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撤退戦と一騎打ち


「死ねっ!」


「断る!!」


直家の槍が敵の足軽の胸を貫く。即死した足軽の死体を蹴って槍から引っこ抜き、大きく振り回して近づく足軽を威嚇する。


「これ以上進ませるわけにはいかないんだよ!」


そう吠える直家の身体は満身創痍だ。声を上げて槍を振り回し敵兵を殺さずに威嚇だけに徹するのも身体の回復に専念している為だ。


「ふぬ!その通り!ここを通りたくば我らを倒してからにすることだ!」


直家のいる位置から少し離れた場所で足軽2人の頭を両手で鷲掴みして地面に叩きつけて殺した岩蔵。岩蔵の組員も鍛え抜かれた肉体から繰り出される数々の技に敵の足軽隊が蹴散らされていた。


また、直家の隣にいる蛍も両手に短刀を持ち直家の殴り飛ばした足軽のトドメを刺したり、低身長を生かし足首の健を斬り立てないようにするなど即死攻撃以外にも敵足軽を行動不能にする技を多く使い戦線維持に大きく貢献していた。


「ひぃ、ふぅ、みぃ、これで五十人目っすね!」


ふぅと敵地のど真ん中で一息つく胆力は忍者だからなのか、元からなのか、大物なのかバカなのか未だに謎である。


「くっ、手強い奴らがいるぞ!騎馬隊に側面に回って貰え!先行した我々を叩くつもりだ!」


「騎馬隊はまだ編成が終わってないです!我々足軽隊と部隊長の武士に相手していただくしか…」


「編成など…悠長にしていたら奴ら山に逃げるぞ!平野にいる今しか無いだろう!」


「もういいか……退くぞ!逃げろ!」


「あっ!クソッ!追えぇ!」


村下勝真が討死したという噂が流れて部隊が崩れてもう30分程たった。初めは敵に勢いがあり、初めて聞く轟音と気が付いたら味方が死ぬという状況に大きく混乱したが、それも必死で逃げる足の速さが奏したのか敵の射撃隊の射程から外れて今に至るまで追いつかれていない。


そうなると敵の追撃の主なる部隊は足軽隊になる。虎の子である騎馬隊は長内が討死した時に崩れた影響で数を大きく減らし再編成に時間がかかっているという。例え、編成が終わっても大きく数を減らされた為にもはや戦場での決定力は無いに等しい。それに、森に入ってしまえば騎馬隊など殆ど役にはたちはしない。


状況は些か好転したと言えよう。最悪から悪いに変わっただけだが。なにせ、追撃とよく分からない射撃によって大きく数を減らされたのだ。もはや、敵とまともにぶつかるだけの兵力は無い。


士気が壊滅的になっているが、壊滅しないのは村下勝真が死んだと敵大将は言っているがその首を見ていないというのと、羽白山には堅牢な砦を構えてその中に総大将たる川上義持がいるはずだと思っているから。


この二つの事が潰走する一歩手前の足軽隊を支えていた。直家達もこれを信じて走っているのだ。あれだけ強い村下勝真は死なないし、無能だが総大将としてあるだけで士気が上がる存在がまだ生きているのはまだ川上軍が負けていないという事実になるのだ。


また、兵力が集まり村下勝真が現れて敵を蹴散らすだろうと。そう、足軽隊は信じていた。いや、信じなければ殺されるしかないのだ。現実ではなく願望を信じこみ必死に山に走る。


ただ、皆が山に走るのと同様に敵も必死にこちらを殺しにかかって来ているのだ。そうなると後続部隊が次々に殺されていく。これでは山に到着する頃にはタダでさえ少ない兵がもっと少なくなるだろう。それでは、その先に待つ砦で立て篭もって戦う計画だって出来なくなる可能性がある。今だって結構兵力的にはギリギリなのだ。それ以上減らされては堪らない。


それゆえに直家は僅かな足軽と蛍、岩蔵達と一緒に退いては反転し敵を止めて。また敵が増えてきたら退いて…と繰り返し味方の退却を支援していた。


直家達にとって最悪なのは軍が完全に崩壊し敵の追撃をずっと受け続けること。下手したら、そのまま本城まで追撃されて落とされる可能性すらあるのだ。多少無茶してもここで止めなければならない。


「…よしっ!反転!伸びた敵の頭を叩くぞ!」


直家がやっているのは出石村の裏山で散々妖怪達と死の追いかけっこした時に使っていた戦法。後ろに後退しながら敵に包囲されないように気を付け、時折反転して先頭にいる妖怪を倒して頃合にまた逃げるという方法だ。口で言うのは簡単だが逃げるタイミングや手早く敵の先頭を殺す事、敵も学習し回り込む妖怪の対応策何より逃げる体力が必要という中々に高度な技術であるのだ。


それを今、軍勢を率いながら直家はやっている。1人でやっている時とは比べ物にならないほど難しく直家の理想としたタイミングよりどれも少しズレてしまう。それでも、周りの目は敵を翻弄し難しい殿役をこなす指揮官に見えるようで。


「お主!このような才があったとはな!やるではないか!てっきり丈夫な以外は見るところが無いと思っていたぞ!ワハハハッ!」


「直家にこんな指揮技術が…似合わねぇっすね」


心底うるせぇよと思ったが、そこをぐっと堪えて敵に集中する。戦いながら周りを注意深く見て回り込み部隊がいないかを確認、後続部隊が到着するまでの時間を計算しどのタイミングで後退の指示を出すかを考えるのに必死になる。


「待てぇい!貴様がこの殿の隊長であろう!見事な采配!名のある武士であるはずだ!名を名乗れ!俺の名は水町長持である!」


直家と同じく槍を振り回す敵の部隊長が逃げて捕まえられない直家達に業を煮やしたのか前に出て直家に目を付ける。


「…………」


正直ゲンナリした気分だ。名のある武士ではないし、正式には隊長でも無い。名を名乗らなければならない流れではあるが戦っている暇もない。こういう時に、猿吉が入ればすぐに方がつくのだが…最初の突撃作戦で妖力を使いすぎて敵に突っ込もうとする猿吉を長貴が引っ張りながら先に退いて行ってしまったのだ。


「はぁ……俺の名は直家だ!ただの直家!武士ではないからな!正々堂々とはいかないぞ!」


「ほう!では名のある開拓者か傭兵のはず!一騎打ちを所望する!貴様ら止まれ!」


だから名がねえって言ってるし正々堂々とやらないから一騎打ちも無ぇ!話聞けよ!あぁ、敵の部隊長が足軽隊を止めちゃったし…やらなければならない流れになっちゃった。味方部隊もおぉ、やるのか!場を整えなければと戦闘を辞めちゃったし…。こうなれば


「……受けるぞ!」


ならば迷っている暇はない。すぐに槍を構え、敵の部隊長に突撃する。こうしている間に敵の後続部隊が迫ってるのだが…本当は逃げた方がいいかもしれないが士気が低い川上軍は少し無茶して士気を上げないとならない。


多分、敵もただの武士道精神にのっとって古臭い一騎打ちなんぞ言った訳じゃないだろう。目障りな殿隊を潰して先の本隊を攻撃したいが為に賭けに出たのだろう。直家にとっても敵の部隊長を殺せば一時的に敵の先頭部隊が崩れて直家達、殿隊の負担が軽くなる。上手くいけばそのまま羽白山まで敵の追撃を受けずに逃げれる。直家にとってもこれは賭けである。


唐突に始まった一騎打ちであるが間接的に川上軍の命運を賭けた戦いに変わった。





「ふんっ!」


「ぬらぁ!」


互いの槍がぶつかる。敵の武士は武芸者らしく槍を変幻自在に使いこなし何かしらの型の様なものもあった。槍術を習っていたのだろう。対して直家は半テンポ遅れて槍を合わせる。その膂力は武士である敵を上回り弾き返す。開拓者らしく獣、妖怪に対する槍使いだ。


「ハァ!」


「ォォオオッ!」


直家の強い力すら利用し槍を回し直家に攻撃を当て続ける。自身の骨が折れる感触や鈍痛が響く。しかし、手は休めずに敵を攻め続ける。それによりまるでダメージが入っていないような錯覚を起こさせるのだ。妖怪が相手だと僅かに弱気を見せたらどこまでも付け込まれる為に付いた癖である。直家の方があきらかに多くの攻撃を受けたが、並外れた耐久力に部隊長が攻めあぐねさせ、直家の繰り出す槍の一撃の重さに手が痺れさせる。


分かってはいたが敵の部隊長である武士は強かった。必ずと言っていいほど直家の攻撃は半テンポ遅れてしまう。


「ぐっ……」


「ヌラァ!」


しかし、先に表情に苦しみを表したのは敵の方であった。それにより、内心泣きたい程痛い身体に鞭を打ちまくり猛攻を仕掛ける。


「き、貴様!不死身か!化け物め!」


「ウォォォォオオオオオオオオオオオッ!」


敵の泣き言に、雄叫びで答えて猛攻に拍車をかける。化け物は言いすぎだこの野郎!痛いから声で誤魔化してんだよという心の声は誰にも届かない。


その状況を客観的に見るといくら攻撃を受けても倒れずに攻撃の手をさらに加速させる直家は人間より開拓者が狩るべき獰猛な妖怪の姿に近く、その勢いと重さのある槍捌きに敵は恐れを感じ、不動の背中に味方は心強さと直家への信頼と畏怖が生まれる。


「ぬっぅ!」


「ヌラァッッッ!!」


大きく薙ぎ払われた直家の槍を受けきれずに僅かに身体が浮き飛ばされる。その隙を逃す直家ではない。何かバチッとしたスイッチのようなものが入り槍を引き絞りながら踏み込む。頭の中はもはや空っぽで敵を殺す事にのみ特化して目に理性は無く、猛獣の如き迫力と勢いが敵の武士の反応を僅かに遅らせる。


「このッ!くらッグハッ…」


「ガァァアッ!」


敵も迫る直家を待ち構え槍を構えようとしたが今度に関しては直家の方が半テンポ速かった。防御すら間に合わずに直家の槍が胸を貫ぬいた。即死。槍を落とし身体が脱力するのがわかる。


それをいつも通りの癖で足で蹴り槍から抜く。返り血で赤く染まる直家。敵を睨む目はまさに猛獣。そして、あれだけ受けた攻撃の傷がもう治りかける丈夫さ、堅さは亀のようだ。


「や、やられた!部隊長がやられたぞ!」


「敵にまだあんな化け物がいるのかよ!俺らだけじゃ…これ以上進んでも殺されるだけだ…」


徐々に理性が戻ってくる。と言うより、入ったスイッチが切れたと言った表現が適切だろう。ごく偶にドーパミンがドバドバ出ているここぞと言った時に入る、ゾーンのようなものだ。


「敵は怯んでいる!打ち破れ!」


「見事であったぞ直家よ!皆の者!この勇姿に震えぬのは男では無い!行くぞ!」


「「「「オオオオオオオッ!」」」」


「私、女なんすけど…」


殿隊の士気は一時的に跳ね上がり敵に猛然とかかっていく。


「ヒィッ!」「後続部隊はまだか!」「ダメだ!逃げろ!」


それにより敵が完全に崩れて退きはじめる。こうなれば後は逃げる部隊と進む部隊がぶつかり一時的な混乱が生じるだろう。


「よし!もう良い!退くぞ!羽白山まで後退だ!」


直家の声は攻め続ける足軽の耳に届き部隊がまた退きはじめる。本当は勢いのついた軍隊を止めることは崩れた軍を立て直す事と同じくらい難しいのだが、少数であるという事と直家の勇姿を見て指揮官ではないがこの男に従おうと殆どの者が思ったから実現出来た。


それにより初めて直家の理想のタイミングで後退することに成功したのだった。











直家が一騎打ちしていた頃、足の速い猿吉などは一足先に砦で到着した。しかし、そこにいるはずの大将義持の姿は無く近衛の馬廻り衆の武士が斬殺されていた。


「こりゃあ…」


呆然と呟く猿吉に、先に目を向ける長貴。その先には首の無い義持と見られる死体があった。


「負け…だね。いつ殺されたかは分からないけど…」


「兄上……くっ…。まだ、だ」


「はっ?」


義元が兄である義持の亡骸を抱き上げ、肩を震わせながら呟く。


「まだって…総大将が殺されたんだぜ?もう戦は終わりだろうが」


「いや、猿吉くん。……もしかすれば…出来るよ」


「……なるほどな…」


「あぁ、何故か敵すらこの事実を知らない。つまり誰か…第三者の立場の者に殺されたことになる…その者に心当たりしかないが今はいい。今、大事なのは速水家を撃退することだ。その為に、成すべき条件がある」


「義元様!何かありましたか!こ、これは!うわぁ」


陣幕の中に入り帰ってこない義元達が心配になったのだろう。様子を見に来た足軽が義持の死体に声を上げようとなる。


「ぎゃぁ!」


「……敵にも味方にも知られないこと…だな?」


「そう…だね。僕と猿吉はこの中に入らないように止めてくるよ。この男は…偵察に行ったことにしようか…」


猿吉が首をはね飛ばし、味方の足軽を即死させ声をあげさせなようにした。


「ここで総大将が死んだと分かれば今度こそ軍は崩れる。そうすれば、この山は我々の墓場となるのは目に見えている…。何としも、ここで食い止めるんだ。僕達にはそれしか選択肢は残っていない。これは、僕達が生き残るための戦いだ」


殿に残った直家達は上手くやれているのだろう。続々と味方部隊が砦に入る。後は直家達だけだ。


文字通り、この簡易な砦が最後の砦である。


「最悪だぜ…何でこんな状況に陥ってんだか…」


流石の猿吉も本当にギリギリの状況に冷や汗を隠せずそうボヤく。武士はほぼ全滅し、総大将も村下勝真も死んだ。いるのは俺達と疲労困憊の足軽隊。数も質も、相手が多く高い。地の利だってそれほどある訳では無いのだ。


「逃げるか?長貴よぉ」


半分本気で長貴に言う猿吉に無理だと即答される。


「今逃げたら…味方も僕達を殺しに来るよ。何故逃げたってね。僕達は良くも悪くも目立ち過ぎた…それにまだあの忍者達に敵わない…」


「忍者……糞猿家か…。クソがァ…手のひらで踊らされてんなぁ俺達は…ぶち殺してすり潰して、それを妖怪に食わせてその出た糞を見るまで気がおさまんねぇよ」


「それをやる為にも生き延びなければね。生きた奴が笑うんだ。僕達も笑わなきゃ」


猿吉は怒りで、長貴は願いで、己を奮いたたせる。殺さなければならない相手が、笑いあえる未来が、共に待っているのだ。


川上家と速水家の最終決戦が迫っていた。

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