山賊討伐1
あれから2日目の朝。今まではいい天気だったが、今日は曇り空である。今は季節的に夏のような感じなので、丁度いい温度だが。今日、山賊退治に同行する身としてはなんか縁起が悪い。
あの後、体力どころか生命力を削っても道半ばで倒れた俺を伊吉と正勝様が運んでくれた。村から立ち上る食事を準備する煙が見えて来たら目が覚めたらしい。正勝様が苦笑いしていたのを寝ぼけた感じで見ていた所からの記憶しか無い。その後一日目は筋肉痛でダウンし畑に行けなかった。その時に、出石 道勝様が村に帰ってきた。この村の戦闘員3人の内の1人で、正勝様の息子らしい。パッと見、顔は流石に似ていたが年齢はほとんど変わらないように見えるのが謎だった。無口な人であったのが一番の印象で他には特にこれと言った所がない人であった。
その人が帰ってきて、またすぐに他の村の所に向かい山賊討伐の協力を頼みに行けと、帰ってきたばかりの道勝さまに向かって正勝様が言っていて。口では分かったと言っていたが、顔が少し疲れていた。ああいうふうに、毎回無茶振りをされていたのであろう。可哀想に。
二日目は、正勝様と妖気を知覚する訓練、妖力の鍛錬の法などを教わりに正勝様のお屋敷に行った。実際やらされたのが、お屋敷の掃除だったこと以外は特に書くことはない。いつもは、道勝様がやっているらしい。いつも松五郎はお屋敷にはいないらしく、特に掃除をしている時は絶対に現れ無い。お可哀想に。正勝様は明日の準備をすると言い、部屋から出てこない。掃除している時にイビキのような音が聞こえたのは何かの鍛錬でもしていたのだろうか?
なかなか、広いお屋敷でかなり時間がかかったが。何とか終わった。正勝様も、その頃にはお部屋での鍛錬が終わったのか、時々目を擦りながら、松五郎と話をしている。もう暗くなると言われ、帰された。鍛錬とはいったい。
そして、直家が疲れきって寝ている間、深夜と言うより朝が近い時間に道勝様が帰ってきたらしく、今日の午前辺りに他の村の武士達が援軍で7人来るらしい。道勝様はそのまま倒れるように眠り、日が出始める時間に早起きをした正勝様にたたき起こされ、飯を作らされたらしい。お可哀想に。
そして、伊吉の家に目の下に大きく色の濃い隈を作った道勝様が迎えにきた。迎えに来たというが、伊吉のお母さんが玄関に出たら、暗い顔でずっと無言で立っていて、悲鳴を上げていた。あの肝っ玉母さんに悲鳴を上げさせるなんて、どれほど酷い顔をしていたのだろうか。
「他の村の武士達がそろそろ着く……。そろそろ準備をしろ……」
「はい、すぐ向かいます。いくぞ、直家」
「うん、今行く」
準備はもう済んでいるので、走って玄関まで向かう。道勝様が待ってくれていた。と言うか、立ったまま寝ていた。
「………来たか。行くぞ……」
寝ていると思ったら、目が急に大きく開き起きる。かなりホラーだ。大丈夫かなこの人、今日こんな状態で戦えるのかな。伊吉も不安そうな顔をしている。あ、歩き方は堂々としたものなんだ。
「ここで、他の村の武士達が来るのを待つ。到着したら、軽く御挨拶をしろよ。俺もここで待つ」
到着を村の入口で待つという。用件を言い終わった道勝様はまた、目をつぶった。と言うか、眠った。本当に大丈夫なんだろうかこの人。
「なんかここまできたら、到着が少しでも遅れて休んで欲しくなるな…」
「そうだな…。ん?多分あれじゃないか?他の村の武士様達は」
「……!」
伊吉のその言葉を聞いた瞬間、また目がカッと開く。やはりかなりホラーだ。伊吉の言う通り、少し急ぎ足でこちらに向かってくる武装した7人。正勝様の言っていた、援軍だ。
「………迎えに行くぞ。失礼のないようにな……」
「はい、分かりました」
「は、はい!」
ほかの村の武士達。正勝様と同じように村の支配者。一介の村人の自分とは格が違う人達の集団。また、あれだけ人間離れした正勝様と同じような戦闘力を持った人達の集団。緊張するなと言われる方が無理がある。
「下田村の下田 正綱!以下2人、正勝殿の要請により推参した!」
「土井村、土井 道成。他、3人。到着した」
「このたび、山賊討伐の援軍要請を受理してくださいましてありがとうございました。事が済んだ暁には最初話したとおり銀3つずつお払い致します。討ち取った山賊の装備の一部もお支払い致します。それでよろしかったですよね?」
「うむ!聞いた通りだ、それで良い」
「文句は無い」
「では、到着したばかりでお疲れでしょうがなるべく早急に討伐した方が良いと父上が仰っていたので、直ぐに討伐に向かいたいのですが、よろしいですか?」
「この程度では、疲れんよ。良い」
「問題無い」
びっくりした。さっきまで死んだ顔で寝ていた道勝様が笑顔で、応対し始めた。さっきとの落差が激しすぎて、これはこれで怖い。しかし、やはり色々と根回しをしていたらしい。タダで手伝ってはくれないということだろう。7人が皆、戦闘員だと言うことは分かるが、別格、正勝様同じような2人が代表だろう。1人は大きな声で豪快に喋る男。身体が大きく筋肉が凄まじく発達している。手に持っているのは薙刀である。装備は身体に簡単な鎧を来ているだけだ。どことなく正勝様と似ている。歳も同じ位だろう。もう1人は、何と驚いた事に女だ。あまり表情を変えない人で、長い薄緑色の髪を後ろに纏めている。戦えるのか疑問に思う程細身で美人だ。歳は直家とあまり変わらないように見える。この女も装備は正綱様とあまり変わらない。ただ違うのが腰に刀を差していることだ。それぞれ、従者を連れている。従者の中にも2人程女がいて、正綱様の方にもいた。
「では、そこの奴らは道案内か?よろしく頼むぞ」
「はい!今回案内を務めさせていただきます。伊吉と申します!」
流石に伊吉も声が少し震えていた。緊張しているのだろう。自分も自己紹介しなくては。
「私は、荷物持ちを任された直家と申します。今日はよろしくお願いします」
「出石村には、商人がいるの?それに、こいつで大丈夫なの?あまり力があるようには見えない」
「ええ、直家は少し訳ありでしてな。あまり気にしないで下さい。それに、迎えには来ていませんが他にも荷物持ちはいます」
「それならいい」
やはり太っている身体は目立つのだろう。それに1目見ただけで自分が非力だと見切った。妖気がある世界で見た目で判断出来ないことは道成様を見ればわかるのに。もしかしたらこの人は妖気を感じるのが得意なのかもしれない。
「邪魔にならないのであれば文句は無い」
「良かったです、では行きましょう。父上がお待ちです」
「おお!来たか!今回は世話になるぞ!正綱殿!道成殿!」
「久しいな正勝殿。明日は我が身だ、助け合って行かんとな」
「そういうこと」
「良い隣人達だ。俺は運がいいな。ハハハハ!そう言えば、こうやって3人が揃うのは15年以来か?厄介な妖怪が現れた時に集まったな」
「違う、あれは17年前。間違い」
「そうだったか?まぁ、懐かしい事だ。最近中央の情勢が怪しい。今回の山賊も多分それ関連だ。気をつけるのだぞ」
「そういう事か、正勝殿が俺らに援軍を山賊如きで乞うなど考えづらかったが…。なるほど」
え、今なんか話を聞いていたけどなんかおかしなこと言ってなかった?え?17年前?道成様なんて赤ん坊じゃないの?年齢が上でも戦えるような歳では無かったはずだ。どういうことだ?もしかして、あの3人かなり歳行ってんの?でも、全然衰えた感じがしないし、正勝様も、正綱様も、まだまだ若く見える。男の最盛期って感じだ。どういうことだ?妖気、妖力にはそんな力があるのか……。いつか、年齢を聞いてみよう。耳は長く無いよなぁ。
「お!直家じゃないか!お前も荷物持ちか?俺もなんだよ、頑張ろうな」
前に赤猿に襲われていた、時に助けてくれた安兵衛がもう1人の荷物持ち要員だった。全く知らない人よりは、接しやすい。
「ああ、頑張ろう!」
「後、大変な時は言えよ。無理は駄目だぞ」
伊吉そうだが、俺の周りには優しい人しかいない。恵まれているなと、こういう時に強く思う。
「大丈夫。どちらにしても、あそこまで移動するのにも無理をするから」
「直家……、それじゃ余計駄目だろ」
昔話に、話を咲かせていた3人がひと段落付いたのか。こちらに向かって持っていく荷物をこちらに寄越してくる。武器は装備しているが、その他の食料や当面使わない武器等を入れくる。
「ぐ、かなり重い」
「安兵衛さんでもそう感じるのか……」
非力な俺が持てるだろうか……。
「ぐっ、お、重い。おお!」
とりあえず後ろの籠に入れる。一旦持ち上げてしまえば、ある程度楽になる。それでもフラフラととしているが。
「おい!大丈夫かよ!俺が少し持つ!」
「い、いや、大丈夫。なんとかなる。何とかする」
「直家を甘やかすな、伊吉。直家は、こういう時に鍛えなければいかん。本人もそれを分かっている」
「しかし、これでは最後まで持ちませんよ…」
「その時はその時だ」
「……分かりました。頑張れよ、伊吉」
「ああ」
「では、出立だ」
何度か小鬼等の妖怪にあったが、その妖怪達は従者達に瞬殺されていた。流石に強い。正勝様の従者の松五郎はなんにもしなかったが。キツイ、もあダメかもと思い初めて早半刻ほど。根性で何とかなるものだ。
「まだなの?」
「かなり距離があるのですよ」
「だからこそあんな規模の大きい奴らに気が付かなったのか」
「そういう事じゃな」
「ふぅ、はぁ、ひぃ、ふぅ。」
「………大丈夫か?今にも倒れそうだぞ?」
「ふぅ、大丈夫」
「…………黙って」
その時、とつぜん話を辞めるように道成が言い、木々の奥をじっと見つめる。
「いる、5人」
「ほぅ、手間が省けるな」
「しかし、1人でも逃げられたら全員が逃げるかも知れない。囲んで1人も逃がさないようにしたいが…、良いな?」
「ああ、文句はないぜ。行くぞ、お前ら」
「逃げ道ふさぐ」
急に小声で話し始めた3人。話の内容から言って、この先に5人の山賊が歩いているのだろう。確か、直家が捕まった時もこういう風に歩き回っていた。今回もそうなのだろう。正勝様が前言っていたが、神社が無い山賊は定期的に周りの妖怪達を狩り、自分らの縄張りに妖怪を入れないようにするのと、新しい土地なので少しでも土地勘を得るために歩き回り覚えるらしい。
「お前ら、俺から離れるなよ。付いてこい。直家はよく見とけよ」
正勝様がそう言い山賊がいるであろう方向に歩みを進める。その後ろに、広く横に並び左右に松五郎、道勝様が同じ速度で歩いている。俺達荷物持ちと伊吉は、そのすぐ後ろに固まって進んでいる。
「合図は道成の妖術だ。気を抜くなよ」
そう言って、こちらから姿が見えるギリギリの所で止まった。
「ぎゃあ!なんだ!何が起こった!?」
「一気に終わらせる。駆けろ」
その瞬間、5人の内の真ん中を歩いていた山賊の首が高く飛んだ。妖術なのだろう、直家の目にも見える濃い妖気を発していた。何か、水の刃の様に見えたが、何処にも水で濡れていない。何故だ。
「うっぷ……」
なんてそういった、目先の事と関係ないことを考えていないと、吐いてしまいそうだった。目の前で、人が死んだ。それを見るのは初めてだ。ましてや、首が飛び血飛沫が周りに飛び散り他の山賊達を血で染め上げる所など、初めての人には刺激が強い。
「ひぃ!なんだお前!がッッ」
「ふん、たしいたことないな!俺がやるまでもない。お前ら終わらせろ」
そう足が止まり、直家が動けなくなっている僅かな時間に全てが終わった。思考を停止している者など直家しかいなかった。正綱様の従者、道成様の従者の人達が手早く、効率よく首をはね飛ばし終わらせる。誰1人、正勝様のほうに逃げてくることすら出来ずに。
「正綱殿の言う通り確かにたいしたこと無かったな。人数ばかりで強い奴はいなかったな。楽でいい」
「それで済むならそれ以上ない」
「分かってはいるがなぁ。詰まらんのだよ。あぁ、強そうな奴が入れば俺が貰ってよいか?」
「好きにして」
「働き者のお主がいると楽だな、ハハハ!」
人を殺し、返り血を受けたまま笑いながら会話している。直家には酷く異質な光景に見えた。しかし、いや違う、これこそがこの世界の普通、人の命など遥かに軽いのだという事を知らなければ、今おかしいと思っている俺がおかしいのだと、そう思うのだ。順応しなければと、思っていた。確に現実を受け入れることは大事だが、それでも自分の価値観を崩さないということもまた一つの選択であったが、それを選ばなかった。選べなかった、まだ直家にはそれをするだけの心の強さは無かったのだ。
「覚悟はしていたが、やっぱり小鬼とは違うなぁ」
「流石にあれだけの物は初めて見た…」
伊吉も初めての経験だが、直家より落ち着いている。安兵衛はこれで2回目だ。それでもなお、戸惑うだけの衝撃的な場面であった。2人は心配そうに直家を見る。まだ、固まって心の中で自問自答を繰り返している。そんな直家に、正勝様が近づいてきた。
「お前が、これから入るかもしれん道と言うのはこういう道だ。人を殺す事もでてくるかもしれん。一応、言っておくが人を殺す奴はクソみたいな畜生にも劣る行為だ。必ず地獄に堕ちる。当たり前だが、褒められた行為ではない。直接的には関係ないが、開拓者も同じよ。武力を持つようになるのだ。その事を忘れるな」
「……正勝様は?何故、そんな事を…?」
「俺か?俺は武士だ。戦えないものの代わりに闘う強き者だ。世の中には、弱きものではどうしようもない理不尽が時がある、そのような理不尽に対抗する者としての役割がある。その為なら、地獄の果てに堕ちる覚悟ぐらいある」
強い。どうしよう無く強いと、そう直家は思う。身体の強さもそうだが、心が、覚悟が、その有り様が、全てが重く鋼のように硬く、強いのだ。その尊き強さに圧倒される。さっきまで、人を殺す事を正当化しようとしていた、直家とは違う。悪と言い切り、それを、それでも受け入れて見せた。
「なに、ゆっくり考えればよい。まだまだ先は長い。答えはその時だせばいいのだ。焦る必要はない」
ふっと笑い、正勝様が戻ってゆく。悩みながら進む若者の直家に何か微笑ましいものを感じたのだろう。正綱様も、道成様も昔を懐かしむようにそんな姿を見ていたのだ。