。でもちょっと目敏すぎない? 老眼はまだなんですかねえ?


 「しかし……本当に珍しい。お前は一体何を欲したのだ?」


 「っえ? ちょ、待っ――」


 すっかり気を抜いていた俺を尻目に、父上は印の欄だけが見えていた書類に手を伸ばす。


 そして、その中身を――見て、しまった。


 「――な……!! 馬鹿な……っ、あの若造の与太話(・・・・・・・・)が、まさか真になろうとは! ――否、否、ありえぬ!! 我が目は老いに狂ったか!?」


 王は泡を食った様子で取り乱し、老いて尚鋭い目で俺を睨んだ。偽りを許さない目であるが、今の俺にとっては痛くも痒くもないものだった。


 「これは! これは一体――どういう事だ!? 我が問に偽りなく応えよ、フレデリック!!」


 「ふ、っ、く、ははは……!! ええ、ええ、何なりとどうぞ? 父上!」


 見られたものは仕方ない。その程度のハプニング、とっくに想定済みである。

 そしてこの程度の計画のズレなど、もはやなんの問題にもなりはしない。印が押された以上、全ては手遅れなのだ!


 「――廃嫡(・・)の申し出など……! 貴様、一体どういうつもりだ――第五王子、アストラン・フレデリック!!」


 未だかつて無いほどの剣幕で憤怒する父上を前に、俺はそれでも笑っていた。にやけていた。

 だって――だって、もう捺印されてしまっているのだから、どうしようもない。国王が、正式な書類へと、俺の名のもとに、しっかりと印を押した! これがどうして簡単に覆せようか!?


 破ろうが燃やそうがその事実は変わらない。行政の長として、決して越えてはならぬ義務と倫理の一線だ。

 父は、それを犯すことを選ぶような、畜生の如き外道ではない!


 書類を認可された俺には、どうとでも出来るのだ。

 一方で、許可してしまった父上には、どうしようもない!


 俺は勝利の甘美な味わいに酔いしれつつ、口角を大きく上げて、いっそ大げさなくらいに微笑んだ。

 自然と溢れる笑みが収まらないのだ。だって、胸の裏の快哉を、本当に叫んでしまいたくなるほどの喜びだったもので!


 「嗚呼――最高の誕生日プレゼントを、どうもありがとうございます! 父上!!」



◆◆◆◆◆◆



 凄いね、負い目があったんだよ。俺にはさ。


 だってさ、『帝王学なんてわかりません〜ほにゃにゃ〜><』な一般的なモブ男がさ、目が覚めたら第五王子になってる状況で、罪悪感以外の感情なんて抱きようがないよな?


 少なくとも俺は申し訳なさしか感じなかった訳だ。王位継承しなくても他所の貴族さんと結婚したり、それなりの役職に就けられたりはするんだし、そりゃあ死ぬ気で勉強するしかなかった。

 だって王族だよ? 国で一番偉いんだぞ? 他人の税金食って生きるんだぞ? そんなの申し訳無さすぎるし、前世平民だった内なる俺が憤って仕方ねぇわ。


 幸いにもこの国、王子は十人、姫は三人の大所帯。姫がちと少ないが、充分な後継候補がいるというのは俺的にかなりデカイ。

 あらゆる書物を読み漁ったところ、王位継承権保持者の数が多い場合は、王家から出奔して神殿に入ることも可能らしいし、つまりは、最悪男の象徴とお別れするだけで俺の王族ライフに終止符を打つことも可能……いやでもこの選択肢は最後の方まで取っておきたい。出来れば息子とは生涯共に在りたいしな……。


 閑話休題。俺の息子のことは置いておいて、とにかく、俺が必死に勉学に励んだことのみを知っておいて欲しい。


 実は、今世の体は王族だけあって、顔も声も頭もいいのだ。

 顔のいい女、声の良い女、頭のいい女、を代々好色な王サマ方が貪ってきていただけあって、かなりハイスペックボディに生まれていた。

 死ぬほど面倒臭い王族マナーも、俺はその恩恵によって、何とか習得していくことが出来た。それどころか、楽しむ余裕すらあった。


 まず最初にハマったのは音楽だった。

 マナーやら歴史やらの詰まらん授業の合間の実技。これがまあホントーに面白い。

 思った通りに声も指も動くし、何より前世の曲を奏でると郷愁の念が多少は慰められるのだ。


 で、次が剣術。前述通り好き勝手動く素敵なボディはバク転だってバク宙だって楽勝。汗を流すと心もスッキリして、ストレスの解消にもなった。

 これのお陰で、『王族止めてぇ王族止めてぇ』と毎日寝る前に考えていたのが、少しずつ頻度が落ち、今となっては週二ペースにまで減った。


 最後に政治全般。

 意外と思うなかれ。恐れで震えが止まらないことに、現在の王太子の立場でさえ、東京都サイズの土地を貧困地域にも無法地帯にも変えることの可能な今の地位ではあるが、だからこそ面白い繋がりが見えてくる。

 東の農耕地域で麦が育ったら買い取って、西の国の鉱石と物々交換し、豊作すぎる際には、時たま他の貴族を通して物価を操る。

 上からの視点というやつだろう。それはまるでゲームのようで、実は、不謹慎ながらも……ちょっと、面白い。よくある街づくりゲーみたいだった。これは国だけど。


 そんな風に苦しさの中にも楽しみを見つけ、俺はすくすく育っていった。そして兄貴×4が王位継承権争いを始めた時も、四人全員に『俺は王位を継ぎません。父に頼んで廃太子にしてもらい、市政に降ります』という宣誓を紙に認めてプレゼントした。

 これは幸運だった。通常ならば、叶いにくい"市政に降りる"という願い。何だか色んな貴族に後ろ盾になられてしまっている俺が、この王位継承権争いの真っ只中だからこそ、"俺を王に推す全員を振り切って逃げる"という俺の最大の望みを、誓いとして次期国王に――なるだろう四人全員に――立てることが出来たのだ。


 俺の内なる市民感に親しみを持ってか、一部の人間は俺を推しているのだが、正直勘弁して欲しい。

 俺が何歳から『レッツ王族を辞めようプラン☆』を練っていたと思ってる? そんな最初から王になる気もない奴に、金やら土地やら利権やらを貢いでも意味はないんだよ! 地味にアピールしてるでしょ!? 「俺は政務向いてないなー」チラッチラってしてるでしょ!?

 自主的に負けに突き進む俺を支援するオッサン共の目を見てると、奇妙な哀れみさえ湧いてくる始末だ。最近罪悪感が酷い。ごめんな、逃亡プランに抜かりはないんだ……。


 何故なら既に賽は投げられてしまっている。俺はもう兄上方に契約書を見せたし、目の前でサインもした。未成年の印の押された書類は法的な拘束力は持たないが、そんなもん兄上たちが王にさえなればどうとでも誤魔化せる。最高権力者サマ万歳!

 どう足掻こうと俺は王にはならないし、王族という柵からも逃げ切ってみせる。その為ならば他国に行くことさえ厭わないし、何ならド田舎村で畑仕事をすることだってお安い御用だ。


 この王国の法律的に、未成年かつ犯罪歴のない王太子のことを――あと自分で言うのもアレなんだがそれなりには有能な俺、つまり第五王子を――如何に父上と言えど廃嫡させることは不可能なので、俺は王位継承権を正式に得る(そして失うこともできる)成人、十九歳になるまでは待機モードに入る。

 上四人の血で血を洗う争いを眺めながら、俺は優雅に酒を飲むだけ。あ〜赤ワインは美味しいなぁ。もし田舎に行くならブドウの美味いところがいいなぁ、なんて。


 そんな風に、夢見ていた。だが、どうやらそれは泡沫の夢。俺はただぼんやりと、ありもしない――あったとしても一瞬の幻に、微睡んでいただけだったらしいと思い知るのは、この、すぐ後のことだった。


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